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第30話 帰還と隣国からの客人




久しぶりに目にするミラコーラの王都、街に張り巡らされている水路には、ゴンドラが浮かび揺蕩っている。飛行船からは豆粒みたいに見えた王宮が段々と近づいてきた。


「帰ってきた」


ビアンカたちを乗せた飛行船は無事にミラコーラに帰還した。王宮では、彼らの父親たちが出迎えてくれた。隊員たちは兵舎に戻り、王宮へは二コラ隊長とアルミノ、ディエゴ、そして、ビアンカたち四人が向かった。


ビアンカは見慣れた街並みや遠目に果樹園の姿を確認して、懐かしい気持ちになった。小高い丘に悠然と構える王宮が馬車からも目に入る。段々近づいてくる王宮の姿に帰って来たという実感が湧いてくる。




「よく帰った」

「ニコラ、よくぞ皆を導いてくれた」

「いえ、こうして戻ることができたのは、皆さまのお力のお陰です」


飛行船と王宮の間で、到着間近には連絡を取り合い簡単な報告は授受していたが、改めて旅での出来事を二コラ隊長から報告する。


「エルフの森で魔物の出現と神樹の異変か…、我が国で起きている問題も、もしかしたら無関係ではないかもしれんな」


帰還した早々に、伝えるのもどうかと思案する様子のエドアルドだったが、ビアンカたちの不在時に起きたことを伝える。カーニバルに続いて他の水門から魔物が侵入し、被害を受けたという。


「父上、それで被害のほどは?」


レオナルドの問いに、エドアルドが答える。騎士団の迅速な対応で事態は沈静化したとのことだ。負傷者も出たが教会の協力もあり、治療も終えて既に騎士団に復帰しているという。


「ひとまずは、お前たちは、今日は帰って休養をとってくれ」

「そうだね。皆は、ゆっくり旅の疲れを癒すこと。報告によると授かった品を持って、オルランド氏のところへは顔を出してもらう必要がありそうだ。先に品物は送っておくから、落ち着いたところで顔を出してほしい」

「ああ、近日中に向かうことにする」




事件のことを聞いた上では、落ち着かない気持ちでゆっくり休めなさそうだが、ビアンカたちにできることはないだろう。大人たちに対応は任せて、日を改めてオルランドの店には向かうこととなった。




父親と共に屋敷に戻ったビアンカを待ちわびていた母親が抱きしめる。無事に戻ってきた我が子を前に、普段は厳しく接することが多い母親も素直に喜びを表に出していた。



「お母様、ただいま戻りました」

「お帰りなさい」

「…お、お母様。く、苦しいです」

「あらっ、ごめんなさい」


気持ちの高ぶりが過ぎたようで、締め付けられたビアンカが抗議する。


少し力を緩めたエリーザからのふわりと柔らかな抱擁を受ける。年齢を重ねてから触れ合うことも自然と少なくなっていたが、久しぶりに母親の腕に包まれた。アレッシオも妻と娘を抱きしめる。


旅での出来事は王宮でも伝えられたが、両親にはビアンカの口からイーダの父やパオロの件も含めて、包み隠さず自らの力に纏わることを伝えた。娘からの報告を聞く内に、再会できた喜びから、今後のことを憂う雰囲気も漂ってくる。


軽率な行動だったと咎められるかと覚悟したが、隣に座っていたエリーザに再びふわりと抱きしめられた。向かいに座る父親も仕方ない、という表情を覗かせつつも柔らかい表情で娘を見ていた。


「お前が決めた事なら、私達は、できる限りのことをする」


そんな二人の様子に肩の力を抜いたビアンカは、気になっていることを聞いてみることにした。


「湖での戦いのこと…、私の力とディエゴ様に起きたこと。この力についてお父様とお母様は何かご存知ですか?」

「それについては、何とも言えないな…、古い文献を当たってみよう。何かわかったら知らせる」

「分かりました」

「…」


国に戻ったらすぐにでもオルランドの店に向かうことを考えていたが、ミラコーラでは、国の重役たちは隣国からの国賓を迎える準備に忙しく、レオナルドやソフィアも近くに迫った歓迎の宴に出席するため、各々忙しくなるだろう。


その日は、ゆっくりと自室の寝台で疲れを取ったビアンカだったが、ビアンカも例外ではなく、翌日は、母親が準備していたドレスの試着やら何やらで、旅とは違った疲れを味わうことになった。






ビアンカが旅を共にした仲間たちに再び会えたのは、数日の後であった。オルランドのところに四人で向かう馬車の中で、再会を喜んだ。


「ビアンカ」

「ソフィア!」

「何だか、数日しかたってないが、久しぶりって感じだな」

「レオナルド様」


ビアンカも同じように考えていた。毎日のように一緒にいた彼らに会えなくて、同じ部屋にいたソフィアの姿やすぐに会えた人たちの姿を無意識に探してしまった。


「不思議ですね、私もそう思います。お久しぶりですビアンカ様」

「ディエゴ様っ、お変わりないようで、安心しましたわ」


ディエゴとも数日ぶりの再会だ。旅の間に見慣れた笑顔がそこにはあった。屋敷に戻れた喜びもあったが、皆と過ごした賑やかな日々が懐かしくて、ふと胸を掠める寂しさも感じていた。皆の様子から、彼らも少なからず同じ気持ちなようで、ビアンカは嬉しかった。


「それにしても一段と街の様子がお祝い一色になってきましたね」

「ええ」






―――ビアンカたちが帰還した日、数日ぶりの地面を踏みしめた一行を王宮からの馬車が迎えた。飛行船が海港の側の開けた場所に着陸し、その足で一行は王宮へと馬車を走らせた。




