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第25話 聖女の力を持つ少女と冒険者




ビアンカから預かった仮面を吟味していたエルフの長たちは、その結果に驚いていた。


「破損している装飾部よりも、これは…」

「ああ…本体の内側にある回路が擦り切れかけてて、これでは力が伝わらないであろう…、よくもまぁ、この状態で長く使用に耐えてきたと診るべきか、それとも」

「今代の彼女の力の強さ故のことなのか、ですな…」


聖女の存在が失われてどれくらい経った頃だったか。その頃は人間との国交も拗れてはいなかった。魔力適正があっても聖属性の力を結界に注ぐことができず、苦慮する人間のために誂えたのがこの仮面だった。


だから、修理はもちろん、新しいものを作ることもできるだろう。だが、神具の劣化が、想定以上の力を受けてのことであれば、話は別だ。聖女の力を色濃く受け継ぐものが、本当に現れたのであれば、必要なのは、そんな凡人を補助するための魔道具の修復ではない。


授けるに足る力を彼女が持っているのか。


容易には判断しかねるが、確かなのは、誰よりも思い入れが深いだろう者が、彼らの背を押してきたということだ。


彼らが身に着けていた揃いの首飾りを思い浮かべる。神樹(しんじゅ )の葉を閉じ込めた物だ、意味は託した者への信頼の証だ。未だかつて聖女に関する事柄で、そこまでの肩入れをしたことがなかった者が、それを託したことの意味は大きかった。


「あやつが見極め、背を押す者であるならば、とは思うが…」

「その力の一端を里の者に示すことができるのならば、皆も反対はしないでしょう」


森に護りをかけて、人とは距離を置いてきたエルフたちの中には、今回のことで、人間との間に諍いが起きたり、人間が必要以上にすり寄ってくることを警戒するものもいる。聖女の威光は神樹の存在によって色あせずに彼らの胸にある。不適格な者に対する度を越えた支援と捉えられれば、多かれ少なかれ反発が起きることが予期される。




ビアンカの力のほどを見極め、里に知らしめるには、どうするのが良いか、と思案していた彼らだったが、慌てた様子で知らせに来た者達に続いて中庭にでると、神樹と対話するように向かい合うビアンカの姿があった。


ここ最近は、神樹が目に見えて力を失くしてきており、やがて枯れてしまうのではないかと、エルフの里の皆が不安な気持ちを隠せずにいた。それが、少女の持つ刃が清浄な力を放ち、瞬く間に見慣れた力強く聳える荘厳な姿を取り戻したのだ。




聖女――

世界の為に命を賭した少女の力を確かに受け継ぐ者なのだ、とエルフの長を初めとした里の者たちは確信したのだった。




-------------------




(イタイ)

(タスケテ…)


ビアンカは、夢を見ていた。

声なく佇み、ビアンカに訴えかけるように願うその姿。

淡い緑の光を全身に纏い、緩やに髪を波立たせて、ビアンカに懇願する姿…


(あなたは…)


彼女の足から伝う水辺に黒い影が忍び寄っていた。

彼女の浸かる水は、徐々にその黒に浸食されて、彼女の体を蝕んでいくようだ。

彼女の手をビアンカがつかみ取ると、彼女の足元の黒い何かは、それ以上触れることができないようで、その足元を取り巻くにとどまるが、消えることなく彼女の周りを蠢いている。


(タスケテ…)




「あなたは…ダレ…」

「ビアンカ様!」


空に伸ばした手は、横から伸びた手につかみ取られた。

誰が…と、ビアンカが目を向けると眉を寄せて覗き込むディエゴの姿が目に入った。


「…でぃえご、さま…?」

「よかったぁ…」

「ビアンカ!」


視線を反対に向けると、ディエゴの反対にいたソフィアに覆い被さってきた。優しくビアンカは抱きしめられた。


「わたくし…??」


足元に立っていたのレオナルドが、状況を知らせてくれた。


「心配したぞ。あれから数刻目を覚まさなかったのだ」

「えっ」


確かに外を見ると日は既に高く昇っていた。体感では一瞬だが、思ったより時間がたっていたようだ。夢の中でのわずかな時間での邂逅…


「ソフィア…! わたくし、声が…」

「ええ、わたくしも…」


すっと眼前に差し出した指輪に、ソフィアが力を籠めると、キラキラした細かい光の粒が集まってきて、小さな人型になった。


「あなたは…」

「神樹の精のようですわ」


ディエゴとレオナルド、部屋に居たエルフも息を呑む。

片言でしか、聞こえない声だったが、ソフィアはその意をビアンカより正確に聞き取れるようだ。僅かな時間で消えてしまったが、その声をソフィアが代弁してくれた。




エルフの長のところへ向かおう、とビアンカは言ったが、皆に留められた。もう身体は何ともない、と言ったのだが、三人に止められた。






その頃のエルフの館は、外からやってくるものに内心反発を持っていたはずの者達も、「聖女の再来」だと彼女たちの滞在を少しでも留めようとする者も出る程に色めきだっていた。ビアンカが目覚めたと知らせを受けて、エルフの長は彼女の部屋へと向かっていた。


「まったく…」

「そもそも謝罪すらまともにしていない者が出向いてどうするのだ……」


ミラコーラにかつての戦いをもとにしたお伽噺が伝わるように、エルフの里にも伝わる話はある。

遠い昔に魔と戦い散って逝った聖女の逸話。

悲しい物語だが、共に戦った同胞が語り、この地で今も語り継がれている。




叔父から寝物語で聞いていた若いエルフは、手のひらを返したように目を輝かせて、来訪した少女に胸を熱くした。エルフの長は、彼らへの今までの振る舞いを都合よく忘れている息子に呆れて、浮かれる息子を白い目でみる。当然のように同行しようとした息子は側近に見張らせて、エルフの長はビアンカの部屋へとたどり着いた。




