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第10話 罪悪感と苦いお茶




旅立ちが迫ってきて、休みや帰宅後にやることはてんこ盛りだったが、その日ビアンカは学院に来ていた。今日も平穏な一日が終わると思っていた矢先、ビアンカンの元をソフィアが訪れた。


「ビアンカさん、少しよろしいでしょうか」

「そ、ソフィア様っ!?」


学院は選択するコースにより幾つかに別れるが、それとは別に二つに大別される。上級貴族や魔力の優れた人材を有する特別クラスは、卒業後に国の要職に就く者たち向けた高い水準の教育が施されており、その点、普通クラスとは一線を画している。ソフィアやレオナルドは、学院の特別クラスにおいても優秀者として名が通っており、そんな彼女が普通クラスのビアンカを訪ねてきたことで、周囲の者は一体何事かと騒めき、人によっては無遠慮な視線を向けてくる。


「び、ビアンカ、ソフィア様と知り合いだったの?」


共にいたコリンナが、小声で耳打ちするのに、ふるふると首を振って否定するビアンカだった。社交の場において何度か顔を合わせたことはあるが、学院で交流を持つような仲ではない。目立つのは本意ではないが、断れるはずもなく、好奇の目に晒されながら学院内にあるラウンジに付いていくこととなった。




「ビアンカ?」


意外なことに扉を開けた先には、見知った顔があった。


「ジュリア!」

「おや、二人は知り合いだったのか?」


そして、もう一人。


「レオナルド様、もうお着きだったんですね」

「二人で行っては目立つというから、先に来た」


そうか、一応気遣いをしてくれてたのか、と思ったものの。ソフィア一人だけでも十分に目立ってたのだが、この人、自分がどれだけ普通クラスで注目されるか自覚がないのか、と脱力してしまう。ジュリアは、顔をヒクつかせるビアンカを見て、此処までの情景が想像できた。給仕がいるとはいえ一人で公爵令息と対峙していた自分の苦労も大概だが、友人がここまで来た道のりを思い、同情してしまう。視線が交わると口にしていないのにお互いの心中が察せられて、彼女たちは苦笑した。





ビアンカは、緊張しつつも注がれる茶葉の香しさと可愛らしい三段のティースタンドに並べられた菓子に目を輝かせ、一瞬、気が逸れていたところ、口火を切ったのは、レオナルドだった。


「レオナルド・イレーヴェだ。こうして話をするのは初めてだと思うが、急に呼び立ててしまって、申し訳ない」

「ソフィア・セサリーニですわ。よろしくお願いしますね」

「ビアンカ・ボルゼーゲでございます。ソフィア様にはご足労をお掛けしました。こちらこそご招待ありがたく存じます。よろしくお願いいたします」

「ジュリアと申します。ルカリア商会へのご用命は伺っております。こうした機会をお持ちいただけた感謝いたします」


改めて名乗りあう四人だったが、ジュリアの言葉にビアンカは引っ掛かりを覚えた。なぜ、この場に呼ばれたのかをビアンカは理解できていなかったが、ジュリアには何か思い当たることがあるようだ。


「内々に話が行っているとは思うが、折角、同じ学院にいる者が四人もいるのだ。正式な顔合わせの前に、少し話しをと思ったのだ。皆も突然の話で、困惑もしているだろうが、それは、私も同じだ」

「ええ、以前より相談は受けていたと聞いております。我が家の商会でお役に立てるのであれば、何なりと協力は厭いません。商会長である父からの意向でもありますわ」


いや、行っていない。

さっぱり、分からない。


三人は、分かり合えているようだが、ビアンカは一人置いてけぼりを食らっている。これは、菓子を楽しんでる場合ではなさそうだが、どうすればよいやら、と悩むビアンカにジュリアが話を向けてくる。


「ビアンカの家も何か支援の命を受けているのかしら。全く知りませんでしたから、貴方がやってきて驚いたわ」

「え、えぇっと、それは私も同じよ。ジュリアの商会へは、どのようなお話があったのかしら?」

「ルカリア商会は、北の大陸との商取引で飛行船を運航している。そこで、北の大陸への調査隊の移送や必要物資に関する支援を内々に依頼したと聞いている。ここにいる四人は、それぞれ本件の中心的な関係者となる。現時点で、公開されている情報は、そう多くはない。その範囲であれば、気にせず情報交換して差し支えないだろう」


事態を飲み込めずに、差しさわりなく会話を続けようとしていたビアンカだったが、思慮深く言葉を選んでいると勘違いしたレオナルドが助け船とばかりに、そうフォローを入れるが、父から同行者について何も聞いていなかったビアンカは、自分の今後の旅路に学院にこれだけの関係者がいることを知り驚きを隠せない。


