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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

駅に捕らわれし者

作者: 八尋

 電車が発射するベルが鳴り響く。駅員さんが終電だと急かすアナウンスが響く中、私は半ば駆け込むように電車へと乗り込んだ。


「あ〜、良かった、間に合ったぁ…」


 車内はガラガラで、この車両には私しか乗っていないようだ。

 安堵のまま角の席に身を預けると、お尻の下に違和感を感じる。


「ん?……本?」


 そこにあったのは、薄めの文庫本。疲れていて見逃したのだろう。手の中のそれはカバーが外されておりシンプルな表紙に『駅』とだけ書かれていた。


「駅?シンプルなタイトル…忘れ物かな。……降りるまで時間あるし、ちょっと読ませてもらおうかな」


 寝過ごすよりは良いと思い、誰のものか分からないが拝借することにした。

 厚さはほとんどなく、20分もあれば読み終わってしまいそうなほどだ。


 パラリ、と表紙をめくる。目次などは無く、唐突に本編が始まっていた。



 ーーーーそうして私は電車を降りた。駅のホームは無人で、駅員さえもいない。珍しいこともあるなと思いながら、私はホームの端にある階段へと歩みを進めた。

 いつもなら最寄り駅の階段の近くの車両から乗るのだが、今日は終電にギリギリ乗り込んだことで降りてから歩かなければならなくなってしまった。


 帰ったらお風呂入って…明日は土曜だし、軽くつまめるものでも買って帰ろうかな。

 そう考えながら、歩いていた時だった。


 ソレ は目の端で、ふらりと落ちた。


「え?」


 見間違いかと振り向いた瞬間、駅に響き渡る金属音。そして、ドンッという鈍い音とグシャリとなにかが潰れる音が同時にして、顔に生暖かいものがかかる。落ちた時のようにスローに、ソレが宙を舞うのを視界の端で捉えた。


 ホームには誰もいなかったはずだ。電車も来ていなかった。だが、何が起きたのか瞬時に理解してしまった。ーーー飛び込みだ。

 ブレーキをかけたが間に合わず撥ねてしまったのだと理解するのと同時に、後方で再びグシャリッと音がする。


「ーーーーひっ!」


 だが、目の前で起きた出来事に悲鳴をあげようとした瞬間。


 目の前で女性を跳ねた電車が消えた。


「…………え………?」


 呆気に取られ、出かけていた悲鳴が嚥下される。確かに私は見たのだ。女性が電車に撥ねられるところを。


 ーーー女性?


 おかしい。私はふらりと落ちた ソレ を認識こそしたが、 ソレ が女性だとなぜ分かったのか…。


 そして今、目の前には何事もなかったかのように静寂が訪れていた。


「あ……はは、疲れてたのかな…。やだな、あんなの読んだから影響されちゃったのかな…」


 背筋にじわりと浮かぶ汗を暑さのせいにして、私は再び歩き出した。

 だが、それも数歩のこと。


 再び目の端でふらりと落ちる影があった。


 ーーーえ?


 咄嗟に振り返ると、 ソレ と目が合う。グレーのスーツを着た彼女は整った顔を苦痛に歪めながら落ち、そして後方からやってきた電車にドンッと衝突し……消えた。


「……え?…え、なに、これ。え?どういうこと…っ?」


 目の前で女性が轢かれ、電車もろとも消える。あまりの異質さに一歩後ずさると、今度はなにもない空間から女性が現れ、しっかりとこちらを凝視したままーーー再び落ち、轢かれーーーまたなにもない空間から女性が現れ、しっかりとこちらを凝視したまま再び落ち、轢かれ、現れ、轢かれ、消えて、現れて、轢かれて、消えて……。


 そう目の前で繰り返されるのをただ唖然と見ていた私だが、数度目で変化に気がついた。

 いつからだろうか。彼女の脚はありえない方向に曲がり、片足には靴がない。いや、靴がないというのとは違う。足首から先がない。そして、彼女の着ているスーツはよく見ると、黒いシミが出来ている。ーーー暗くて分かりにくいが、血だ。


 そして再び彼女が落ちたあと。現れた ソレ に私は悲鳴さえも上げられなかった。


 身体はひしゃげ、両腕も両脚もあらぬ方向へ向いている。


 頭蓋骨は陥没し、脳髄をボタボタと零しながら真っ黒な目を……いや、目玉の抜け落ちて空洞になった眼窩をこちらへと向けて歩き出したのだ。


「あ゛……がい゛………だ……げ………い゛……の……」


 何事かを喋りながら向かってくるそれに、足が竦む。ガタガタと鳴る歯は震えるだけで、なにも言葉にすることができない。


「あ゛ぁ……とが……だ……だず……て………だい゛…」


 逃げなければと本能が警鐘を鳴らすが、足は動かなかった。 ソレ が歩くたび、脳髄がびしゃり、びしゃりと落ち、ホームに赤い線が描かれる。


 喋ると口から吹き出す血でなんと言っているのか分からなかったが、すぐ目の前まで迫ってきて、彼女がなんと言っているのかようやく私は理解した。


『あぁ、人が居た。助けて。痛いの』


 彼女はそう言っていたのだ。理解したのと、眼前まで彼女が迫ったのは同時だ。


「がわっで…」


 代わって。その意味を理解するより早く、私は悲鳴を上げて駆け出した。


「イヤァァァァァアアアアアア!!!」


 全力で改札のある階段の方へと駆け出す。後ろを振り返る勇気などなかった。


 けれど、走っても走っても階段には辿り着かない。……いや、階段などない。まっすぐに伸びたホームの先は暗闇で、先などなかった。


「嘘……ウソでしょ……?どうして…ッ!なんで階段がないの?!」


 足を止めて叫ぶ。


「なんで誰もいないのよ?! 誰か、誰か助けて…ッ!!!」


 足を止めたのが悪かったのだろう。私の肩を、何者かがグッと掴んだ。


「ヒ……ッ」


「づが、まえだ…」


 目だけを横にむければ、そこには血と肉を滴らせた顔。その恐怖に息を呑み、叫ぶ間もなく私の身体はドンと押されて線路へと落ちた。


「………ッ!い…た…っ」


 幸い打ち所は悪くなかったのか、すぐに身体を動かす事ができた。そうして痛みに耐えながら身体を起き上がらせたときだった。


『マもなく、ニバンセンを、カイソウデンシャがツウカします。ゴチュウイクダさい』


 ねっとりとした、男性……だろうか。音声を音声と認識しにくい放送が響き、私の目の前は真っ白に染まった。


 それが電車だと気付いたのと、強い衝撃が襲ってきたのはどちらが先だろうか。

 痛みよりも先に、自分の足首から先が隣に見えた。そのまま視線を動かすと、腕があらぬ方向を向いている。ふと、先程の女性と自分の姿が重なった。


 そして遅れて激痛に襲われるが、口から悲鳴が上がることはない。


 ゴボ…と血が溢れ…私の意識は闇へと落ちていったーーー。





「なにこれ、ホラー?…嫌な本読んじゃった」


 読み終わった私の感想は、不快感しかない。暇だからって読むんじゃなかった、と後悔するのと、電車が駅に止まったのは同時だった。


「やだ、もう着いたの?危ない…乗り過ごすとこだった…」


 到着駅を知らせるアナウンスでそこが最寄りであることを確認し、私は急いで立ち上がった。




ーーーーそうして私は電車を降りた。駅のホームは無人で、駅員さえもいない。珍しいこともあるなと思いながら、私はホームの端にある階段へと歩みを進めた…。



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