第21話 王都と待つ者達
ミラコーラ国の王宮、中庭が臨める回廊をアレッシオは歩いている。妻のエリーザに見送られ王宮に来ていた。北への調査隊の派遣が決まって準備に慌ただしくしていたら、あっと言う間に出発の日となった。昨日見送った彼らが戻って来てからのことを関係者で話をすることとなっていた。
「こちらでございます」
文官に案内されたのは、セサリーニ伯爵が宰相として執務を行っている部屋だ。案内してくれた文官が、戸を鳴らし少し待つ。
「………だったからんだって」
「……レオ…ル……記事……必要なか………が…!」
室内から微かに声が漏れてきた。珍しく大きな声で話しているようだが、部屋の主と…もう一人は誰だろうか。内側から宰相付きの文官が扉を開けて迎え入れてくれた。室内では本日、対面予定だった二人が何やら言い合っていた。
「落ち着いてよ、やだなー、もうすぐボルゼーゲ伯爵もいらっしゃるんだからさ」
「…もう参られましたよ」
「…なぜ、早く言わない」
「…申し上げました」
何やら立て込んでいる様子だったところに、文官が来訪を伝える。文官の声も無視して白熱していたらしい二人に苦笑する。
イレーヴェ公爵家は、魔法適性が高い血筋で、魔法師団に強い影響力を持っている。今回の北の大陸への調査隊には、レオナルドを送り出したている。
セサリーニ侯爵家の当主たるドメニコは、宰相の地位にある。セサリーニ家自体は、古くから教会と深い繋がりを持ち、今回、ソフィアの希少な能力が分かり一員に加える決断をした。
そして、アレッシオは、『悪しき魔』を封じる結界の維持とその浄化の役目を担うボルゼーゲ家の当主としてここへやってきた。ビアンカの父親である。
此処に揃ったのは、ボルゼーゲ家の担う役目をよく知る者達であるとともに、それぞれ親として子供たちの無事を願う者達だ。
「少々早かったですね」
「いえ、時間どおりですよ。失礼しました」
話の途中で水を差してしまったな、とアレッシオは軽く詫びるが、エドアルドに少し前のことを掘り返されて、責め立てれれていたドメニコとしては、天の助けとばかりに、アドアルドを宥めて席に着かせた。
「ビアンカ様は、少し不安な様子でしたが、娘のソフィアもおりますし、女性同士助け合ってくれればと思います」
「ええ、同行者に同年代のソフィア様やレオナルド様がいらしたことは娘も喜んでおりました」
「愚息も腕だけは確かだ。無事に戻ることと信じましょう」
今日、彼らが集まったのは、親同士で茶をするためではない。彼らが戻ってくるまでに準備すべきこと、懸念事項についての対応を話すために集まっていた。
「それで、水門の調査結果は、いかがでした」
「残念ですが、人為的な工作の痕跡がありました。狙いは定かではありませんが、別の門も狙われることも可能性としては考え、信用できるものを警備の強化に割り当てています」
「そうですか…」
アレッシオが確認すると返って来たのは、エドアルドからの望ましくない回答だった。カーニバルに水竜が街に侵入した件、偶発的な事故でないとするならば、何かがまた起きる可能性がある。単にカーニバルに混乱をもたらすための愉快犯ということは考えづらい。
「こちらはシュミット氏にも協力していただき、結界の状態については問題がないことが確認できました。良質なクロムスフェーンを入手できたお陰で、儀式の次善策の実用化に漕ぎ着けることができました」
クロムスフェーンは、王家への忠誠心を象徴するものとして貴族には認知されているが、他にも一般には知られていない希少な性質を持っていた。特に濃い緑の輝きの中に鮮明な赤い輝きを持つ石は、聖属性の魔力との親和性が高い。
「ドメニコ様のお陰でございます」
アレッシオ側からも報告と礼を告げると、一瞬、エドアルドの眉がピクリと動き、ドメニコはヒクりと口を引きつらせる。
「え、ええ、こちらの呼びかけに応じて供給いただけたのは幸いでした。本日は、その方もお呼びしておりますので、間もなくお見えになるでしょう」
