第28話 湖上の戦いの決着
二人の口から出てきたのは同じ言葉だった。
「「もっと、わたし(俺)に力があれば…」」
緊迫した状況なのに、別の人間の口から自分の気持ちが出てきた。重なった声に、思わずパチクリと二人は目を合わせてしまう。ビアンカはポカンと薄く口を開け、ディエゴは吹き出してしまった。
「くくっ、それは護衛としての俺の台詞だよ」
「この短剣を持っていても守られてるばかりで、戦いでは何もお役に立てません」
「ビアンカ様は、俺のことも今守ってくださいましたし、不甲斐ないのは俺の方です。それに、貴方が戦うべき何かがあるならば、俺が代わりに戦いたい……」
「ディエゴ様…」
ビアンカは、自分の無力感に関しての憤りも感じるが、先ほど横目に見えたディエゴの表情に胸が締め付けられた。ディエゴが生き生きと剣を振るうところを旅の間、たくさん見てきた。商館でもエルフの里でも、道中でも彼は舞うように自由に剣を操り、ビアンカを守ってくれた。黒いこんな霧のせいで、膝を付いて悔しがっている彼を見ていると、ビアンカも酷くどかしい気持ちになった。
(この人の力になりたい……)
そう思って支えてくれたディエゴの手にビアンカが手を重ねた瞬間、ビアンカの中の魔力が一気に膨れ上がった。自然と開かれた自分の内にある扉から、ビアンカの想いに応えるように力が放出されて、そのまま触れた手からディエゴに移っていく。
「えっ…」
「これは…」
ディエゴは暖かな波動が自分を包み込むのを感じる。慣れぬ感覚だが、全く不快ではない。そして、目視できるほどの輝きにディエゴが包まれていくと、彼を伝って剣にもその光が流れ込んでいった。刀身が淡く光を帯びていく、嵌めこまれていた装飾の宝石も明るい輝きを放っていく。
「でぃ、ディエゴ様、大丈夫ですか!?」
「不思議な感覚ですが、問題はないかと…」
未知の力が身体に満ちていき、普段とは違う感覚に多少戸惑いはしているが、問題というよりは、逆に先ほどまでの自由が利かない身体とは雲泥の差だ。むしろ…、と確かめたくて、ディエゴはビアンカから少し距離を取った。
シュッ
ディエゴは、大剣を一振りしてみる。先刻の不可視な何かに力を押さえつけられてる時に比べれば、それよりも身体は軽いのだが、普段の自分と比べても、妙に身体が軽い気がした。
「軽っ」
「えっ!?」
「まぁ…!」
普段と違う身体の調子に驚くディエゴだが、ビアンカとソフィアが驚嘆したのは、ディエゴの剣が空気を切り裂いた瞬間に、一帯の黒い霧が晴れたからだ。空気が瞬時に浄化されたのだ。
目を大きく見開いたビアンカがディエゴを見つめると同じように振り向いた彼と視線が交わる。軽く口を開き驚くビアンカにディエゴは不敵に笑った。
「ビアンカ様、こちらでお待ちください。すぐ戻ります」
「はいっ」
今なら何でもできる気がする。ディエゴは、その身を戦場に躍らせる。今の光景をみたビアンカも彼の言葉に何も不信はない。きっと、宣言通りに、すぐに戻ってきてくれる、そう思えて笑顔で、その後姿を見送った。
果敢に挑むアルミノだが、次第にレオナルドの援護が間に合わなくなる局面がでてきていた。不安定な足場で奮闘するアルミノだが、先ほどから、魔法を連続で使用しているレオナルドは、額から汗が伝い彼の服を湿らせていた。決定打を与えるには及ばない。このまま状況が続けば、レオナルドが大きく間違えば、あるいは力が尽きてしまえば一気に形勢は厳しくなる。
バキバキバキッ
氷を打ち砕いて、水中に潜ませていた尾を振り回すセルペントは、煩わしく飛び回るアルミノを捉え、締め上げようとする。
「くそっ」
「アルミノッ!」
焦ってその名を呼ぶレオナルドが、残りの魔力を振り絞って、攻撃をと思った時、彼の脇を風が通り抜けた。
「なんだ…!?」
「大丈夫、俺が行く」
その声と後姿をみて、ディエゴだと認識できたが、レオナルドは、何が駆け抜けていったのか瞬時には分らなかった。氷が砕けて不安定なはずの足場を次々と飛び移り、剣を携えて進むのは、見慣れたはずの友人の姿だ。
彼は、放たれる黒い水弾と襲い来るいくつものセルペントをものともせず、交わし、軽く払い、一気に距離を詰めていく。
スパッ
ディエゴは、己に喰らいつこうと伸ばしてきたセルペントの首を容易く斬り落とし、その塊を更に寸断し、アルミノに巻きついていた尾に取り掛かる。アルミノが切り落とされて緩んだ尾の拘束から脱し、ディエゴを見やると、彼の前には頭部を斬り離されても力を失わず、身体の再生を試みようとするセルペントがいた。
