第22話 エルフの館と浴場
ビアンカたちは中心部にある一番大きな建物に案内された。それは大樹をコの字に囲むように建てられていた。そこで長を名乗るエルフと対面する。彼は、開口一番にビアンカ達への謝罪を口にした。
「逸った若輩者たちを留め置くことができず、皆様にはご不快な思いをさせてしまいました。長として心よりお詫び申し上げます」
「どうぞ顔をお上げください。事情は存じませんが、疑念を抱かせてしまったことは、我々の歴史に負う過ちもあるかと存じます。此度は、皆様の助力をいただきたく参上した次第です。まずは、我らの訪問を受け入れてくださったことに感謝申し上げます」
代表として隊長がそう述べると長を名乗った男性は、柔和な笑みを浮かべてから、手に持った杖を振り上げると、無礼を働いたと次々に目上の身内に責められ、肩身を狭くし佇んでいた若いエルフの脳天に振り下ろした。
「っ~~~~!!!」
「「「!!?」」」
余りの痛みに声にならぬ声で悶え、涙目になる若者をみて、一同は驚愕する。
「馬鹿者どもが制止を振り切ってしまい…いえ、馬鹿者どもを止められなかった我々も同罪です。そのように仰っていただけて、有り難く存じます」
「ここ最近、森では異変が起きておりまして、里の者は皆、警戒しておりました。ですが、思い込んだら年長者の話を聞かない上に、弓矢しか能がない馬鹿者どもが失礼を働いてしまい、申し訳ない」
重ねて詫びと感謝を告げる長と門前で歓迎してくれた壮年のエルフが、激痛に蹲る若者の存在は無視して、ビアンカ達に言葉を伝える。
「い、いえ、何やら事情があるのだと理解しました。こちらはお願いに上がった身でございます。皆様の都合を無視して要求を押し通すことは、皆様と我が祖国との今後の関係にとって望ましいことではございません。ですが、差支えがなければ、ご事情をお聞かせください」
「我々を『領域を侵している』と警戒なさってましたが…、まさか古くより強固に守られてきたエルフの森を脅かそうとする者がいるのでしょうか…」
長たちに応えたのは二コラ隊長だが、続けてマルコが抱いていた疑問をぶつける。
「それに私は何度か此方にきたことがありますが、昨晩のように魔物に襲われたようなことは一度もありませんでした。先触れで数週間前に伺った際も同様です」
確かに、以前から把握していた状況とは異なっていた。護衛対象もいるため、万全の体制をと戦力は整えていたが、昨日の魔物との戦闘には肝を冷やした。特段、秘匿する必要もないため、ここまでの道中の状況を二コラ隊長が彼らに告げる。
「我々は、ここへの道中、大きな個体のルーパ一頭と他、十頭ほどを討伐しております。想定していた森の状態とは異なり、我らも少なからず困惑いたしました」
「魔物に遭遇されたと…、うーむ、かなり腕は立つように見受けられるが、やはり、魔物は皆さまが退けられたのですね。恩人に対する非礼、申し訳ない限りです」
「なんと、穢れた気配が消えたのは、皆さまが魔物を討伐なさったからか」
エルフの長とその隣に立つエルフは、二コラ隊長の言葉に感謝と驚嘆の言葉を向けたが、異を唱えるのは若いエルフだ。
「そんなはずはない!我らが探しても一向に姿を捉えることができなかったというのに、このような余所者たちにっ、った~~~」
ゴスッ
先ほどの声ならぬ痛みを味わっても尚…、血の気が多いというか、頑丈というか、先ほどの若いエルフが再び口を開くが、何やら失礼な言動を続けようとする前に、再び脳天に杖が振り下ろされる。しかも、先ほどよりも随分といい音がした。
「「「……」」」
「相応に年を重ねても中々成長しない馬鹿もおりまして、失礼いたしました。」
「い、いえ」
何でも数週間前から急に森の空気が淀み、森に出ていたエルフが魔物に襲われたらしい。その後も数名単独で出かけたエルフが被害に合ったが、若いエルフたちが捜索するも、その姿を捉えることも魔物を仕留めることもできずにいたそうだ。
「エルフの森には、聖女が授けたという神樹があると聞きました。この地は、その効力から穢れとは無縁の地であると聞いていたのですが…」
「ご認識の通りです。幸いにも魔物は皆さまが片を付けてくださった。ですが、この事態の原因は不明のままです。可能性としては何らかの方法で護りを擦り抜け、外から持ち込まれたのではないか、という可能性も議論されてましたから、外からの来訪者に対する過敏な対応を取るものがでてしまいました」