その時だ、コンコンと扉が音を鳴らし、オルランド様がお見えです、と控えていた文官が告げた。姿を見せたのは、先日、ビアンカと王宮に来た際にすれ違った男だった。
「オルランドと申します。以後お見知りおきを」
「…貴方がそうでしたか」
アレッシオは、関係者だろうとは思っていたが、この場にオルランドが現れたのは予想外だった。娘が先日、街の魔道具屋で会ったという男。
「ああ、先日お会いしましたね。お嬢さんとご一緒に」
希少な石、それも魔道具に用いるために高度な加工を済ませたものは、入手経路が限られている。人間には及びつかない技術と知識を持つ者、エルフ。彼らの協力を仰ぐために符牒で呼びかけても、協力を得られるかはその時の運だ。聖魔法に優れた者を担ぎ上げ、国を割りかけるほどの争いが起きた際には、どちらの陣営にも肩入れすることなく、姿を現すことはなかったと聞く。
ビアンカに渡した腕輪の素材調達の時、半信半疑で藁にも縋る想いだった。数年前のことだが、祈りが通じたのか、何が彼らの心を動かしたのか、幾重にも人を間に挟んでであったが、協力を得ることができた。
『真のクロムスフェーンの輝きを持つ者』
だが、先日の符牒、その意図を汲んで訪れたのは、店の主だという男であった。
先日の水竜の事件に関する情報共有と彼らが戻ってくる際に考えられる幾つかの選択肢を踏まえ、四人で打ち合わせを行った。
「へぇ…、人為的なものですか。こちらでも調べましょう。何かわかったら、情報はお渡しします」
「助かります」
彼らが持ち帰る成果の幾つかの可能性を踏まえ、その後の調整を進めておく必要がある。エルフとの仲介をオルランドは請け負うと言ってくれたが、その結果は、ビアンカたちを迎える先方の判断に依ることとなる。結界の強化と『悪しき魔』の完全なる浄化、今の我々ではどちらも成し得ないが、彼らとて何ができるのか、そもそも協力を得られるのかは分らない。
「貴方の協力のお陰で、思いのほか早くに出立の準備を整えることができた」
「彼方との調整に関しても骨を折っていただいたと聞いております。改めて、礼を言わせてください。有難うございます」
「僕にとっても大事なことですから」
国の職務や役目だけでなく子供たちの帰りを待つ親として、彼の協力について、アレッシオたちは、改めて礼を言う。
「一つお伺いしても?」
「なんでしょうか」
「こうして足をお運びくださった、その理由についてです。なぜ、お越しくださったのですか」
「…そうですねぇ」
ただの使いの者ではない。こうして打ち合わせをしたことで、よく分かった。彼自身が北に住まう彼らと密接なかかわりを持っている。
「ご想像にお任せします」
笑顔で明確な答えははぐらかされてしまった。
次回までの各人の役割や開催日程の相談を済ませて、その場はお開きとなった。
「ちょっと、エドアルド戻らなくていいのかい」
「話は終わっていない」
アレッシオとオルランドは退室の意を示したが、エドアルドの中では冒頭の言い争いの件は、決着がついていなかったようだ。居座ると宣言するエドアルドに白目を剥くドメニコを残して、アレッシオたちは扉を閉じた。
人が減り静かになった宰相室。エドアルドは、椅子に再び腰を下ろした。ドメニコは、新聞の件についての恨み節を重ねられるのを諦めて受け入れようと、ひっそり嘆息して彼が口を開くのを待つ。
「彼自身が、そうなのか?」
てっきり、新聞の件かと思ったが、違ったようだ。オルランドが去った扉に視線を送りながら、顎に手を添えたエドアルドが問いかける。
「…君はどう思った? …僕は、そんな気がしているんだけどね。以前、聞いた時にも、はぐらかされてしまったよ」
「そうか…」
エルフは長命な一族だ。彼は身体的な特徴を持ち合わせているようには見えなかったが、彼らにとっては、自身の容姿を魔法で偽ることぐらい容易にできるだろう。
ドメニコの問いに応えることはしないものの、自身と同じ考えであることを確認し、短く彼の問いに頷くだけに留める。そして…