「あらっ?」


到着した足でそのまま王宮に向かうため街を抜けるビアンカたちは、出立時と違う街の様子に気が付く。カーニバルが終わってから直ぐは、特に催し物などないはずなのだが、街は花に彩られていた。街灯には慶事に飾られる旗が下がっており、建物も花で飾り立てられている。


「あー、悪い。王宮でも話があるだろうと思っていたのだが、これでは丸わかりだな…」

「レオ、どういうこと?」


飛行船の上で事前に何か情報を得ていたらしいレオナルドにディエゴが問いかける。不思議そうにする三人に彼は教えてくれた。


「王子の婚約が調った。明日、隣国ヘルトから王女一行を迎え入れることになっている」






―――帰還直後に、色々と忙しくなってしまったのは、それが原因だった。今、ようやく四人で揃うことができたのだが、旅の疲れを癒す間もなく慌ただしく過ごすことになってしまった。国賓を受け入れての王族と国の要職を担う貴族で執り行われた歓迎から少し開けて、盛大に婚約披露の夜会が行われる。それが明後日だ。


「ビアンカは、準備は整いましたか」

「ええ、お母様が色々と手はずを整えてくださってたので問題なく」

「我が家も同じようなものでしたわ」

「ビアンカ嬢、兄上はご出席されないのだろう?」

「ええ、お戻りには時間がかかるようです」


ビアンカたちが街に入ったとき、港とは反対に向かう一団を見かけた。騎士団の馬車だった。王宮で知らされたのは、不在時にミラコーラ内で起きた事柄についてだ。街での騒ぎとは別で、ヘルトとの国境付近の森で魔獣の被害がでているらしい。ビアンカは、帰宅後に母親から兄も既に出発したと聞かされた。旅に出る前も家には戻る機会も少なかったのが、またしばし兄には会えないようだ。


「あの日、見かけた馬車にはお兄様も乗ってらしたんですね」

「そのようです。一日でも違えば、お会いできたんですけど」

「慶事で湧いてはいるが、国境の件もそうだし、王女と共にヘルトの貴族も入国する。面倒が起こらなければいいんだがな…」

「ああ、レオの元婚約者候補のご令嬢?」


ヘルトでは、魔力適正が高い者がミラコーラよりも厚遇を受ける。婚姻相手としてもレオナルドは多くの縁談が舞い込み、中でもレオナルドに強く執着していた令嬢には嫌な思い出があるようだ。


「純粋な好意であれば喜べるんだろうがな。地位と力に対する妄執は凄まじかった。隣国では勇者の存在が信奉されてるとは知識としては知っていたが、あれは恐怖だったな。コロンナ家は、好戦的なところがある一族だとも聞いている」

「コロンナ家…、レオその方も今回、参加するのか?」

「ああ、ヘルトの招待客リストに入っているようだ」


レオナルドの身を案じてかディエゴは不安そうな顔をする。


「これにばかり気を取られてもいられないんだがな。水門の件もある」


王宮で知らされた悪い知らせは、国境の魔獣被害の件だけではなかった。カーニバルでの水竜の出現は、水門が人為的に細工されていたことが分かった。ビアンカたちの不在時に何らかの関与が疑われる不審者を捕らえたという。


「アルミノさんは、街の防衛のために、もう新しいお仕事に就かれてますものね」

「あれから会ったりしてるのか」

「…」

「おい、ディエゴ」

「あー、アルミノ? いや、あれから会えてないな」




慶事に湧く街の雰囲気と華やかな街の様子とは裏腹に、良からぬ事態も起きている。オルランドの店に向かう馬車の中、これ以上の問題が起きないことをビアンカは切に祈る。


ビアンカが目を閉じて祈る間に、彼女が乗った馬車は、外からやって来た目を引く豪華な装飾の馬車とすれ違った…






---―――――



ヘルトの貴族の紋が付いた馬車は、ミラコーラの王都に辿り着く前、国境に向かったビアンカの兄が乗る馬車とすれ違い、今しがた街に入って来たところだった。馬車の中では、額の汗を拭きながら男が、目の前に座り冷ややかな眼差しを向ける女に自身が集めた情報を話していた。


「ふーん、そうですの。『聖女』ね…」

「いえ、どちらかというと教会がミラコーラ国内でも有力な貴族の子女の威光を利用せんがための流布かと思われます。『まるで聖女のような』、『精霊に愛された娘』といった話がでておりますが、前者については、聖魔法の適性が高いというわけではないようですし、信憑性は低いかと」

「そう…。いづれにしろ、あの方の隣に相応しいのは、わたくしだわ。…ちょっと、痛いわよ、丁寧におやりなさい」

「っ申し訳ございません。お嬢さま」


対面に座る男と彼女の間に傅いて彼女の爪を整えていた侍女が、叱責を受ける。このような揺れる場所で命じられたのだから、多少は仕方ないだろうとも思えるが、軽く侍女の手を扇で打つ。


「…くれぐれも今回は和平のための縁談でございます。まさかとは思いますが…」


女の前半のつぶやきは男には聞こえなかったが、目出度い祝いの場に向かおうとする道中にあって、底冷えするような視線に晒されつつも男は滞在中は問題を起こさないでくれ、と暗に伝える。


「父上からは、大過なく務めを果たすよう申し使っております」

「そ、そうですか」


男は、その言葉に息をついた。女はそれを何の感情も込めずに見つめているが、扇で隠した口元は三日月形にニッと吊り上げられていた。既に入国した王女を追って、ミラコーラ国に隣国からの客人たちが宴に向けて到着し始めていた。





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