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第18話 森への旅立ちと遭遇




キエロを見に行った次の日、馬車はエルフの森に向けて出発した。エルフの森までは、馬車で一日ほど行って、そこから森の中を徒歩で移動する。森の手前までは、予定通りに進むことができるらしいが、森に入ってから彼らの土地にたどり着くまでは違うらしい。


「それって、どういうことなのですか?」

「森に入って半日ぐらいは、普通の森なんだが、彼らの領域に入ると毎回違う道のりになるんです。彼らの魔法で惑わされるんで、いつも一苦労です」


お伽噺にでてくる通りにエルフは長命な種族で、長い時を持て余してしまう彼らは、魔道を極めるものも多いらしい。街の守りの魔法も昔に彼らの協力で作られたものだという。そして、彼らの森は、許可を持つ人間であっても森の護りによって、正確な位置は隠されているという。


「もし、許可を持たない者が立ち入るとどうなるのですか?」

「辿り着けないだけです。許可を与えられたもの以外は、足を踏み入れることは許されていないんで、どんなに道を進んでも最終的には、森の出口に戻ってきてしまう」


そうビアンカに教えてくれたのは、商会の中でも代々エルフと親交を深めてきた一族の男で、今回、案内人として同行してくれている。レオナルドは流石で、この土地の事情も四人の誰よりも詳しかった。


「人間が森で彷徨い亡くなってしまうことが有れば、それもまた争いの火種となる。この距離感で、今の関係性は保たれているんだ」


長い時を掛けて、人間との関係は素材と彼らの作る希少な品の売買を時折する関係で落ち着いているが、その過程では争いもあった。行き来には不便はあるが、これで均衡は保たれているらしい。


「レオナルド様の仰る通りです」

「因みに、先触れで赴かれた際は、何日くらい掛かったのですか」

「森に入って三日ほどでした。時には一週間かかることもあるんで、順調だった方ですね。ただ、今回は、ソフィア様がいらっしゃるので、円滑に事が運ぶのでは、と思っております」


彼らと精霊は清らかな自然に溢れた土地を好む。精霊魔法に長けた者は、その加護で彼らの里へも比較的容易に辿りつけるらしい。






予定通りにその日の夕刻に、森の入り口にたどり着いた一行は、テントを張り夕食の支度をしていた。森の前で野営し、夜が明けてから森に入ることになる。手慣れていないビアンカ達は、あまり戦力にはならないため、何かの足しになるものがあれば、と周囲で木の実やキノコ、薬草の採取をすることにした。


「ビアンカ様、あちらを見てください…」

「え?どこですか?」

「赤い木の実が生っている木の右側の枝です」


示された方を注意深く見ると何かが動いている。木の実を小さな手でほお袋に詰め込んでいたのは、円らな瞳の動物だった。アットロという手のひらサイズの長い耳を持つ森の動物だ。街中で見る機会はないため、その小刻みに必死に木の実を頬張る姿に、ビアンカは心を奪われる。


「か、可愛い……!」


脅えさせないように声を潜めつつ、恐る恐る距離を詰めようとするが、木を見上げるのに夢中で木の根に足を取られてしまう。


「おっと!」

「わっ…、あ、ありがとうございます」


支えてくれたのは、人手は足りてるからと追い払われたディエゴだ。ビアンカたちと森に行けと他の仲間から見送られた。


「あっぶなっ、…失礼、足元を見ないと怪我しますよ。明日からも森を歩きますので、そのっ、お気を付けください」


結構な勢いで、顔面から地面に倒れかけたビアンカに一気に冷や汗が出て、つい、口調が屑得てしまって、すぐに、気付いて言葉を改める。

ビアンカはキョトンとした後に破顔する。


「はい、気を付けます」


嬉しそうな笑みに虚を突かれディエゴは動きを止める。ビアンカは、レオナルドに接するときのような素のディエゴの顔が一瞬覗いたことが、何故だか嬉しい。


「逃げない内に、ゆっくり近づいてみましょう。それに、あの木の実は、甘いので皆も喜ぶでしょう」

「はいっ」


ディエゴには、ビアンカの心の内など分らないが、直撃した彼女の笑みに少し視線を彷徨わせつつも手を差し出し、二人でアットロを驚かさないように歩き出す。




「まぁ、ふふっ…」

「ディエゴ…」


レオナルドは、足を止めて友人たちの遠ざかる姿を見送りながら、討伐にでる前より親密にみえる二人の様子に少し驚いた。レオナルドと同じで、ディエゴは女性関係は面倒事も多く避けてる節があったのにと意外そうに二人が並んで歩くのを眺めるレオナルドだった。


