第13話 意外な再会と旅支度
「おや、いらっしゃい。…デートかい?」
カーニバルと先日の王宮での顔合わせで遭遇した男が出迎えた。若い男は、ニヤついた笑みを隠さず、二人を眺めている。そんな色気のある事情で、二人で出かけることになったのではないが、そうした揶揄いに慣れていないビアンカは、瞬時に頬を染めて距離を取る。
ビアンカの動きは素早かった。そんなビアンカを責めるつもりはないものの、何ともいえぬ寂寥感に戸惑うディエゴ。
「若さだねぇ」
見た目のわりに年寄のような発言をする店主は、二人の様子を見て変わらず揶揄うような笑みを浮かべていた。男は年は二十歳そこそこだろうか。鼻筋の通った顔だちでサラリと流れる髪を一つに束ねている彼は、オルランドと名乗った。彼の店は縦長で、入り口に店主が座るカウンターがあった。店の奥半分はロフトになっていて、店の中ごろにある螺旋階段から上れるようだ。
「いらっしゃいませ」
階段から降りてきたのは、若い女性の店員だった。紺を基調にした店の制服を着ており、来客に気付いて、接客に出てきたようだ。
「伝えていたお客様だ。ご案内して」
「どうぞこちらへ」
「お連れ様は、まだのようですし、応接は上になっております。そちらでお待ちください」
今日の来訪は、店にも既に伝達されているようで、後から来る二人のことも把握しているようだ。
「あの、お店の中を見させていただいてもよろしいでしょうか」
店の中は、魔道具や宝飾品が陳列されていた。宝飾品はスタンドや棚に陳列されていて、一部ガラスケースの中に入れられたものもある。後者は魔力と親和性の高い宝石や魔石が使われているのだろう。気配が漂ってくる。他にも一見すると日用品として出回っているものに見えるが、中々興味深い品がありそうだ。
「ええ、構いませんよ」
「あ、ディエゴ様、よろしいでしょうか」
「勿論、私も興味があります」
店員は、あれこれと質問するビアンカに丁寧に教えてくれた。野外での活動をする冒険者や旅に必要な商品が多く、普段目にすることがない品が多い。
「こちらの生地は、何か特殊な効果があるのでしょうか」
「隠ぺい効果がございます。人の気配や魔力を遮断するため、魔獣や獣から発見されづらくなります。野営用のテントやマントに利用されることが多いですね。こちらがその生地で作られた商品です」
反物が立てられている籠の直ぐ脇のテーブルには、生地を使った加工品が並んでいる。魔獣や獣か…、これで作ったマントを着たら、水竜のような獰猛な生物に襲われても隠れて逃げおおせるのだろうか。
「それは、凄いですね。旅で重用しそうですね」
「ビアンカ様。調査隊には、すでに同じような効果の装備品は恐らく支給される準備があると思いますよ。アルミノが、必要物資についての意見を求められ、上申してましたし」
「そうでしたか。…でしたら、今日は、皆さんとは何を揃えるのが目的なのでしょうか」
ディエゴが聞き及んでいる事を告げる前に、カランコロンと店の扉につけられた鐘が鳴って、ソフィアとレオナルドが入ってきた。
四人は、二階に案内され、柔らかなソファに腰かける。一同が揃ったところで、オルランドが説明してくれた。
「今回、想定より日程が早まったこともあり、皆さんは、街の外で活動をされたことも少ないく専用の道具等を十分にお持ちでないと聞いております。皆さんを支援する魔道具の作成依頼を受けております」
「専用の魔道具…ですか?」
「ええ、皆さんに直接お会いして、私の方で国の任務で旅立たれる皆さんの役に立てていただけるものをオーダーメイドで作らせていただきます。量産品より、幾分皆さまのお役に立てるでしょう」
「店長の作るものは、高品質で重用されているんです。きっと、皆様のお役に立てますわ」
個別に何やら測定器のような物を使うよう指示されたり、採寸が行われた。性質にあった武器や道具は、量産品よりも遥かに持ち主の力を引き出し、強力な力を扱えるらしい。ビアンカは、こうした店に来るのは初めてだったし、良くわからなかったため専門家に任せようと、促されるままに素直に従う。助手が慣れた手つきで、計測された数値を記録する。
一通り終わったところで、一度、オルランドと店員は席を外した。
「私の場合、魔力はないので、皆さまほど道具に左右されることはないですけどね」
「そうなのですか?」
