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第2話 公爵令息のモラトリアム




「おや、ビアンカ嬢…?」


屋敷の窓から裏門の様子を見下ろしていたのは、レオナルド。

放蕩息子? と訝しがられていることなど知りもせず、自分が仕掛けた新聞で騒々しくなっている様子を見物していた。遠目で分かりづらいが学院の令嬢の姿によく似ていると気が付く。




そこに荒々しく部屋の戸を開き、部屋に入ってきたのは、レオナルドの想像通り父親のエドアルドだった。




「父上、そのように慌てて、何かありましたか」

「理由はお前自身が分かってるだろう」


素知らぬ風を表面上は装うも、目の奥にある楽しげな光を目にして、確実にこの騒動は、息子が噛んでいるとエドアルドは確信する。


「おや、私は父上の婚約者は自身で好きに選んでよいという言葉に感謝し、行動に移したまでですよ」


レオナルドとしては、婚約者を今の時点で決めるつもりなど、更々なかった。時折、話はでても躱していたが、婚約者を決めたがる父親の暑苦しい愛情と押し付けへの反抗が、今回の騒動の発端だ。


「家の後嗣として、そのようなことが認められるわけないだろう。騒動になること分かって、このようなこと、何を考えているんだ」

「おや、お嬢様方にお会いして、よいご縁を見つけるつもりですよ。まぁ、運命の相手との巡りあわせが訪れるかは『神のみぞ知る』ですがね。さて、そろそろ外に…」

「私がよいというまで、外に出ることは許さん!」


入ってきた時と同様に慌ただしく部屋を後にした父親の背中にひとりごちる。


「やれやれ、しばらくは自由の身を謳歌できるかな」


これで口煩く婚約の話を持ち掛けたりすることもなくなるか、と閉ざされた部屋の仲でレオナルドは笑みを浮かべる。




部屋を出て、憤りを隠さず廊下を歩いているエドアルドに執事が声を掛ける。


「旦那様、ドメニコ様がいらっしゃいました。応接室にお通ししております」

「来たか」




応接室に入ると、窓から庭園の奥に見える裏門を眺める宰相がこちらに気付いて、出迎えた。


「やぁ、エドアルド。今日はお客様が大勢お見えですね」

「白々しい…、何で発行を差し押さえなかった。俺に対する嫌がらせか?!」

「待ちなよ、僕がそんな子供っぽいことするわけないだろ? 君が僕が好きだった遺族院のマリアンヌ先生に、こっそり書いて自宅に仕舞っていたはずのポエムを勝手に送り付けてくれたお陰で、告白してもいないのに振られたことなんて、昔のことだし、これっぽっちも根に持ってなんかいないからさ」

「やっっっぱり、嫌がせだろう!」

「ごめん、相変わらず君の反応が楽しくて、”つい”ね」



目を細める男の表情には欠けらも罪悪感は見当たらず、笑みを浮かべたまま謝罪を口にする。宰相としては、切れ者と隣国からは恐れられている男であったが、エドアルドが悪癖と呼ぶ趣味が、時折、彼の米神に青筋を浮き上がらせる。そもそも彼が持ち出した昔話も元は、エドアルドの恋路を揶揄い悪ふざけが過ぎたせいで、報復を受けただったりする。


