第33話 王宮の夜会
ヘルトの王女との婚約を祝うパーティーは盛大に執り行われた。
ディエゴと一緒に行く夜会のことを考えると、昨晩、ビアンカはよく眠れなかった。加えて、オルランドの店で聞いた話にも不安を掻き立てられていた。その影響か夢見も悪く、朝からメイドにギョッとされていた。変に行動力がある一方で、小心者なビアンカである。
夜会当日、メイドたちの頑張りで、睡眠不足の顔色は上手く隠された。ビアンカは、その瞳に合わせた深みのある赤いドレスに身を包み、いつもとは違い髪も半分上げて、サイドに流した髪は軽く波打っていた。父から送られたイヤリングは長さがあり、ビアンカが動くと軽く揺れる。
「ビアンカ、御機嫌よう」
「ソフィア、レオナルド様!」
「ディエゴはどうしたんだ?」
「今、飲み物を取りに行って下さると」
パートナーがディエゴと決まってからは、家に帰ってからも胸あたりが落ち着かなかった。そして…
「お待たせしました」
「まぁ」
「馬子にも衣装だな」
夜会用の洋装に身を包んだディエゴは、貴族子息と言われても違和感がなかった。彼のために用意されたと思われる衣装は、黒を基調とし赤褐色の髪に似合う落ち着いた色合いのベストと刺繍が入っていた。彼は、それを見事に着こなしていた。ビアンカは、思わず見とれてしまった。
それは、ディエゴも同じで、ボルゼーゲ家のメイドが腕によりをかけて仕上げた普段よりも大人っぽい姿を見て、世辞ではなく素直に思ったとおりビアンカを褒めた。キラキラした眼差しで褒められたビアンカは、顔を赤くして、口籠りながらにお礼を言った。
先ほどまで二人きりだったのだが、いつもと違って上手く会話ができずに、ディエゴは一旦、飲み物を口実に側を離れたところだった。
「揶揄うなよ…」
「悪い、似合ってるぞ」
「や、似合ってないって分かってるから」
「そ、そんなことありません。素敵で、す…」
心の内で繰り返した感想を口にしたビアンカだが、今まで声にできずにいた反動で思いのほか声が大きくなってしまい、最後は消え入るような小さな声となる。
「有難うございます」
必死なビアンカを見て、口元に少し手を当てながらディエゴは礼を言った。手で押さえて居なければ、緩んだ口元が隠せないからだろう。それを察する二人だったが、流石にこれ以上は揶揄うまいと、レオナルドは口を閉じ視線を反らす。「あらあら」とソフィアも口には出さずに二人を見守るのだった。
その日の夜会には、国の貴族が多く招かれていた。ヘルトの貴族の姿も混じっている。あちらの国の風習で、王女もその共の女性達も薄いベールで目元を覆っているため、ヘルトの者だとすぐに分かる。姿を現した主役の一人であるヘルトの王女も例にもれず、その顔はベールに覆われていたが、王子と彼女は互いの装いは調和した色彩で揃えられており、互いを気遣う様子が遠目にも見受けられた。その友好的な様子で双方の和平を願っての婚姻であることが印象付けられ、王家としては婚約披露の機会を上手く活かせた形となった。
ビアンカは中央に顔を向けていたが、ふと王女の側にいる女性が、こちらを見ていた気がした。遠目だったし、すぐに顔を逸らされたため、勘違いかと思ったがビアンカは何だかそれが気にかかった。
ビアンカの知る顔も見られた。会えるか不安だったが、参加すると聞いていたメアリには、幸運にもすぐに会うことができた。
「まぁ、ビアンカとソフィア様、最近親しくされてるっていうのは本当だったのね。ご一緒なのをお見かけしたわ」
「ええ、先日のお役目でご一緒でしたのよ」
不在時の北の大陸への調査隊の件は、詳細は伝えることはできないが、学院を暫く休むため、国の仕事であることのみ伝えていた。
「ジュリアとコリンナも会いたがっているわ。今度、四人で出掛けましょうね」
「もちろん、楽しみにしてるわ」
「その方のことも、ぜひゆっくり聞かせてくださいね」
「い、いずれ、ゆっくりと」
去り際にチラリとディエゴを見て囁かれた言葉に、帰国する前は楽しみにしていたはずの四人でのお茶会を少し先に延ばしたい気持ちになった。
友人達にディエゴとのことを何と紹介するのか。一緒に旅をした仲間で、それに…、いや、それ以外の事をビアンカはよく知らない。出身がヘルトだということも先日初めて知ったのだ。彼のことを聞かれても自分には答えられることは多くないことにビアンカは気づく。
それに自分のことだってよく分らない、このところ続く胸のざわめきが、何だか苦しい。
「ビアンカ様、少し風にでもあたりますか?」
急に黙り込んだビアンカに、メアリの言葉が聞こえていなかったディエゴが声を掛ける。苦しい気持ちになるのに、こうして顔を見てると安心する。帰国してから今日まで、会えない時間は長くはなかったのに、会えたら喜びで胸がいっぱいになる。
「そうですね…、あら…ソフィア」
別行動していたソフィアとレオナルドの姿を見つけて、四人でバルコニーにでると涼やかな風が、人ごみで火照った頬を撫でた。喧騒が少し遠ざかり一息つく。
こうしていると旅しているときのことを思い出す。オルランドの店を訪問した後、時間がなくて、ゆっくり語らうことはできなかった。これからのことも、近いうちにソフィアたちと話をしたいと思っている。
「近いうちに四人でお茶でもいかがでしょう」
「パオロさんに聞いたというお店も気になりますものね」
「ああ、色々と話しておきたいしな」
帰路で話をしてはいたが、忙しくなって時間を取れなかった。それにオルランドから告げられたことについて、色々考えているのはソフィアたちも同じなようで、ビアンカの提案にソフィアも賛同する。
「ただ、まぁ、まずは試験だな。試験が終わったら、出かけようか」
「う…、そうですわね」
レオナルドの言葉に肝心なことを思い出した。すっかり忘れていたが、幸いにも試験に間に合ってしまったのだ。ビアンカには、明日からは試験に向けて奮闘する日々が待っている。
「試験が終わった後のお楽しみですわね」
「そうですね…」
「オルランドの言った通り、先のことはゆっくり考えよう、急いても仕方がない」
試験という言葉に元気をなくすビアンカに苦笑しつつレオナルドは、気が重い話は一旦、置いておこうと言う。
「お父上たちには、報告は上げているのだろう?」
「ああ、ビアンカ嬢、それにディエゴのことは、隣国の客人が多い今は、国内でも公にするのは時期が悪い。色々と調整も必要だしな。まずは、我々は試験に集中することとしよう」
レオナルドの言う通り、今のところビアンカたちだけでは手に負えない問題だ。四人は久しぶりの邂逅をしばし庭園を見ながら楽しむことにした。
ビアンカたちが談笑していると、知らない声が割り込んできた。
「少しよろしいかしら」
「マルティーナ様」
振り返るとベールを纏った女性が一人で立っていた。ビアンカが広間で気になっていた女性だ。レオナルドが一歩前に出て応対する。ビアンカも父親を介して挨拶していたが、危ない…まさかこのようなところで、話しかけられるとは思っておらず、すぐには名前が出てこなかった。
ヘルトの来賓で、確かマルティーナ・コロンナ様だ。
2021/9/12 誤植修正




