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vsトロキア皇国第四皇子②

 その鳥の身体は、あらゆるものを焼き尽くす火に包まれていた。


 羽根の一つ一つが灼熱の炎を纏い、溢れ出た莫大な熱のために、その姿が陽炎のように揺らいでいた。


 それは、「焔の鳥(カニス=トロイア)」と呼ばれ恐れられた存在。


 世界最大の威力を誇る、戦略級極大魔法。


 上級魔術師が千人集まっても生み出せない、伝説の魔法。


 真紅の鳥は自らの翼をたたみ、地上へとゆっくり降下を始めた。

 先ぶれで生まれる熱風があらゆる物質を、地を蠢く魔物どもを押しつぶし、消し炭へと変えていった。

 その様は地獄の業火か、あるいは浄化の炎か。

 はっきりしていることはただ一つ。


 あの翼に触れたものは、襲い来る死から逃れられない……ということだった。


 砦よりも大きな焔が、ついに地面へと激突。


 刹那の沈黙の後。


 地面から巨大な火球が生まれ、火山が爆発したかのような煙が、はるか上空へと立ち上がった。

 放射状に広がった衝撃の波と熱風とがここまで届き、遅れてやって来た轟音が、俺たちの全身を貫いた。

 熱波に炙られながらも俺は地に伏せて、こちらに吹き飛ばされてきたシャルルの首根っこを捕まえて地面に引き倒した。

 烈風が全て吹き抜けた後。


 砦ごと灰と化したその地には、動くものは何一つとして存在しなかった。


 数千もの魔物があの一瞬で蒸発して、骨も欠片も残さず消滅していた。

 

 戦の喧騒も魔物の咆哮も消え去り、あたりは静寂に包まれていた。

 炎の鳥が、その全てをかき消したんだ。


 自らの姿ごと。


 全てが終わったことを知り、俺は妹のところに、みんなのところに駆け付けたかった。

 お互いの姿を見て、無事を確かめ合いたかった。

 しかし、その前に。

 俺は自分の為すべきことを為さねばならなかった。

「さあ、こっちも決着をつけようか」

 低く言い放った俺の足元には、重傷を負ったシャルルがいた。

 高価な服は熱と炎でボロボロになり、肌が露出した部分は火傷で真っ赤になっていた。黄金に輝いていた髪も熱で焼けて縮れあがり、今の彼を見ても皇族とは思えないだろう。

「ま、待て! 人質になることを申し出る!」

 シャルルは片手を上げて、自分を見下ろす俺を制止した。吹き飛ばされた時に足を挫いたのか、立ち上がることもできないようだった。

「ち、父上ならば、僕の身代金はいくらでも払ってくれる! お前たちにとっても利益になるはずだ!」

 彼は金切り声を上げて命乞いをしてきた。

 金さえ払えばどんな罪だろうと許されると、信じているようだった。

 だが。

「どうにも理解できてないようだから、説明してやる」

 俺はその懇願を無視して、手にしたショートソードを突きつけた。

「これはトロキアとウィンディーネとの戦争じゃない。ただの犯罪だ」

 国同士、家同士で戦争をするにも、一定のルールがあった。

 お互いに使者を出しての宣戦布告。

 降伏の受け入れや終戦交渉中の戦闘停止。

 捕虜や人質の処遇、占領地に住む住民の保護など。

 非戦闘員の迫害や、無用な兵士の殺害を避けるための決まりがあるんだ。

 シャルルは何一つとして、その原則を守っていなかった。

「罪名は違法な魔物召喚とウィンディーネ王国民の虐殺未遂」

 俺に明らかな殺意を向けられたシャルルは、ヒィッ、と裏返った悲鳴を上げた。

 自らの命が危ういことに、彼はようやく気付いていた。

 銃も護衛も魔物の群れも全て失い、自分を守るものが何もないことに気付いていた。

「そして、王国で起きた凶行の犯人を裁く権限は……」

 俺は無力な犯罪者に近づき、手にした剣を振り上げた。

「この俺にあるんだよ」

 富とか利益とかは、どうでもいいことだった。


 犯した罪には相応の罰を。


 それを実現するためなら、黄金だろうと宝石だろうと捨ててやるとも。

「よ、よせ! 僕を殺せば本国が黙っちゃいない!」

「それは、お前を殺してから考えるよ。お前は許されざる罪を犯したんだ」

 こいつを許す理由など、俺には欠片もなかった。

 彼は、俺の大切なものを根こそぎ奪い去ろうとしたんだ。

 あの群れが王都になだれ込めば、数千の命が失われていた。

 たとえその魔手から逃げ延びたとしても、亡国の民の前に待ち受けるのは、苦難に満ちた世界しかなかった。

 王国軍の兵士たちの奮戦とエステルの想いおかげで、最悪の未来は免れた。

 でも、あの戦闘で何人もの兵が命を落としただろう。足止めのための戦闘とはいえ、全員生きていると考えられるほど、俺は楽観的ではなかった。

 一国の王女を手込めにしたいという欲望のために、奴は大切な命を奪ったんだ。

 許せるはずがないだろう?

 恐怖で固まったシャルルに向けて、俺は。

 頭をかち割る一撃を、振り下ろした。


 しかし……


 切っ先には、何の手ごたえもなかった。

 頭を抱えて縮こまった男は、まだ生きていた。

 自分が死ななかったことに驚き、あたりをキョロキョロと見回していた。

 奴の頭を叩き割ったはずの刀身が。


 なくなっていた、んだ。


 鍔の部分から、根こそぎ消滅していた。

「できれば、そこまでにして欲しいな。そんな奴でも俺の弟なのでね」

 脇から、涼やかな声が掛けられた。

 草を踏みしめる足音がして、長身の優男がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。

「あ、兄貴!」

 その乱入者に目を向けたシャルルは、這いずるようにしてそいつに縋り付いた。思いがけない希望を手にした男の顔は、安堵と喜びに満ち溢れていた。

 涙ながらに奴が呼びかけた相手は。

 金髪碧眼の男だった。

 シャルルとよく似た風貌を持つ男だった。

 白銀の鎧を身につけた細身の身体から、隠し切れない闘気と魔力をみなぎらせた男だった。

 俺も、奴の名は知っていた。

 世界で最も有名であり、世界最強と称えられる男だった。


 奴の名は、レオン・バルニエ・トロキア。


 トロキア皇国の、第一皇子。

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