「騒動になるのが分かっていながら、俺に何も知らせずに、呑気にへらへら笑っているお前に、悪気以外の何があるっていうんだ? 取りあえず、燃やす、表へ出ろ」


青筋を浮かべて、宰相のドメニコの首を圧し折ろうとしているのは、アドアルド。押し寄せる子女に頭を悩ませている公爵家の当主であった。


「まぁまぁ、『誰でもいいから自分で候補となる者を見つけてこい』って言っちゃって、言葉尻をとられて、レオナルドに広告出されちゃったんでしょ、諦めなよ」

「お前、出版社の動向は把握していただろう。事前に情報が入ってたにも関わらずこの事態を防がなかっただろう」

「せっかく、探そうって気持ちになってくれたんだし、お越しくださってる多くのお嬢様方のお相手は、申し訳ないけど門番にお願いして、本命候補を出迎える準備をしようよ」


首筋に減り込んだ指に血管をせき止められてるせいで、段々赤黒くなってきた顔に変わらず笑みを浮かべながら、ドメニコはそう口にした。


「どういうことだ?」

「うぐっ、流石に、そろそろ死ぬかもしれないから、手を放してくれないかい」

「ちっ」


積年の恨みというか、度々揶揄われ続けてきた鬱憤から、一瞬、このまま天に召されてくれた方が自分にとって都合がいいのではないか、と本気で考えながらも、続きを語らせる代わりに呼吸を止めることは思い留まってやることにした。


「ふぅ、酷いなぁ。レオナルドも売り言葉に買い言葉で、こんなことしちゃったんじゃないか。大衆向けの一般紙を選んだのだって、家督として平民との結婚なんて許すはずない君が「誰でもいいから」て言ったことへの意趣返しだろ? だったら、この事態を最大限楽し・・・失敬。最大限活用して、レオナルドに年貢を納めてもらおうよ」

「ほーう。娯楽のための趣味の悪い秘密主義もいい加減にしねえと、本気でブチ殺すぞ」


息の根を止める気満々で首を鷲掴みにしていたが、悪知恵の働く友人として、同じ職場の同僚として、アドアルドはドメニコの能力は信用していた。互いの家、ましてや国にとって不利なことにはしないだろう。


「最後の悪あがきをしてるだけさ。レオナルドは、なんだかんだで努力を惜しまない子だろ。後継として申し分ないだろう。お前も元気だし、正直、家督の話や世継ぎの話は、急務ではないし。結婚につてはしばらく棚に上げておきたいのだろうさ」


血は繋がっていないはずなのに、どこか宰相と息子は似たようなことをする。昔のドメニコのように目立ちすぎないよう勉強にしても業務にしても本気は出さずに、余裕を隠し持ち周囲とは必要以上の軋轢を生まず、放蕩息子のような振る舞いも目をつむれる程度のものだった。


「それは、知ってる。だが、流石にこの類の話については自由にさせすぎた、煩わしがられようと、そろそろ向き合ってもらわんとな」

「これ見て」


ドメニコが取り出したのは1枚の紙。屋敷に年頃の子女や物心もついていない幼子を抱えた母親たちが押しかけてきた原因となったものだ。大きく一番目立つ文字では、嫁募集の旨が書いてあり、少し小さな文字は、洒落た装飾に見えなくもないような字体で、こう書いてあった。




『真のクロムスフェーンの輝きを持つ者よ門を訪れよ』




「これは・・・」



職務に忠実何は良いが、そういうことは別でやれと思いつつも抜け目のないことだ、と関心もする。


「まぁ、流石に本人にもこれ見せたらバレるだろうけど、見本誌と今日屋敷に届くものは、この一文はこっちになってる」




もう1枚渡された用紙を見ると、同じような色・サイズで装飾が差し込まれているが、後から出された紙は募集の文字は同じだが、小さな文字はただの装飾にしか見えず、主となる文字の下部を飾っているようにしか見えず、メッセージ性は何もない。


「つまり、この意を汲み取って訪問してくるのは、それなりの家の子女なはずとなる。自分が呼び集めた女性陣と夜会で婚約者探しをしてもらおうじゃないか。ソフィアには夜は空けておくように言っている。今頃、支度を始めている頃だろう」




パンっ




先ほどまで絞め殺そうとしていた男と、首の欠陥圧迫されて昇天させられかけていた男は互いの手のひらを頭上で重ね、軽快な音を鳴らすのだった。こうして、部屋に閉じ込められているレオナルドが与り知らぬところで、息子の挑発めいた騒動を逆手にとって、婚約話を纏めてしまおうとする父親達の企みは、進んでいく。





2021/5/22 サブタイトル追加

2021/7/23 誤植修正

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