確かに、ディエゴは魔法は使えないと道中言っていた。どういったものを準備してもらえるのか楽しみでワクワクしていたビアンカほど、心は動かされていないようだ。既に冒険者として実践経験がある彼のことだから、馴染みのある武具も揃っているのだろう。彼は今回、付き添いといった立ち位置と考えているようだ。
「君にも気に入ってもらえるよう頑張るつもりだよ」
「あ、ええ、失礼しました」
「いやいや、気にしないで。お疲れさま。後は此方で準備して届けるから、楽しみにしててね」
一度席を外したオルランドが戻ってきた。どうやら会話を聞かれていたようだが、気を悪くするでもなく、戻ってきたオルランドは飄々とした態度を崩さずに、四人に持ってきたものを見せる。
「これは、旅立つ四人への僕からの贈り物。旅の安全を祈念するお守りだよ」
そういってオルランドから手渡されたのは琥珀色の首飾りだった。中に何かの植物が閉じ込められているが、特別な力は感じない。
「今回の旅では、肌身離さずつけておくことをお勧めするよ」
その日の目的を終えた四人だったが、ソフィアの誘いもあって、食事を共にして帰ることとなった。
「では、ディエゴ様は、二歳年上なんですね。レオナルド様とは、何時から?」
「レオは、身分を隠して依頼を受けに来たんだよ」
「ええ、聞いた時には、わたくしも驚いてしまいましたわ」
「立ち振る舞いが、あまりに品がいいから、直ぐに周りもそれに気づいて、厄介ごとに巻き込まれないように、パーティーになってくれる人がいなくて困ってたんだよな」
「ソフィア、ディエゴ…、そんな昔のことを…」
ディエゴとレオナルドの付き合いは、それから五年。レオナルドの出自を知りながらも共に依頼を受けたり、レオナルド自身が護衛が必要な際に、既に実力が認められていたディエゴに指名依頼を出したりし、年が近い二人は随分と親しくなったとのこと。三人の仲の良さを微笑ましく見つめながら、幼馴染と呼べる存在が居ないビアンカは、少しだけ羨ましくなった。
「そういえば、帰り際、オルランド氏とは何を話してたんだ?」
「この魔道具のことを少し、珍しいので見せてほしいと言われましたの」
レオナルドは、気になっていたことをビアンカに問う。店を出ようとしたところ、オルランドに、手招きされてビアンカは引き留められた。
「引き留めて、ごめんね。その腕輪、もう一度見せてもらってもいいかい?」
「え、ええ、構いませんけど」
先ほども、少し手に取り確認していたが、他の三人のこともあったため、その時間は僅かだった。自分が作った物以外の品には、やはり同業として気になるのだろうか、と思いながら腕輪を見せる。なるべく外さない方が良いといわれているので、軽く腕を上げて差し出す形となる。
先ほどまでの飄々とした雰囲気を一変させた。
「これは、君が力を使う際の補助具だね…。ただ、これで全てを思う通りに抑えられるものでもないだろう。少しずつ補助具に頼らず自分で覚えていかないといけないよ。もしも、…」
忠告だといって続けられた彼の言葉の意味は、良く分からなかった。詳しく教えてもらいたかったが、彼はディエゴの射るような視線を見返して、話をそこで打ち切った。
「さて、怖い目で騎士様が見てるから、この辺にしておこう」
街の魔道具屋の店主。王宮にも単独で出入りしていて、何か先を暗示するような物言い。ただの道具屋の店主、というわけではなさそうだ。
回想から戻るとビアンカは、単に珍しい腕輪を見せてほしいと頼まれただけだと答える。父から持たされたお守りだということも。
「ご自分以外が作った物に興味を持たれたのでしょうか、好奇心旺盛で、子供のような方でしたね」
「子供というか、少々女性に対して不作法な気もしたが…」
「あら、レオ様、焼きもちですの?」
「…そうではない」
軟派な態度で、女性陣に触れあうオルランドに若干良い印象がないようで、それをレオナルドが零すと。嬉しそうにソフィアが、レオナルドを揶揄った。
出発までは、一週間。
無事に戻ってきて、また、こうしてソフィア達やジュリア達とも楽しく過ごしたい。楽しい日常に戻ってくるために、頑張ろうと思うビアンカだった。
2021/6/1 修正
※第13話内に、同様の内容が重複しておりました。
ご意見いただいた方ありがとうございます。大変、失礼いたしました。
2021/7/23 誤植修正