コンコン




部屋の中で、エルフの長の来訪が告げられると、世話役として付いてくれてるエルフの女性がビアンカが起き上がるのを介助し、肩から羽織を掛けてくれてから彼らを迎え入れた。




「お加減はいかがですか」

「ええ、もう大丈夫です。ご心配お掛けしました。わざわざ足を運んでいただき有難うございます」

「とんでもございません。ビアンカ様のお召しであれば、いつでも伺います」

「至急、調べていただきたいことがございます」


ビアンカはエルフの長の妙に恭しい態度に違和感を感じたが、急を要することだと一旦それは顧みないこととし、先のソフィアの言葉も含めてすべてを伝える。

神樹を蝕んでいた元凶が在るだろう水源。条件に合う川や湖を調べるように告げると、特に疑うことなく彼は部下に指示をし、可及的速やかに対応すると部屋を辞した。



「ソフィア、また、中庭に行って近くで神樹をみたいのだけど」

「そうですわねぇ…、色々な方に好奇の目で見られて、もしかしたら、集まってきた人たちに揉みくちゃにされてしまうかもしれないけれど、それでもよろしくて?」

「え?」




苦笑気味に、伝えるソフィアの言葉に、ビアンカは疑問符が頭に浮かぶ。あの光景を客観的に見ていないビアンカの認識はそうだろうが、ビアンカが意識を失った後、徐々に興奮が高まり、騒めくエルフたちの様子を見ていたソフィアは、もう見せた方が早いかとも思うが、まだ無理はさせない方がいいだろうと、まずは状況だけ伝えることにした。






エルフの調査結果を待つことになり、一行はエルフの館にそのまま滞在することになった。ディエゴは館の外の広い空き地に来ていた。剣を振るい、何かと葛藤するように、汗を流す。



カキンッ


「アルミノっ」

「どうした…、そんな顔して、剣にも迷いがでているっぞ!」


一人で黙々と剣を振るっていたディエゴに切りかかって来たのは、アルミノ。避けられないほどではないが、下手な相手だったら怪我するだろう鋭さだ。

剣を交えてすぐにディエゴの剣はアルミノに弾き飛ばされる。


「流石です」

「違うだろ…、真面目にやったら剣だけだったら、お前の方が上だろ」

「そんな…」

「事実だ…、なに悩んでんだ」

「…」

「さっき、若けぇエルフとやりあったんだって?」

「耳が早いですね」


ここへ来る途中、中庭に足を運んだディエゴに絡んできたのは、あの若いエルフだった。


神樹を包んだ先日の光とビアンカの存在。

エルフたちの興奮は、想像以上だった。日に日にその熱は高まっているようにすら感じる。


『冒険者風情が…』


道すがら耳にしたのは、そんな言葉。ビアンカの側にいる冒険者に面白くない気持ちを持つ者もいるようだ。その言葉を耳にしていたからか、突っかかって来た若いエルフの言葉に必要以上に感情を逆なでられた。


『人間になど聖女は預けて居られない』

『彼女は我らのモノ』


冒険者、それは確かに、自分の立ち位置だ。

だが、…『モノ』?


ディエゴは、目の前が真っ赤になって、勝負を挑んできたエルフに手加減など一切加えなかった。エルフは弓で中距離から素早く急所ぎりぎりを狙ってきた。全て切り捨てられるも接近してきたディエゴの動きを予測し、剣を足場に背面に回り、ディエゴに矢を突きつけようとする。

それをディエゴは振り切った剣の勢いで、脇腹を柄で殴りつけて吹き飛ばした。


一瞬、本気で殺しかけて、触れる直前に止めようとしたが、結構な衝撃で吹き飛んでしまったようだ。


「上手く手加減もできずに、エルフの方に怪我をさせてしまって…」

「…違うだろうが」


彼女のことを何かに重ねて、勝手に崇めて、勝手にモノ扱いするような奴のことは、正直どうでもいい。ただ、守る。守りたい…、だけど…


瞬間的に込み上げてきた彼への怒りは、彼を吹き飛ばしたと同時に冷めていった。今のディエゴの胸中を渦巻いていたのは別の想いだった。彼女を国に帰ってからも護りたい、と思うなら自分には武力だけでない、護るための力が足りない。


「冒険者…」

「…!?」

「嬢ちゃんが、ただの伯爵令嬢だったら、お前ほどの腕だ。実績積み上げて、国の信頼も得られたら、そんじょそこらの貧乏貴族よりも拍が付く。だがなぁ……」

「別に、俺は…」


付き合いも程ほどに長いアルミノに、口に出していない感情をざわつかせた原因を言い当てられて、反射的に否定の言葉がでてきた。


「…お前が今、その感情から逃げるのは勝手だが、その後悔はずっと付いて来ると思うぞ。今すぐに答えを出さなくてもいい、だがな、考えとけ、どうしたいのか。国に帰ったら、いつの間にか手の届かないもんになっちまうかもしれんぞ」

「…はい」


言葉をしっかりと飲み込んで素直な返事を返すディエゴに少し安心し、アルミノは愉快そうに剣先をディエゴに突き付ける。


「じゃぁ、ちっとばかし、付き合え」

「えっ」


ディエゴの気晴らしのためだったのか、暇を持て余してたのか。

生き生きと剣を振るう彼を見ると、後者だろうか。


それからみっちり、アルミノの稽古に付き合い、どろどろになって部屋に戻ったディエゴは、呆れ顔のレオナルドに、早く湯あみにいけと追い出された。




2021/7/23 誤植修正

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