「ディエゴ…、お前…」
アルミノは、そんな魔物の姿に、驚いたのではない。ディエゴを取り巻いた光は、ビアンカが手を離すと収まっていた。レオナルドや周囲の隊員やエルフにもその力は見えていないだろう。だが、アルミノには、その力が感じられた。自分の内に秘めている力に似ているが、遥かに力強いその波動に、一体なにが起こったのか、と呆然と彼の姿を見つめる。
「くそっ、まだか?」
しぶといセルペントに舌打ちしたディエゴは、腹に突き刺した大剣でその巨体を斬り上げ綺麗に縦にその身を二分する。刃がセルペントの体内にある何か固い塊を割った。いつも以上の切れ味にディエゴは、それに気づかなかったが、その瞬間、セルペントが纏っていた黒い気配は綺麗に消え去る。
追撃しようとしていたディエゴだったが、サラサラとその体が塵になって消えていくのを見て動きを止めた。
「凄い…」
目で追いかけるのに必死だったが、気配が完全に消えたところで、ビアンカは止めていた息と一緒にそう吐き出した。
「「「うぉおおおお!」」」
「やりやがった!」
起こったどよめきに、ディエゴは危うく氷から足を滑らせそうになったが、対岸に心配そうに手を組んでこちらを見つめる姿を見つけて、軽やかに岸に戻ってくる。こちらに向かってくるディエゴを見て、ビアンカも水際に足を進める。
「ただいま、戻りました」
「ご無事で、よかったです」
「っ…!」
駆け寄って、トンっとその胸に飛び込んできたビアンカに呆気にとられたディエゴだったが、思わず抱きしめそうになるのを堪えて、軽くその肩に手を置くに留める。
「ビアンカ様のお陰です」
「ディエゴ様…」
ビアンカが顔を上げるとやり遂げた爽快感に屈託なく笑うディエゴの顔が映る。それを見てると嬉しくて、ビアンカも自然と顔が綻ぶ。
疲弊した身体を引きずって、歩み寄って来たレオナルドは、一瞬、見つめ合う二人に声を掛けるのを躊躇する。だが、二人の向こうに駆け寄ろうとしたものの二人が張る見えない障壁に近づけずに足を止めた隊員の姿が目に入った。やれやれとため息を吐きながら、わざとらしい咳払いで、遠巻きに見つめる者達の存在を彼らに伝える。
二人は、はっと周囲の目線に気付き、慌てて少し距離を取った。
「…まぁ、いい。やったなっ!」
レオナルドが遠慮なくディエゴの肩を叩き健闘を称え合う姿を目にすると隊員とエルフたちも次々と近寄ってきて、レオナルドとディエゴの周りを囲んでいく。恥ずかしくなったビアンカはソフィアの後ろに逃げ込んで、その様子を見守るが、すぐに集まった者たちに囲まれて、ディエゴとレオナルドの姿は見えなくなった。
「なんだよ、さっきの」
「あの速さなんだ!」
「レオナルド様も良くぞ凌いでくださった」
「やりましたねっ」
先ほどの戦況を思い出し、皆が思い思いに声を掛ける。アルミノ以外は、攻めあぐね絶望的な気持ちになっていたのに、それが嘘のような鮮やかな決着に皆が興奮していた。
「うわぁっ」
「冷たっ」
その輪を掻き分けて、冷たい水を散らしながら入って来たのはアルミノだった。
「お前ら、俺の存在、忘れてただろ!」
「あ、アルミノさんっ」
「よ、良くぞご無事で」
正直、皆の目線はディエゴに集中していて、決着が着いてからは、ほとんどの人がこの戦いで奮闘したアルミノの存在を忘れていた。
「わっ、アルミノ、冷たいっ!」
「何で、あの足場、ひょいひょい渡れんだよ」
ディエゴは、アルミノに後ろから頭をワシワシと遠慮なく撫でまわされていた。アルミノは、途中で水に落ちてしまったらしく身体に纏う水滴がディエゴに滴る。レオナルドが凍らせた湖の水はさぞ冷たかっただろう。
「すまない」
帰り道を整えてやるべきだったなと、己に少し飛んできた水滴の冷たさに、奮戦したアルミノの存在を同じく忘れていたレオナルドが謝る。
「いやっ、よく堪えてくれた助かった」
「ああ、アルミノも」
拳を合わせて、二人も互いの健闘を称え合う。
皆が笑顔を浮かべて、勝利に沸き立っている。
彼らに肩を叩かれ称えられる中心に居るディエゴを見て、ビアンカは満面の笑みを浮かべるのだった。
最後に湖とその周辺に残った残留した黒い気配をビアンカが浄化し、一行は里に帰還した。
想定外の事態に直面することになってしまったが、無事に旅の目的を遂げて、ビアンカたちは北の大陸を後にすることになる。
2021/07/14
誤植修正、タイトル未記載で誤って投下したため、タイトル記載
2021/7/23 誤植修正




