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第12話 ビアンカと冒険者ディエゴ




ディエゴが迎えに訪れたとき、ボルゼーゲ伯爵家では、心底うっとおしそうな顔で両親に詰め寄られているビアンカの姿が見られた。突如として現れた男に不機嫌になる父親と興奮を隠せない母親。夜会も家族である父親とばかり出ていたこともあり、初めての事態に屋敷は混乱を極めていた。


ビアンカは、事前に街に出ることは伝えていたが、詳細を伝え忘れていたことを後悔した。ディエゴが迎えに来て、その後にレオナルドとソフィアと合流するのだが、どうやらジュリアがビアンカを迎えに来ると思っていたらしい。


そんな一幕もあったせいで、メイドが呼びに来てから、出掛けるまでに時間を食ってしまった。


「申し訳ありません。お待たせしてしまいまして…」

「とんでもない、時間どおりですよ。では、参りましょうか」


冒険者だと紹介されたディエゴだったが、彼は自然な流れでビアンカをエスコートし、二人は馬車に乗り込んだ。レオナルドの友人だということだから、出自はそれなりの家なのだろうか。カーニバルの時は、仮面を付けていたし、先日は動揺してよく見ていなかったが、整った顔をしている。

赤褐色の髪に黒い瞳、そして、冒険者らしく鍛えているのが伺えた。金髪に落ち着いたダークブラウンの眼をし、どちらかというと柔和な美男子であるレオナルドと対比すると、彼は、どちらかというと精悍な顔だちだ。




「そんなに身構えないでください」


先日とは違い、ある程度は覚悟もしていたし、王宮での邂逅ほどは緊張はしておらず、ゆっくりと顔を観察してたビアンカであったが、多少の緊張は顔に出てしまっていたのだろう。馬車が走り出すと苦笑気味にそう言われてしまった。


「カーニバルの日のことをお聞きになりたいのですよね」

「そうです。ただ、初めにお伝えしておきたいのは、貴方が望まない形で、あの日のことを私は口外するつもりはない、ということです。まず、そのことはご理解ください」

「わかりました」

「国としては優秀な人材を確保しておきたいのでしょう。必死になって、水竜に剣を刺した人物を探していますが、貴方の様子は、戦い慣れているようではなかった。私は、そのように感じたのですが、違いますか」

「…違いません。生まれてから鍛錬などしたことございませんし、剣を握ったのだってあの時が初めてでした」


やはり、ディエゴはカーニバルの日に水竜と遭遇した場にいたのがビアンカだと気づいていながら、王宮での顔合わせの際、皆には黙っていてくれたのだ。そう知ってビアンカは、少し警戒を緩め、苦笑を浮かべながら回答する。


「そうでしたか。捜索されている人物像は、想像が独り歩きし手練れの剣士ではないか、などという話も耳にしました。私が貴方のことを口にすることで、困らせてしまうのではないかと…、騎士団やレオナルドに聞かれた時も「良く姿は見えなかった」と答えたのですが、それもあってか期待される人物像が独り歩きしてしまったようで、申し訳ありません」

「いえ、謝っていただくようなことではありません。先日、皆さんの前で、わたくしが、その凄腕の剣士だとされても困ってしまいましたので、気を回していただけたことに、感謝しかありませんわ」


恐らく母親の耳に入ったら、また、「淑女として」とお説教され、そして、父親には「危ないことして」と叱責を受けるに違いない。正体不明の有力な助っ人が実は自分のことで、同行者に増員がないことは少し残念だが、このまま謎の人物として、凄腕の剣士には行方不明になってもらう方がビアンカとしては有り難い。


「お会いしたいと思っていたのです。お礼が言いたかった。怖いを思いをして、助けてくださったのだと思っています。お陰で、私はこの通り無事でいられた」

「そんな…」


整った顔が綻ぶと、何とも言えない破壊力が伴う。狭い馬車の中では、そう距離を置かず正面から直視することになり、それだけでもビアンカは少し動揺してしまうのだが、彼は腰を上げて傅いた。