「まさかジュリアも北に向かうというの?」

「私は、こちらでの皆さまの旅の準備など後方支援です。ジュリアもって……、ビアンカは、調査隊として行くんですの…?」


父からは、聖女の末裔として自分は直接出向く必要があると言われた。この調査隊というのが、その話であるならば、返事は肯定となろう。


「古くから国の護りのために受け継がれている神具の管理を任されてきたのが、ボルゼーゲ家だと私は聞いた。兄君が騎士団に所属されているのに、ビアンカ嬢が選抜されていると聞いて、私も気になっていたのだが…」

「ビアンカさんのお兄様は騎士団の職務もあるため、難しいのでしょう」

「そんな…大陸までの移動は、飛行船ですけど、あちらに着いてからは陸路となります。商隊の往来は多くは有りません。我が国にとっては分らないことが多い土地なのに、騎士専攻でもない貴方が行くだなんて危険よっ」

「今回の調査に関わる役目が我が家にはあって…、それは、わたくしがするべき役目なのです。お二人は、どのようなお立場でこの件に関わっていらっしゃるのでしょうか。その…わたくし、詳しい話はあまり聞いておりませんで、申し訳ないのですが、お聞かせくださいませ。お二人は、北に向かわれるのですか」


ビアンカが、不安げにチラリと見たのはソフィアの方だった。レオナルドは、学院でも知らない者がいない。類まれなる魔法の才を持ち、卒業後は魔法師団への入団も決まっているとの専らの噂である。年に一度の学内で行われる試合でも上位の成績を収めており、その強さは周知の事実だ。一方でソフィアは、頭脳明晰で主席を取っていることは知っているが、見ての通り貴族令嬢の手本とも言うべき、柔らかい笑み、母親が自分に求めているのは、こういうことだろうと思えるものだ。未踏の地への旅路に向かうというのは、似つかわしくない。


「えぇ、わたくしも共に参ります」

「戦力としては、冒険者の手練れと幾人かの騎士団からの応援、それに私がいる。ソフィアは、精霊魔法の使い手として、精霊を重んじているエルフとの友好を結ぶための要員として、今回同行することになっている」

「魔物の出現の可能性も全くないとは言えません。不要な争いを回避するにもわたくしであれば、早めに危険を察知できます。国の精鋭を大々的に動員できない極秘の任と聞いておりますので、お話を聞いて、わたくしも微力ながらお力にとお受けしました」


柔らかくも決意を目に宿した力強い微笑み。彼女の言葉を聞いてビアンカは思い出す。彼女は精霊魔法の使い手だと聞いたことがある。古の戦いでも聖女を助けともに戦ったという精霊使いの血がその青い瞳と同じく、彼女に受け継がれているということか。


「ソフィア様まで…」

「今回の任務に当たれる者の人選に、父上も苦慮しているのだが、先日、他にも候補になりうる人材が見つかったかもしれないと言っていた。魔物に対抗しうる凄腕の剣士のようだ。もし、そうなれば、先日の水竜のような魔物が現れて対処ができるだろう」

「えっ、先日の水竜って魔物化していたのですか?」

「カーニバルに現れた、あの水竜ですの?」


ビアンカとジュリアは、間近で見た獰猛な水竜の姿を思い出し、その時の恐怖を思い出す。魔物化した場合、その討伐には多大な戦力がいると聞く。こうして無事に居られるのが、どれほど幸運なことか。ビアンカに至っては、早まって、飛び出す前に、そのことを知っていたら、もしかしたら、あの時自分は動けなかったかもしれない、と鳥肌が立ち二の腕を両手で摩る。


「レオ様」


怖がる様子のビアンカを見て、ソフィアが声を掛ける。


「すまない。無駄に、怖がらせるつもりではなかったのだが、出立までにその剣士が見つかれば、さらに万全な体制となるだろう」

「こちらわたくしが大好きなお店のチョコですの。お召し上がりになって、わたくし、つい食べ過ぎてしまいそうになって、良くメイドに叱られてしまいますのよ」

「ありがとうございます」


気を使わせてしまったようだが、有り難く、勧められた菓子を口にする。そんな人物があの場にいてくれたら、あの時も怖い思いをせずに、あっという間に倒してくれたのかもしれない。

話題を変えようとしたのか、噂がきになっていただけか、「レオ様」というソフィアの呼びかけに気付き、気になっていた話題を当人達に正面からしれっ切り出したのはジュリアだった。


