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第27話 力を願う二人




少し重たい空気を風が運んでくる。纏わりつくような風が撫でて水面を揺らす。ここは、エルフの里に流れてくる川の上流にある湖。この辺一帯の水源となっており深い湖だと聞いた。


「やはり、この湖のようですね」


水面に近い湖のほとりまで歩いてみて、不穏な気配は感じるものの、目に見えた異変も確認することはできなかった。湖の西側にミラコーラから来た隊員、東側をエルフたちが広がり周囲の状況を確認することになった。彼らがビアンカたちが待つ場所から徐々に広がっていくのを見ながら、どうしたものかと思案する。しゃがみこんで見つめる先にある水は、透き通っており、ほとりの水辺にある水に浸っている小さな石の色も鮮明に判別できるほどだ。


「綺麗な湖ですね…」


二コラ隊長が、触れていたのを確認したため、目の前に寄せる水は安全だろうと、軽く自分の手のひらでもその水を掬ってみる。水に手を浸けるとヒンヤリしていて、歩いて火照っていたビアンカはその冷たさに感動して、もう片方の手も差し入れて、その感触を味わう。


「ビアンカ様!」


無邪気に特に警戒することなく両手を浸していると、近くで控えていたディエゴが驚いて声を上げる。耳には入ってきたが、浸した水から伝わる何かに意識が向いたビアンカは反応できない。つい先ごろに癒した神樹のことが思い浮かぶ。伝ってくる気配は、神樹の内にあったものに似通っている。


目を閉じてビアンカは湖の水の冷たさに潜む気配を探っていくと同時に、少しずつ開けた扉から薄く薄く魔力を湖の中央に向かって広げていく。水面下では、ビアンカの放つ魔力が仄かに光り水に混じり合っていく。

ディエゴは声を発したものの集中しているビアンカの横顔をみて、続けて声を掛けることは止めた。ビアンカの側にいた他の者も静かにビアンカを見守り、しばらくは静寂だけがその場を支配しする。


どれくらい経った頃だろうか。風で微かに揺れていた水面に、それとは違う波紋が生じた。


「お下がりくださいっ!」


水面から飛び出してきた細長い何かをディエゴが絶ち切る。それは、両断されてもなお、地面で蠢いている。


「何ですのっ?!」


気味が悪くて、飛び退いてから確かめると、それは蛇だった。セルペント、湖に生息する魔獣の一種だが、仄かに嫌な気配を纏っている。


「魔物化しかけている…?」


ソフィアがどちらとも取り難い曖昧な気配に首を傾げながらつぶやくと、いくつもの小さな水しぶき上がり、黒い影が飛来する。


「なんですの、この数…っ!!」

「ひっ」


ビアンカの方に飛来したそれは、眼前に迫るより早く、瞬く間にディエゴが切り伏せる。舞うように複数の蛇を切り伏せ、蠢き再び襲い掛からないよう無数の塊にしてしまう。


「くそっ切りがない」

「水から離れろっ!」


しかしながら、数が多く埒が明かないと、レオナルドが力を剣に込め、その切っ先を水中に突き立てる。水面が冷却され、時を止めたように波打った形のまま氷と化す。


パキパキパキッ


一瞬静まり返った湖だったが、直ぐに氷が割れる音がし、水が大きくうねり浜に押し寄せる。氷を割り湖の中からは、飛来したセルペントとは比にならない大きな首が姿を現した。


「なっ、なんだ!?」


それは、鎌首をもたげて身体を振るわせる。大口を開けて空気が擦れるようなシューっという音で威嚇してくる。セルペントなのか…、どっしりとした太い胴体は、竜を思わせる。

レオナルドが凍らせきれなかった湖の水面から先ほどの細いセルペントが飛来する。


「ビアンカ様、盾を!」

「は、はいっ」


場数を踏んでいないビアンカは、咄嗟に戦闘態勢に移行し、警戒することはできない。ディエゴの言葉で、はっと気づきソフィアと自分を守る盾を展開した。近辺に飛来するセルペントは、ディエゴが手早く仕留めていくが、切り捨てられたセルペントが盾に当たり、ビアンカたちは思わず悲鳴を上げる。


「あれの動きを止められるか? その間に遠隔攻撃が可能なもので畳みかける」

「了解」


幸い遠距離攻撃に長けた者も両側に展開していた。レオナルドと二コラ隊長は、仲間たちにも素早く指示を届け、まずは大きなセルペントに標的を絞る。

湖上のセルペントを取り巻くように湖をレオナルドが凍らせると、エルフの矢と攻撃魔法が一斉に注がれる。


「放てっ!」

「……」


息を呑んでビアンカとソフィアは、その結果を見守る。エルフの矢は幾らか刺さってはいるが、表皮は固いのだろうか弾かれたように見えた物もある。着弾した魔法により、少し視界が遮られるが、怒りを孕んだセルペントの叫びが伝わってくる。