「貴方の勇気に心からの感謝を捧げます」


ビアンカの見上げながら、手をとったディエゴは、その手を恭しく掲げて額を押し当てる。それは最上級の騎士が示す感謝だった。流れるように取られた手を眺めるしかできなかったビアンカ。さらりとした髪が少しこそばゆい。これは一体なんだ。顔が熱くて、動悸が収まらない。


「あの時は守られてしまいましたが、この旅では私にあなたを守らせてほしい」


顔を上げたディエゴは、真っすぐにビアンカを見つめて、そう願い出る。初々しく顔を赤らめたビアンカは、何だか、急激に馬車の中の温度が上がった気がした。


「そ、そんな、そも…そもそも咄嗟のことでしたので、思わずしたことですし、そ、そのように仰らなくても、それに、わたくしだって、助けていただきましたものっ」


落ち着かない心音を感じながらしどろもどろになりながら言葉を紡ぎ、危ないから席に戻ってほしいと促しても、手を解放してくれない。


「分かりました。国の外に出るなんて初めてですし、お守りくださるという言葉は嬉しく思います。…でも、怪我はしない欲しいです。無理はしないって約束してください」

「ありがとうございます」




手を解放してもらってからも、触れられた手のぬくもりが残っているようで、ビアンカは落ち着かない。一方で、あの日から再び会いたいと思っていた願いが叶ったディエゴは、頬を染めるビアンカを見て少し冷静になり、気持ちが逸っていたな、とポリポリと頬を掻きつつ、恥ずかしがりながらも拒否されなかったことに無意識に口元を緩めるのだった。




少しの間、流れる景色に目をやり無言で過ごした二人だったが、目的地まで距離はそうないことに気付いたディエゴが口を開く。


「ビアンカ様、教えてください。レオナルドから聞いた話だと、あの剣には魔を祓う力が込められていて、水竜を滅することができたのは、その力が大きかったのだろうと。貴方はその力のことを知られたくない、ということでしょうか。貴方の意にそぐわない結果にならないよう、可能な範囲で貴方の望みを教えてくれませんか」

「その件は……、わたくしは、剣に込められた力が自分のものだという確証は持てません」

「確証はない、ですか。ですが、否定はなさらないのですね」


ビアンカは、逡巡しつつも最近まで力を使えなかった事情やカーニバルの時には、一切力のことは知覚できておらず、あの時、そんな自覚はなかったことを伝える。


「王宮での顔合わせで、剣に力が宿っていたと知って、驚いたくらいでした。ただ、私の中には、そのような力があるのだと思います。危機的な状況だったため、力が引き出された可能性も否めないのですが、力があると言われてもわたくしは風魔法も上手く使えない有様なのです。同じことを期待されても応えられるか分らない中で、名乗り出ることは憚れます。それに…」

「…」

「父から先祖の中には力のせいで狙われた者もいると聞きます。力のために争いが起こり血が流れ、力が薄れてしまった歴史もあると聞きました。必要以上にわたくしの情報を出さず、わたくしを守ろうと父はしてくれています。できればディエゴ様のお心の内に留めおき下さればと」

「もちろんです。わたしに魔法の才があれば、何かお助けできるかもしれませんが、自分にできるのは身体を張ることだけです。ただ、何かあれば頼ってください。私は貴方の助けになりたい」

「ありがとうございます」




真っすぐに目を見て、先の言葉の通り、ビアンカの不利にならないよう秘匿する、というディエゴの言葉は嬉しかった。自然とビアンカの表情は綻び華やぐような笑顔を見せる。ディエゴは、この少女が憂いなく微笑んでいられるように守りたいと思った。






馬車からディエゴにエスコートしてもらい、目的地だという店に入ると、想定外の再会が果たされた。




「おや、いらっしゃい。…デートかい?」




2021/7/23 誤植修正

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