「そういえば、ソフィア様。お二人は随分と親しいようですが、お噂されてる件、お伺いしてもよろしいのでしょうか」

「ああ…、それか」

「ふふっ、失礼しました。つい、昔から親同士が仲良かったものですから」

「正式には、今回の調査隊の件もあるから、落ち着いてからとなるが、まぁ、そういうことだ。ご想像にお任せする」

「あら、では、その時には、盛大にお祝いさせていただきますわ。ご両家には、今後も、ルカリア商会をご贔屓いただけますと嬉しく存じます」




それからは、お互いのことをよく知らなかった四人は、他愛のない学院での生活や家のことを話しながら、お茶と菓子を楽しんだ。ビアンカは、今まで魔力を封じていたため、接してこなかった魔法関連の実技や座学の話を聞けて嬉しかった。

ただ、講義で学べるのは基本属性の魔法のみで、当然、ビアンカが扱えるとされる魔法に関しては教えられていない。癒しや穢れを払う魔物に対抗しうる力を持つ者は、教会に早々に取り込まれるか、国に属しているものが殆どだそうだ。セサリーニ家は、国内でも教会に影響力のある代表的な家系の一つであり、教会に入るのではなく、学院の授業の合間に、手ほどきを受けているらしく、精霊の力を借りることで簡単な癒しであれえば行えるという。


「では、ソフィア様は、魔物化したものを見分けることができるのですね。どのように見えるのですか」

「知識としてしか存じ上げてなかったのですが、先日、カーニバルの時に近くにおりまして、その時、初めて目にしました。黒い禍々しいオーラが全身を覆っていました」

「近くにいらしたのですか」

「といっても、遠目に見える程度でしたので危険はありませんでしたわ」

「それは、基本属性の魔法とは異なる力なのですよね」

「ビアンカさんは、魔法に興味があるの?」


初めのうちは、雲の上の人、と思っていた二人に緊張していたビアンカだったが、気さくに話してくれる二人に馴染んできて、先ほどから、あまり物おじせずに色々と質問していた。


「えぇ、微弱ながら風の力があるようで、今さらながらコースを履修するつもりはないのですが、北に向かうまでに何かできればと思いまして…」


ビアンカは、聖属性の魔法に加えて風の適性も持っていると父親から聞いたのだが、魔力の発動が封じられていたため、簡易な学院での能力測定では、魔力なしと判断されている。そのため、魔法に関する知識は、ほとんど持ち合わせていなかった。


「珍しいな。全くないわけではないが、後天的に才能を開花させるものは少ない。もし、興味があるならば、初級魔法の書物をお貸ししよう。本格的に実技を学びたいというのであれば、道中私で良ければ、少しぐらいは役に立てるかもしれない」

「よろしいのですか?とても有り難いですが…」

「レオ様、意外と面倒見いいんですのよ。遠慮なさらなくていいわ」

「では、是非、お願いします」

「分かった、すぐに家に届けさせる」


ここ数日忙しくて、魔法については後回しにされていた。ビアンカの役目は、エルフと対面してからなので、護衛役は別にいる。すぐに能力を使いこなし戦力となる必要はないため、仕方がないのだが、持っている力があるのであれば使ってみたいと、ビアンカは思っていたので、願ってない申し出だ。


「嬉しいです。ありがとうございます。…それにしても、先ほどの凄腕の剣士が見つかるといいですわね」

「ええ、もし、ご一緒いただけるなら、心強いですわね」

「顔合わせの時までに、見つかるといいのだがな。もし、見つからないようであれば、出立も卒業まで延期できればとも思うのだがなぁ…」

「レオ様、まだ気にしてらしたの?」

「だが、今年の主席はソフィアが確実と言われているのに、もし、旅程が長引けば、試験には間に合わない。なんだってこの時期に、と思わずにはいられないだろ」


何ということだ。仮面の劣化は元々問題だったため、少し早まっただけだと父はいっていたが、もし、決定的に仮面が破壊されていなければ、ソフィアが獲得できたであろう主席という栄誉も自分が壊してしまうことになるのか。知らなかった事実を突きつけられ、ビアンカの良心をチクチクと針が刺す。


「それはビアンカさんも同じだわ。残り少ない学院生活から家の使命の為に旅立たなければならないのだから、わたくし達と同じよ」


何だか母の思惑通りに、仮面を壊したことが隠ぺいされているお陰で、同情されているが、そんな優しい言葉を受け、ビアンカは却って良心の呵責に苛まれる。


「役目を全うすると両親と約束しましたもの。仕方ありませんわ」


だからといって、この場で、出立が己のせいでこの時期になってしまったと告白する勇気を持たないビアンカは、笑顔で誤魔化す。バレていないのであれば、このままこの事は、隠し通そう。そう固く誓って、ビアンカは残りのお茶と一緒にその事実を飲み込んだ。




2021/7/23 誤植修正

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