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vs魔物の群れ

 魔物発見の報があった次の日の朝。


 俺は空の上から、雑然と行進する魔物の群れを見ていた。

 細い鎖を編み上げた軽量鎧とハーフヘルム、金属製の小型手甲、膝から下を守る具足、それに細身のショートソードといった軍装で、俺は空を飛んでいた。

「5000はいる、のか……? 大半はゴブリンとコボルドだが、オークも多少混じっているな」

 王都近くの平原をバラバラと進む奴らは、低級に分類される魔物たちだった。

 人型をしていて、緑の硬い皮膚で覆われたゴブリンどもは、細長い木と金属の穂先を組み合わせた槍や、丸太を削っただけのこん棒で武装していた。

 犬の頭を持ち青い毛皮に覆われたコボルドは武装もせず、その鋭い爪と牙とが武器だった。

「で、大型個体は見当たらないってか」

 俺は偵察から戻ってきた風の精霊の報告を見て、一人で呟いた。

 彼らを使役するのが、俺が授かった祝福【風の加護(シルフェンガード)】の能力だった。

 世界にあまねく存在する風の精霊の力を借りて、今のように空を飛んだり偵察をしたり、弓矢のような遠距離兵器を防いだりできるんだ。

 人語を話せない精霊たちとは、その短い手足でのジェスチャーを使って、だいたいの意思疎通ができていた。

 大まかな敵の規模を理解した俺は、もう一度精霊たちを周囲に放ってから、奴らの上から離れて飛翔。

 味方が待機している王都近郊の砦へと向かった。

 砦……といっても、切り出した丸太をくみ上げ、泥と粘土で補強しただけの簡素なつくりをしていた。

 その周囲には地面を掘って土を盛り上げた土塁を何重も築き、その外側に多数の馬防柵を打ち立てて、魔物の襲来に備えていた。

 砦の背後に広がるは、のどかな農地と青いきらめきを放つ北海の海原だった。その海に流れ込む大河フルーメ、河口のほとりに築かれたウィンディアの街並みと高台に建つ小さな王宮も見えた。

