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第15話 無力感と願い




「イーダ!」


ビアンカ達に話しかけてきた女の子の名前は、イーダと言うようだ。商会で怪我人たちの看護にあたっていた商会の女性が教えてくれる。


「この方は、皆を逃がすために最後まで、魔獣に立ち向かい深手を負ってしまったのです。なかなか薬では快方に向かわず…、そのっ、エルフの森に向かう皆さまが来ること皆が噂していたのを耳にしたのでしょう。それでこのようなことを、ご無礼をお許しください」


彼女の父親以外は、何とか治療の目処が立っているらしいが、傷が深かった彼女の父親は、直りが遅く目処が立っていないらしい。エルフの森では、より効果のある薬か優秀な術者がいる可能性も高く、薬の調達もしくは術者の協力を仰ぐことも今回の目的に加えられていた。


「無礼だなんて、気になさらないでください。皆さまが、わたくしたちに、協力くださってるのです。微力ですが、お手伝いさせてください」


貴族の令嬢である彼女たちの申し出は、最初は遠慮されていたが、お世話になるので、と笑顔でソフィアが懐柔し、案内してもらえることになったようだ。因みに、ビアンカは上の空でその会話は聞いていないので、ディエゴが教えてくれた。


「有効な治療法がなく、薬でも鎮痛効果が薄いため、強制的に薬で眠らせる他ないのです」


薬が効いているようで、彼女の父親はビアンカたちの会話にも反応せずに熟睡している。


「イーダさん。わたくしでは、お父様を治して差し上げることはできないのです。でも、つらさを少し取りのぞいて差し上げることはできるかもしれません。少しお父様を診させていただいてもいいですか」

「うんっ!」


無邪気に接するイーダを商会の女性はハラハラした面持ちで見守るが、ソフィアは頓着することなく、脇の椅子に腰かる。彼女は大きな水晶の指輪を傷を受けたという腹の上にかざす。彼女の願いを聞いて、精霊に助力を得る先ほどの癒しとは異なり、オルランドからもらった魔道具である指輪に彼女自身の魔力を込めていく。


「加護を与えし精霊よ、この者を癒す力をわたくしにお与えください」


彼女の声に応えるように、淡い光で周囲を漂っていた力が指輪に集まってくる。


「っ…」


しばらく彼女の様子を見守る一同だったが、苦し気な声をソフィアが漏らし、目を開けたところで、その静寂が打ち破られた。


「ソフィア様!」

「大丈夫です。傷は少し塞がったと思いますが、やはり、完治は…」


それから、昼食後と夕食後にもソフィアは魔力が回復すると同じように彼の元を訪れた。ビアンカは、看護を手伝いながらその様子を遠目に見守った。




「ソフィア様お疲れさまでした。あの男性も医師の話では、快方の気配が見られなかった傷が、塞がってきているとのこと」


部屋に戻るとソフィアとビアンカにお茶を運んできてくれたディエゴは、ソフィアに労いの言葉を掛ける。ソフィアが治癒を施した後、医師が診察し、それまでは全く塞がる気配がなかった傷が少しずつだが癒されていると見立てた。他の者より、癒しの効果は薄いが、希望を持てなかった人たちにとっては、救いだった。


「ですが、あの黒い靄は、わたくしにもどうすることもできません」



ソフィアであれば、あの靄だって何とかできるのでは、と期待したが指輪を用いて大量の魔力を使っての癒しでも黒い靄は消えてくれなかった。


「…」

「黒い靄ですか…?」

「水竜を覆っていたものと同じような黒いものがあの男性にまとわりついているのが見えました」


眼に見ることができなかったディエゴにソフィアが解説する。


「わたくしにできるのは、少し治癒を助けることだけです。あの傷は魔物から受けたものでしょう」

「「魔物!?」」


それを聞いて、ビアンカはカーニバルで遭遇した水竜の禍々しい気配を思い出した。あの時は、目視することができなかったビアンカだったが、あれが、父が言っていた『悪しき魔』と性質を一にする穢れなのだろう。


「こちらでは、我が国とは違い、魔物の被害は多くは確認されていません。あれ程の深手です。常備されている薬では、効果は薄いかもしれません。やはり、エルフの元を訪れて協力を仰ぐ必要があると思います」