「だがなぁ、符牒を新聞に載せて接触を図るにしろ、やはり、レオナルドの件を差し止めることはできただろが…」
「だから、それは謝ってるじゃないか!」
それなりにアドアルドは、先日の騒動で収拾に骨を折った。彼の恨み節はしばらく途切れることはなさそうだ。息子に執着していた隣国ヘルトの元婚約者候補、そうした手合いの相手にも苦労していたエドアルド。彼のフラストレーションをドメニコは叩きつけられていた。間もなく隣国からの来賓もある。アドアルドに限らず、大人たちの繁忙状況はしばらく続きそうだ。
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オルランドが店に入るとカランコロンと鐘が鳴る。今日は店休日にしたため、無人の店内に音が吸われて、シンとなると歩くオルランドの足音だけが店内に響く。オルランドは自分の為に、茶を入れながら今日、言われた言葉を思い返す。
『なぜ、お越しくださったのですか』
今までは、直接彼らと接触することはなかった。当然の疑問だろう。
この世界に暮らす以上、結界の護り手の役目は彼にとっても重要だったが、人間はそうした大局よりも互いの利益のために時に争い、愚かなことに『あの子』の力を受け継ぐ人間を害することもある。
先日、店を訪れたビアンカが身に着けていた腕輪。あれを誂えるための協力が来たのは、何年前だったろうか。前回の協力は気まぐれだ。役目を担う者が変わったのだろうと気づいて、興味半分で人を介して接触してみたに過ぎない。
不満を口にしつつもビアンカは毎年、役目を続けてきた。彼女には知覚はできていなかったが、その力は魔獣や魔物の被害が抑えることに成功していた。オルランドは、久々に力が強い後継が生まれたのだろう、と多少は好奇心が掻き立てられた。
随分と昔の話…、『あの子』がその命を散らしてでも守ろうとした世界だ。愚かな振る舞いに幻滅したり、呆れることもあるが、そういう者達ばかりでもないことは知っている。
『真のクロムスフェーンの輝きを持つ者』
それは、維持と停滞を続けていた事態を動かそうとする意志を伝えてくる符牒だった。
魔獣や魔物の出現率の減少傾向は相変わらず続いていた。そして、懐かしい気配に誘われて立ち寄った果樹園で見かけた少女…。その力に、疑いようはないだろうと、直接出向くことにした。近くでどういう人物なのか見てみたいと興味が湧いた。
それに応じた数日後、カーニバルで先に思わぬ遭遇が果たされるとは思っていなかったが、秘められた力は確かに感じられた。丁度、商会から依頼のエルフの里で加工された良質なクロムスフェーンを届けに来た仲間も来店していたときだった。
「偶然にしてはできすぎてたな…、『あの子』によく似てる…」
戦いにその身を捧げ、若くして逝ってしまったお伽噺の主人公たる少女。彼女を知る者としては、胸に残るジクジクとした痛みは完全に消えることはない。それでも楽しそうに友人とカーニバルを楽しむビアンカを見ていて、ひどく懐かしい気持ちになった。そして、嬉しくてオルランドは涙がでそうになった。
「それに、不思議なことに『あいつ』にもそっくりだ」
旅立った彼ら。
『あの子』のように世界に平和を齎せる可能性を秘めているのか。
『あの子』の意志を継いで、『悪しき魔』を打ち滅ぼすための協力を願うならばと、かつて人間たちに告げられたもの。符牒の意味は、少し薄らいでいったのだろう。単にエルフに接触を図るためのものだと彼らは考えているようだが、彼女たちの姿を見て、初めて膠着した状況が動くのでは、という予感がした。
何となくだが、きっと彼らは進むべき方向を示され、それを受け止めて帰ってくるだろう。オルランドはそう信じて次なる旅のために、と作業の段取りを考えるのだった。
旅の無事を祈り待つ、王都の者達。
大人たちは、街に忍び寄る何者かの悪意を暴き、彼らの帰りを待つのだ、と己が役目に奮闘する。
2021/7/23 誤植修正