「効いていない…」

「くそっ、次だ。放て…!」


セルペントは、レオナルドの氷の拘束を解こうと暴れ、厚めに張られた氷の戒めに少しずつヒビが入ってくる。エルフが矢を次々と放ち、魔法が飛来する中、レオナルドも刀に更に力を込めて、鋭く形状変化した氷で胴体を貫く。これには、セルペントもカン高い悲鳴を上げて、大きくのたうつ。


「よしっ!」


ダメージを与えられてる手応えに、周囲も気をよくして、次々と攻撃を仕掛けていくが、セルペントは一時、ピタリと動きを止めると、ひと際不快な声を発し、空気を振るわせた。


セルペントから一気に黒い霧が吹きだして、大きく広がり薄く彼らを包み込む。


「くっ」

「なんだ、身体が…」


セルペントが放つ邪気に当てられて、ディエゴや騎士団の隊員たち、エルフは動きを鈍らせる。思うように身体が動かせなくなる。


「レオ様、皆さんの周りに黒い霧が…! こちらにも来ます!」

「なんだと!?」


ソフィアの警告に、レオナルドは風の防壁を築いて、自身の周囲に纏わりつこうとする不可視の攻撃を吹き飛ばす。


「くらえっ」


防御しながらレオナルドは遠隔で攻撃を試みるが、思うように魔法を発動できない。ゆっくりとセルペントが受けた攻撃に怒りを返すように、セルペントから放たれる黒い霧が濃くなり彼らに纏わりついていくと、次第に膝をつく者も現れて、一気に形勢が大きく傾いてしまう。


「皆さん…!」


予想外の光景に愕然とするビアンカとソフィア。彼らの不調の原因は、湖周辺を襲うこの黒い霧だ。何とかしなければと思うが、一斉に崩れていく多くの仲間たちを見て、どうすれば良いのか考えが纏まらない。だが、セルペントを捕える氷、こんな状況であれが自由に暴れだしては、まずいだろうと思い自分たちを覆っていた半球状の盾を広げてレオナルドも覆う。


「これは…、ビアンカ譲、助かる」

「いえ、ディエゴ様、アルミノさんもこちらに!」

「や、俺は大丈夫だ、レオナルド!」

「…ああっ」


アルミノは、平然とした顔で立っていた。彼に声を掛けられたレオナルドは、ビアンカの護りの中で、少し楽になったようだ。レオナルドは体勢整えて、再び水面に剣を付き立てて力を込める。


ピキピキピキ


音を立てて、厚みのある長い一筋の氷の道が形成される。アルミノはその橋を駆けて、獲物に向かっていく。


「危ない!」


狭い道を走る彼に向かって、小さなセルペントが襲うが、人間に負けて堪るか、といった意地か、何とか最後まで立っている若いエルフたちが、その全てを矢で撃ち落とす。


「やるじゃねーか…」


関心して口の端を軽く上げたアルミノ。彼は一人だけ、動きが大きく鈍っていない。聖属性の加護だろうか、レオナルドとの連携で、セルペントに切りかかっていく。


「くそっ」


何とか大剣を地面に突き立てて、立っているが力が入らず憤りをディエゴは口から吐き出す。何とか渡り合っているアルミノとレオナルドに比べて何て様だ。


「ディエゴ様!」


その時、アルミノに向けてセルペントから黒い水弾が放たれた。レオナルドが魔法で防いだが、全てを防ぎきることができず、防御を抜けたそれはディエゴに迫って来た。咄嗟にビアンカがディエゴの前に守りの魔法を広げて、それを防いだ。瞬間的に力を広げたことで少し負荷がかかり、足元がグラつくビアンカをディエゴが支える。


「ビアンカ様!」

「あ、ありがとうございます」

「礼など…」


ディエゴは、強くなるために鍛錬をしてきた。それなのに、守りたいと思っている少女に、守られている状況に、悔しさと不甲斐ない己への怒りに剣を持つ手が震える。

ビアンカも同じだった。ビアンカは手に握る短剣を見る。剣という戦うための道具を持っているのに、目覚めたばかりの力は自由に扱えず、今のビアンカにできているのは、手が届く範囲の人を守ることだけ。自分にも戦う力があればいいのにと歯がゆい気持ちが口から零れる。




二人の口から出てきたのは同じ言葉だった。


「「もっと、わたし(俺)に力があれば…」」




2021/7/23 誤植修正

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