「そんな…」

「傷が塞がったとしても、身体を侵している穢れを何とかしなければ、彼は全身に痛みを感じ、動くことはままならないでしょう」


少女の不安げに揺れる目が脳裏に浮かぶ。自分たちの目的のために傷を負った人たち。その事実にビアンカは胸を締め付けられる。






そこへ、夕食後、打ち合わせに参加していたレオナルドが姿を現した。ビアンカ達が戻ってから少し時間を要したことから、会議は長引いたのだろうか。


「お、揃っているな」

「レオ、お疲れ」

「どうした暗い顔をして」

「実は…」


ふぅっと、ソファに身体を鎮めて一息ついたディエゴにイーダの父親のことを告げる。


「ああ、そのことか。エルフと会談が叶ったら、そのことも交渉することになっている。正直、我々が持つ物資も限りがある。浸食を抑えられるよういくらか融通することにしたが、何とか、エルフの元にたどり着き、協力を得て帰還するのが一番だろう」


なるべく早いうちに処置をし、教会で聖魔法の使い手に癒してもらうほか術がない。イーダの父親は、既に怪我をしてから日も経過している。何とかできる方法は限られてしまうとのこと。




「明朝、討伐隊を組んで、出発することになった。私はそちらに参加するが、ソフィアとビアンカ嬢、ディエゴは、街に残ってもらうことになった」

「ディエゴ様が、残られるのですか?」

「魔物の出現も考えられるが、アルミノがいれば対処はできる。ディエゴは、二人の護衛を頼む。街には護りの術式が施されていて安全だ。我々が戻るまで、街から出ないようにしてほしい」


アルミノは相当の手練れで、冒険者としての序列も対魔物戦においての功績もあって、かなり高位置にいるらしい。街の中は安全だろうが、念のために、ディエゴは護衛として共に街に残ることとなった。彼は自らそれを希望したようで、その決定に異論はでない。


明朝の出立は早いため、その場は直ぐに解散となった。集まっていた部屋を割り当てられていたビアンカとソフィアの二人を残し、二人は部屋を出て行った。






その夜、目を閉じて眠ろうとしてもビアンカは、寝ることができなかった。

ソフィアを起こさないようにベッドサイドに置いていた短剣を手に取る。ソフィアは、自分にできることを懸命にこなしていた。


「…」


ビアンカは、この旅の間、風の扱いは覚えられた。風を思い浮かべれば、力は事象となって、顕現してくれたが、聖属性の力を扱いが分らないままだった。ソフィアのように彼らの力になることもできない。自分には何の力も…。


「違う…」


ビアンカには力があるのだ、と父親は言った。『自分には何の力もない』、それは、ついこの間まで認識だ。幼い頃にみていた光に満ちた神殿の情景。力があると言われても、信じられない気持ちの方がいまだに大きかったビアンカだったが、もし、自分に力があるのなら、その力を使いたいと願った。

自分が仮面を壊していなければ…、イーダの父親はベッドに横たわってはいなかった。

あの黒い煙のようなものが、魔物から発せられるものと同じなのだというのなら、自分に何かできるのではないか。


「…ぅう」


力を込めようとするが、黒い靄を何とかできる想像がつかない。

水竜だって、自分で意識して何かしたわけでもない。

握りしめた短剣は、何の反応も示さずビアンカの手の上にあった…




「はぁ…一体どうしたら…………そうだ」


ふと閃いて小さく口ずさむのは馴染んだ儀式の唄。

彼女の歌と舞により、古より恐れられた『悪しき魔』を抑え、浄化するのに一定の効果がでていたのだと、父親は言った。それが本当なのであれば、…あの光が自分にあるというなら、あの人を助けたい。


少しの変化だった。短剣の濃緑の石が輝く。目を閉じて、唄っていたビアンカが、薄っすらと目を開けると短剣の石の輝きと自身を薄っすらと包む淡い光を視認することができた。


「これは…」


居てもたってもいられなかった。

消えないで…、そう願いながら外套を羽織ると、ビアンカは階下に向かった。





2021/6/30 誤植修正

2021/7/23 誤植修正

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