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第9話 水竜と剣士




カーニバル開催中のその日、王宮の一角に絶命した水竜が運び込まれた。宰相を含む要職に就く数名は、その場で騎士団からの報告を受けていた。


「水竜と聞いたけど、魔物化していたのか」

「ええ、街へ侵入しすぐには抑えきれず、街の中心まで侵入を許してしまいました」

「魔物化に気付いたものからの報告を受け、対魔物用の矢を準備し射たようです」




人を襲うものには、牙や爪を持つ獣や魔獣、魔物がいる。

それらの違いは、獣は魔力を持たない。危険はあるが一般人でも武器や状況次第では狩ることができる。

魔獣は、火を吹いたり、風の斬撃を飛ばしたり、魔力を操ることができる。かなり危険度も上がる為、討伐には冒険者や騎士団が当たることが多い。

そして、魔物。これは禍々しい気を纏い、魔獣より凶暴性は高い。何より生命力も並外れて高い。破魔の力を纏った武器や浄化魔法の使い手によって弱体化、無力化する必要がある。加えて、力を持った魔獣が穢れを溜め込んで魔物化するのだが、魔物が厄介なのは、一見して魔獣と判別できないケースが多い点である。もっとも一見して判別できるほど形態が変化しているような魔物の討伐は相当困難なものとなる。




「この矢がそうか、よくこの矢一本で仕留め切れたものだ」

「いえ、それが、報告では、此方の剣により既に弱体化していたようなのです」


騎士や街の兵士の剣は、一見すると矢より強力に見えるだろうが、魔物化していたのであれば、別である。強い生命力で普通の武器では中々仕留められないと聞く。


「運よく対魔物戦の手練れが居合わせたってことかい…?」

「いえ、それが、所持していた兵士は、戦闘中に気を失っていたらしく、剣で攻撃を加えたものが誰か分らないとのこと。それと所持していた剣は、一般的なものだったというのです」


魔物に対抗するため武器に力を付与できる人間は限られている。誰が水竜に剣を刺したのか。

その者が魔を滅する力を扱えるのか…、あるいは、扱える者がその場に居合わせて力を込めた剣を誰かに託したのか。

また、早々に状況を見極め、矢の準備をさせる警告をした者は誰だったのか。魔物化を見極める目を持つ者となると、その者も希少な人材と言える。

どちらにせよ希少な存在がその場には複数居合わせたことで、早々に事態は沈静化したようだ。



---------------------------




カーニバルの際、騒ぎが起こる前に中央公園の舞台で披露されていた最後の演目は、王子と貴族の姫の恋愛物語だった。市井でも、貴族向けにも歌われており有名な演目だった。運命に切り裂かれた二人、別れのシーンでは、変わらずに王子を愛し続けると姫の台詞で幕を閉じる。精霊に愛された悲恋の姫の語り継がれる容貌は、銀髪で青い目をしているが、歌い手のそれは違っていた。


昔から瞳の色が青い者は、精霊との相性が良く、精霊魔法に長けるもののそれは、鮮明な色をしているものが多いと聞く。舞台の題材となった姫は精霊王の愛娘で、その血を受け継いでいたという説を信じる者ものもいる。




「形を移ろわせる月に誓うなんて、不誠実な愛だな」

「月は見えぬ時も必ずそばにあって、愛する人を陰から見守ってますわ。素敵な歌でしたのに、そんな事おっしゃらないで。彼女、有名な方ですのよ?」

「いや、すまん」

「ふふふっ、別に責めてはいませんわ。この素敵な舞台の余韻を噛み締めさせてくださいませ」


舞台は終わりを迎えた。集まっていた人が少しずつ散り散りにその場を離れていく。

目を閉じて、笑みを浮かべるソフィアは、頭の中で、反芻しているのだろうか。彼女の銀色の髪を風が撫でて波打っている。レオナルドは、ソフィアの隣で静かにその横顔を見つめていた。




そうしている内に、人が眼下で流れていくのが見える。丁度、ビアンカ達も同じように友人とゴンドラの上で、お茶会を始めた頃の話である。彼らも散って行く人の流れを眺め、彼女たちと同じように暫し留まることにしたようだ。


「予定通り、人が減るまで食事していくことでいいか」

「ええ、もちろん」


側に控えていた店の従業員に目配せすると、彼は承服の意を示し外に出ていく。


「ディエゴ、おまえも席につけ」

「いえ、今日の役目はお二人の護衛ですので…」

「このフロアは貸し切りだ。護衛も他にいる。いいから、座れ」


頑として譲るつもりがない友人の顔を見て、嘆息して諦めて席に着くと、手際よく店の者がテーブルを整え、食前酒と前菜が運ばれてくる。



   