 こんな時でなければ、一日中だって眺めていられる美しい風景だった。

「殿下。いかがでしたか?」

 俺が砦の物見塔に降り立つと、真っ先にエドウィンが問いかけてきた。

「数は俺たちの5倍だ。個々の戦闘力は大したことないが、数で押されると厄介だな」

 ウィンディーネ王国の正規軍は、総数およそ1000人。全員をこの砦に配備してはいるが、5倍もの魔物を相手にするには力不足だった。

 悲しいことに、王国軍には敵を吹き飛ばす大砲も歩兵用の先込め銃もないんだ。

 遠距離攻撃ができるのは、昔ながらの弓矢のみ、という有様だった。

「では、リーダー格の大型を優先的に潰して、奴らの統率を乱す必要がありそうですな」

「それがな……群れの中にそれらしき個体がいないんだ」

「いない、とは?」

 エドウィンの疑問も当然だった。

 ゴブリンやコボルトのような人型の魔物には、たいてい大柄なリーダーやキングが存在する。そいつらが群れに指示を出し、さながら軍隊のような行動を実現している。

 しかし、精霊たちに草原の隅々まで探させても、どこにも何も見つけられなかったんだ。

「言葉通りの意味だ。奴らにボスはいない。ボス以外の誰かに命じられて、王都を目指しているらしい」

「誰か、は誰なのでしょう?」

「それは今探させている。そいつを見つけない限りは……」

「で、殿下……!」

 緊張に耐えられなくなったのか、エドウィンの後ろに控えていた若い兵士が、こらえきれない感じで俺に話しかけてきた。

「我々は勝て……るのでしょうか?」

 不安を口にする彼を、俺もエドウィンも責めなかった。

 ロングボウを持ち、骨董品のような金属鎧を着込んだ彼は、まともに給料も払えない故国のために命を懸けてくれているんだ。

 圧倒的な数の敵を前にして逃げ出さなかっただけでも、俺は彼に感謝しなければならなかった。

「当然だ。そのために敵をこの砦に引き付け、足止めすることが君たちの任務だ」

 俺は緊張した面持ちの兵士に、仕事の内容を告げた。

 その任務のために、王宮に保管していたありったけの食料と酒を、この砦の周りに運び込んでいた。

 敵を砦に惹きつけ誘導し、酒と食料で足止めを行う。

 リーダー格の大型個体がいない群れが相手なら、実現できる可能性がさらに高まるというものだ。

「そうすれば、エステルが放つ攻撃魔法で奴らを一掃できる」

 彼をできるだけ安心させたくて、俺は自信のこもった声で告げた。

 実際、ほんの数日前にエステルも俺と同じ儀式を経て、神々の祝福を授かっていた。


 そのおかげで魔法も使えるようになった、らしい。


 らしい……というのは、彼女が授かった祝福が、かなり特殊なものだからだ。

 【幸福の祝典(ブリス・フェスト)】という名前のもので、その効果は「所有者が幸福であればあるほど魔力が増大し、扱える魔法の威力も増す」というものだった。

 儀式のときに顕現された女神様も、極めて珍しい能力だと仰っていた。

 だが、女神様はそれ以上のことは語らず、王宮に保管されている歴史書を読み漁っても、そんな能力を授かった人物はいなかった。

 結局、どれほどの価値があるかもよく分からなかったんだ。

 ここに至るまでの時間もなさ過ぎて、その威力を試す暇もなかった。

 エステルは魔法の勉強を一通りしていたが、その中から果たしてどんなものが使えるのかも不明で、事実上のぶっつけ本番だった。

「私は、幸せなの」と妹は言ってくれていた。

 それはもちろん本心なのだろうし、俺も彼女を信じていた。

「エステル殿下は、どのクラスの魔法を使われるのですか?」

 と、エドウィンが小声で聞いてきた。

 全軍を指揮する彼としては、魔法が使われた後のことも考えておきたいのだろう。

火球の雨(ファイア・フォール)と、同等の威力だと思っている」

 俺は、エステルから感じる魔力で、実現可能な最高位魔法を告げた。

 それは、一線級の魔術師が使う上級制圧魔法だった。広範囲に多数の火の玉を降らせて、敵を火だるまにする魔法。

 火球の威力はゴブリンどころかオークやオーガにも有効で、砦にとどまった魔物の群れに、大きな打撃を与えられるはずだった。

「それで数を半分にでも減らせたら、奴らはおそらく逃亡し始めるだろう」

「あとは地道に、一体ずつ倒していくしかありませんな」

 俺の予想に、エドウィンはため息交じりに答えた。

 この戦闘に勝てたとしても、逃げた魔物を殲滅するまで戦いが続き、その間、ウィンディーネは衰退を続けるんだ。

 数百数千もの魔物が潜む王国でまともな生活ができるはずもなく、その隙を隣のセレウス公国とかに突かれたら、どのみち滅亡は免れない。