「もしかして、街にいる間、ずっと、あんな感じだったのか?」

「ずっと…ではないですが、仲良しに見えますわね」

「まぁ、そうだな」




その後、準備が夕食の整い四人を探しに隊員がやってくるのだが、隊員は二組の様子を『若さが眩しいなぁ』と少し遠い目をする。普段の遠征では遭遇しない光景を見つめながら、僅かに逡巡しつつもほんのり薄暗い気持ちがこみ上げてきて、遠慮なく二組が醸し出す空気の幕をぶち破って声を掛けるのだった。








その日の夜は、ビアンカとソフィアは荷馬車を空けてもらい、そこで就寝することとなった。商会で用意してくれた柔らかい敷物が今日はあるが、明日からは、そうはいかない。


「明日から、頑張りましょうね」

「はい。レオナルド様もディエゴ様もお強いですし、大丈夫ですよね」


此処までの道中で魔獣に遭遇した。採取の際にもレオナルドとディエゴは、あっという間に討伐しビアンカたちは、恐怖を感じるまでもなくやり過ごすことができていた。弱い小型の魔獣だったが、レオナルドが魔法で瞬時に二匹を貫き動きを止めると、それに合わせてディエゴが大剣で一刀両断したのを目にして鮮やかな手際に感心してしまった。


「きっと、大丈夫。無事にたどり着けると信じましょう」

「はい」


近くにいてくれる彼らの強さは、二人の心に小さな勇気の光を灯す。明日からの旅路の不安を打ち消し合うように語りながら眠りについた。






「皆さん、それでは、お気をつけて、私どもはこちらでお待ちしております」

「後を頼みます」


見送る商会員に別れを告げて、森の中に入っていく。少しかさばる今回の目的である儀式用の仮面などの衣装一式は、丁寧に梱包されて隊員が分担して運んでくれる。

森の中は、木に遮られて届く陽の光は限られている。騎士団の隊員と案内人が先行し、ビアンカ達を挟んで冒険者の二人が周囲を警戒しながら足を進める。森の奥に入っていくにつれて、段々薄暗くなってきた。


「大分、日は高くなっているな」

「その先に開けた場所があります。そこを超えると彼らの領域に入ります。そこで、一度休憩を取りましょう」


森に慣れていないビアンカとソフィアもいるため、小まめに休憩を挟みながら進んでいく。すぐにエルフたちの領域に入ると聞いたが、目に見えて変わった様子はなかった。

だが、休憩を終えて更に森の奥に足を進めていくと、すぐに一線を越えたと分かった。ある一点を超えて足を踏み入れた時、ビアンカやソフィア、それに魔力がある一部の面々もエルフの領域に入ったのだと知覚した。

道は狭まり徐々に一面が鬱蒼と茂る草に覆われていく。掻き分けながら進んでいくが、この道を行けば本当に辿りつけるのか、道なき道を踏みしめながら徐々にビアンカの胸に不安がこみ上げてくる。


「少しずつ手がかりを掴んで、道を探していくしかない。このまま進んで行けば、開けた場所や道も直に見えてくる」


隊長と隊を先導しながら、商会の男性がビアンカ達の不安を和らげようと声を張って後方にも声を届ける。彼の言う通りに、どれくらいだろうか少し陽が陰り始めた頃、開けた場所に出ることができた。今夜の野営地が決まった。






張り終わった天幕。昨晩は良く見なかったが、今日は自分たちもそこで寝泊まりすることになる。ビアンカは、物珍しい気持ちで天幕に触れてみる。


「この生地は…」

「オルランド氏の店で見た生地ですね。隠ぺい効果があるし、弱い魔獣であれば近寄って来れない。こうした遠征では重宝しますね」

「ディエゴ様」


天幕の設営に加わっていたようだ。他の天幕の陰からディエゴが顔を出した。

彼と一緒に焚火を囲む皆のところに戻り、食事の準備を手伝おうとしたが、座っててくださいと一番若手のパオロがビアンカたちに食事を配ってくれた。荷物になるので、乾燥した食料が主になるが、沸かした湯で戻して食べれる携帯食料や干した果物もあるため、ビアンカたちにも大きな苦はない。