「この地の護りをですか…、そんなことができるとは信じがたいのですが…」
この大陸で暮らすマルコにとっては、特に信じられない事態だ。街の守りもそうだが、彼らの技術は、人間には及びつかないほど抜きんでている。それを破るということは想像できない。
「其方は、精霊の導きを得て、この地にいらした。それはそこのお嬢様が纏う色濃い精霊の加護からも分かります」
「色々と互いに交わすべき言葉はございましょうが、場を整えさせていただきます。少々騒がしい者もおりますし、皆さまもお疲れでしょう。夜まではこの館でおくつろぎ下さい。詳しい話は、食事と共に後ほどゆっくりと」
街を出てから馬車で一日、野営に森の中を進むこともビアンカにとっては、初めてのことであった。ルーパの襲撃とエルフの里への道。街を出から三日も経たないが、多くのことが起こった。それに、パオロの体調も万全ではない。ビアンカたちはこれを有り難く受けて、暖かい湯と昼食をいただくことにした。
「ビアンカ、貴方、溺れたりしないでね、大丈夫?」
大冒険を経て、たどり着いたのは、広々とした大浴場だった。肩まで浸かったビアンカは、目を閉じて天井を仰ぎながら此処までの道のりを思い返していた。
「んー、このまま眠って、溺れてしまいそうです…。気持ち良すぎるもの…」
「ふふっ、そうね」
「街を出てもう三日、でも、まだ三日しか経っていないのに、色々ありましたから…」
「そうね」
物思いに耽る二人は、暫く静かに暖かい湯で、体と心を解す。少しの間、浴場には、サラサラと流れ込む湯の音だけが響く。
「ねえ、ソフィア」
「なぁに?」
「…アルミノさんは、聖女の力を持っているの?」
疲れが少しずつお湯に溶け出していくなか、ふと気にかかっていたことをビアンカは思い出した。
「彼が倒した魔物は、一振りで穢れが払われていたわ」
「…魔を滅する力は、古の聖女の力を継いでいるから、というのが有力な説ですわ。あの方は、その力もあって対魔物戦の実績を上げて、冒険者として高い評価を受けていると父から聞きました。けれど、彼の力は魔物を滅することに特化しているのでしょう。ビアンカのように穢れを受けた者を癒すことはできないようです」
「わたくしにも魔物を倒す力もあるのかしら…」
「どうかしら…でも、エルフの皆さんから、助力を得ることができて、神具を修復することができれば、あなたが戦う必要はないのではなくて?」
そうか、この旅から無事に帰れれば、自分の役目は果たされる。来年から、また儀式が再開できれば、これまで通りに戻るだけだ。それに、彼らの力を借りることで、長年かけて力を削いできた『悪しき魔』、それ自体を消し去るための結界の強化策についても何か妙案が得られるかもしれない。
「そうよね…、もしアルミノさんみたいに力があるのだとしてもルーパが近くに来ただけで、わたくし、動けなくなってしまいました」
「ふふっ、それはわたくしも同じですわ。騎士を目指す女性もいます。目指して努力されてる皆さんは素敵だし、その志を尊く思いますけれど、わたくしには、戦うことは向いていないと思ってますわ。でも、あなたは、わたくしを守ってくれたわ。お陰でパオロさんも大事には至らなかったのだもの、ビアンカ、ありがとう」
「…皆、無事でよかった」
「ええ、そうね」
目を閉じてビアンカに同意したソフィアの声には強い共感の意が込められてた。初めての魔物との遭遇戦、…怖かった。二人とも、同じ気持ちだった。自分が傷つけられるかもしれない。自分を守って誰かが傷つくかもしれない。戦いとは無縁に生きてきた少女たち。ほっと、息が付けるところに来て、様々な感情が胸に溢れる。
「ここまで来たんですもの」
エルフから壊れた家宝を修繕する術を教えてもらうこと。そして、『悪しき魔』を完全に消し去るための助力を願うこと。それが、ビアンカたちの旅の目的だ。
彼らが直面しているという異変…、無事に協力を得られるだろうか、という不安はあるが、何とか成果を持ち帰らなけばならない。ビアンカは、すくった湯を顔にパシャっと掛けて気合をいれた。
2021/7/23 誤植修正