「未来のことを嘆いても仕方ない。全ては、この戦いに勝ってからの話だ」

 目の前のことに集中するよう、俺はエドウィンを促した。

 俺たちはただ、今できることをするしかないのだ。

「敵の、前衛が現れました!」

「来るぞ! 戦闘用意!」

 早馬でかけてきた兵の報告を受け、エドウィンは物見塔から大声を張り上げた。

 砦全体に緊張が走った。

 それほど時間を置かずに、ドドドドドドドドドという地鳴りに似た音が鳴り響き。

 土煙を空に立ち昇らせながら、敵が大波のように進軍してきた。

 雄叫びを上げ、手にした武器を振り上げ、早駆けで突進してくる魔物の群れ。

「いいか! 俺たちの役割は敵を殺すことじゃない!」

 地響きに負けないように、俺は声を張り上げた。


「奴らをこの砦で押しとどめろ! 俺たちは必ず勝てる! お前たちの姫を信じろ!」


 俺の檄に応える声がそこかしこから上がった。

 彼らの声を聞き、彼らの信頼を感じ、俺も絶対に失敗しないと心に誓った。

 兵たちはさまざまな弓に矢をつがえ、砦に備えられたバリスタの狙いを定め、団長の攻撃命令を待っていた。

 次第に大きくなる魔物の波。

 誰もが焦りを感じ、今にも暴発しそうな緊張感の中。

 兵団長のエドウィンが片手を上げて。

「放て!」

 その号令を合図に、戦端が開かれた。



 放たれた多数の矢が放物線を描き、接近する敵を打ち抜いた。

 魔物の先頭集団が次々と倒れ、自分たちの戦果を見た兵たちから歓声が上がった。

 が、奴らの進軍は止まらなかった。

 味方の死骸を踏み越え、草原を踏み荒らし、津波のように突進してきた。

「恐れるな! 第二射用意!」

 エドウィンの命令の下、部下たちは強弓を引き絞り、矢をつがえ。

「斉射!」

 数百もの矢が馬防柵まで取り付いた魔物を撃ち抜き、多数の新たな死体を積み上げた。

 それからは、各人が次々と矢を射かけ始めた。

 砦のバリスタは団長の指し示した部分を集中的に狙い、突破を図る敵の出足をくじいた。

「よし! 取り付いたぞ!」

 俺は最初の段階が上手くいったことを確信した。

 前衛が柵を抜けられずもたつく間に、魔物の津波はその全てが砦を攻撃目標としていた。

 ゴブリンのような魔物にとって、人間は食い物の一種なのだ。

 目の前にいるたくさんの食料を前にして、奴らはその欲望の赴くまま、俺の大切な部下を食い散らかそうとしていた。

「第一陣は後退! 第二陣と三陣は撤退を支援せよ!」

 柵が倒され、土の壁を乗り越えられると同時に団長の号令と合図の笛が吹かれ、最前列の土塁にいた兵が下がり始めた。

 その動きを援護しようと、後ろの陣地から援護の矢が大量に放たれ、追撃しようとする魔物を次々と仕留めていた。

 魔物の数を減らし、砦に引き寄せて、王都への進撃を阻止する。

 ここまでは順調に進んでいた。

 あとは……と俺が考えていると。


 精霊の一人が、猛スピードで戻ってきた。


 俺の眼前へとやって来た半透明の小人は、その短い手を懸命に伸ばして、丸印を作ろうとしていた。

「見つけたのか!?」

 と俺が叫ぶと、小さな精霊はコクコクと何度も頷き、俺の疑問を肯定した。

「エドウィン! 後は任せる!」

「かしこまりました! お任せください!」

 戦場に響き渡る怒声と轟音に負けじと、俺たちは声を張り上げた。

「いいか! こんなところで死ぬな! みんなも死なせるな!」

「もちろんですとも! 殿下もご武運を!」

「当たり前だ! 負けるかよ!」

 指示に即応した団長の声を受け、俺は塔を飛び出した。

 飛翔しながら戻ってきた精霊に再び指示して、それを発見した場所まで先行させる。

 激戦が続く砦を離れた俺の目的は。


 この騒ぎの、元凶を潰すことだった。


 そいつは、砦のすぐ近くにいた。

 砦と王都を見渡せる丘にある大木の下。

 草原に覆われたなだらかな斜面の上に、複数の人影があった。

 俺は精霊に命じて加速し、上空から勢いよく、そいつらの目の前に着地した。

 敵の数は6。

 陽光に映える煌びやかな服を着た男と、その周りを守護する5人。


「よお。一日ぶりだな」


 俺は、その中心にいる派手な男に声をかけた。

 昨日と同じく、金銀宝石をあしらった高価な服を着込んだ男。

 手入れの行き届いた金髪とヘラヘラとした軽薄な笑みを持つ男。


 そいつの名は、シャルル・バルニエ・トロキア。

 

 つい先日、エステルに求婚した男だった。

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