「マルコ、どうだった?」


食事前に、明日の道筋を探しにいった商会からの案内役マルコに隊長が声を掛けた。


「その木の奥に道があった。まだ、はっきりした道は見えないから、距離はあるだろうが、持ってきた物資で何とか辿りつけるだろう」

「そうか、彼らの領域内では、魔獣との遭遇率は低いというだったな。それであれば、何とかなるか」


マルコの報告に、不確実な部分が多いこの旅の責任者として気を張っている隊長の二コラは、明日の見通しは立ちそうだと表情を緩めたが、厳しい顔でソフィアがその名を呼ぶ。


「二コラ隊長」

「どうされました」

「わたくしは、契約した精霊がいるわけではありませんので、明確な言葉で伝え聞くことは叶いませんが、気になるのです。周囲の精霊が少し落ち着きがないというか、騒がしいのです」

「ソフィア、どういうことだ」


食事に手を付けずに考え込んでいたソフィアを心配していたレオナルドが声を掛ける。


「この森は精霊の気配も濃いので、気のせいかとも思ったのですが…、カーニバルの日、街に魔物化した水竜が現れたときのような嫌な感じがするのです」

「誠でございますか!?」

「精霊にとって魔物が持つ穢れは、厭わしいものです。その気配を察知し、逃げ惑っているのではないかと…。この場に着いてから、少しずつその声が大きくなっているような気がします」

「ま、魔物ですか?私は、幾度かこの地に来ておりますが、今まで彼らの領域に入ってからは、そのような危険は…」


エルフは、かつて聖女が手ずから授けたという聖なる木を護り、自然と共に清らかな森で暮らす種族。それが、マルコの認識だ。エルフの領域外の森や街道では、僅かではあるが魔物の出現も確認されたことはあるが、エルフの森はこの限りではない。


「街道から森に入ってすぐに、魔物化したであろうルーパを狩った。魔物の話はソフィア嬢ちゃんから聞いてたから、奴がそうだと踏んだんだがな」


ルーパは、野狼に似た魔獣だ。討伐隊はこの森で、他の個体よりも強靭な個体を狩ったことで目的を達したと判断していたが、エルフの森に潜む危険は、それだけではなかったようだ。


「恐らく一頭ではないでしょう。この森からでてきた個体を討伐したに過ぎないのではと…」


ソフィアはアルミノに応えるが、彼女は会話をしながらも精霊の気配を辿ってる様子で、情報を求める彼女に応えて何かが彼女の周りに集まっている気配をビアンカも薄っすらと感じる。


「引き返してお二人を森の外までお連れしますか」

「だが、日も完全に暮れた。今引き返すのは危険だな…、かといってお二人を危険に晒すわけにはいかない」

「申し訳ありません。入ってすぐ分ればよかったのですが…、先ほどから、彼らのざわめきが大きくなってきています」

「とんでもない! この時点で気づけただけでも十分ありがたい」


普段の討伐であれば、明確に危険を予測することは難しい。知らずに進めば、深刻な事態になっていたかもしれない。


「ですが、悠長なこと言ってられないかもしれないな。すぐに警戒をディエゴとパオロは、ソフィア様、ビアンカ様、マルコ氏を守れ」


夜が明けたら、一度引き返すことになった。手早く食事を済ませ、夜警の体制の見直しと明日の打ち合わせを行い、ソフィアとビアンカには天幕で身体を休めるよう二コラが指示していた時だった。


「っ! ニコラ隊長! 急速に嫌な気配が強まりました」

「ビアンカ嬢、此方へ盾をいつでも出せる準備をしてソフィアとマルコとここに」


隊長が各員に指示するとともに、レオナルドはビアンカを呼び寄せる。ビアンカの風魔法のことは情報として隊長にも伝えてあるため、異論はでない。隊長を初めとする面々が、背に彼女たちを隠すように前面に立つ。緊張が高まる中、枝葉の擦れる音と共に、黒い影が森から飛び出してきた。




2021/6/30 誤記修正

2021/7/23 誤植修正

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