食事をしながら、外の異変を逸早く感じ取ったのはディエゴだった。そして、ソフィアも風から漂う不穏な気配を察していた。窓の外の様子を伺っていると、陰ながら警護をしていたソフィアの護衛も姿を現す。水路に姿を現した水竜をみて、万が一こちらにやってきたらマズいと、護衛に話を通しディエゴは屋根伝いに水路の方に向かった。


「下手に動くとまずい、ソフィアは此処を動くな。家に状況を伝える、ソフィアもドメニコ様に一応、状況をお伝えしてくれ」


すでに街の兵士から王宮に連絡は行ってる可能性は高いが、家に設置された通信具に情報を送っておいたほうが良いかと、自分のそれを起動しつつ、ソフィアにも指示を出す。


「レオ様、何だかあの水竜、すごく嫌な感じがします」


ソフィアの周辺をふわりと風が舞い、何かを察したソフィアが、水竜を視界にいれた。風がソフィアに逃げろと伝えてくる。ソフィアの青い目には、見たことない禍々しい気配が黒い靄のように水竜を覆っているのが見えた。


伝達した内容が伝わり、騎士団から応援が来るまでには時間を要するだろう。ディエゴが心配になって戦況を確認していると、レオナルドはディエゴの動きにキレがないことに気付く。


「ん? どうした、さっきまでと動きが…」

「避難し遅れた市民を庇って、負傷された様子です」


二人が家に連絡を入れてる間も戦況を見守っていた護衛が説明する。


「お願いっ、彼を助けに行って…このままでは危険だわっ」

「ソフィア様、それは承服しかねます。こちらの守りが手薄になってしまう」

「そんな…!」

「危ないっ!」


水竜に押されつつあったディエゴの剣が舞って遠くに飛ばされるのが目に入る。最悪の状況を想起し息を呑む。と、その時、何かに気を取られたのか水竜が反転し、反対に足を進めていった。ビアンカを見つけて、狙いをそちらに定めた時だった。

ソフィアには、水竜の悲鳴が上がり、黒く禍々しい靄が爆発的に広がったのが見え、思わず隣のレオナルドの腕に縋りつく。怖い、とそう思った瞬間、頭部から靄が晴れていき、全身を包んでいた気配が霧散したように感じられた。

そして、ディエゴから少し離れた別の建物の屋根から矢が放たれると、水竜は完全に無力化され地に伏したのだった。




---------------------------




宰相であるドミニコは、国の機密である『悪しき魔』とその封印について、対策を講じている主要な構成員の一人だ。秘密裏に進めているこの事柄は、知るものは限られているが、神殿と教会に影響力がある古くからの家系であり、代々その機密は当主に引き継がれている。今回の水竜が、その封印に関係するものかとも思案したが、それは可能性として低いと結論づける。


「まずは、侵入経路を確認しろ。街への侵入を防ぐ水門を確認させ、問題があるようならば、その対策を最優先に騎士団および魔導士団に当たらせる」


十年ほど前からだろうか、街近隣での魔物・魔獣の出現率は抑えられていた。魔物の存在は、広くは知られていないが、市民も魔獣の被害が減って、旅路や流通が安定していることは感じているだろう。儀式の継承者の力のお陰だろう。今年はカーニバルの開催前より、実用化された魔道具による方法が試行されたが、問題なく作動していると聞いている。突発的な事故であればいいが、人為的に引き起こされたものだとすると厄介である。


「それにしても有能な人材が街にはいるようだな。もし、国で把握している人材以外に、使える者がいるなら、どんな人物か確認したい。心当たりのある冒険者に該当者が居ないか当たってくれ。近々、北の大陸への調査隊の派遣予定もある。もし、協力が得られれば、旅路の安全も増そう」




そう指示を出して帰宅したドミニコが家令から報告を受けたのは、探そうとしていた内の一人が実の娘であるということだった。精霊魔法に親和性があり、学院でも優秀な成績を収めているとは聞いていたが、魔物化を見分ける慧眼も持ち合わせていたとは…

極秘裏に進めていた任務に関して、徴用できる人間は限られているが、侯爵家で宰相の娘であれば、文句もでまい。自身の娘を送り出さねばならぬことになったと悟り、娘を部屋に呼ぶよう家令に伝えるのだった。





2021/7/23 誤植修正

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