1話 婚約破棄されました:王太子からのツッコミ付き
「アレ姉、婚約破棄を申し渡す。ありがたく受け入れるがいい!」
「かしこまりました。ありがたくお受け入れいたします、殿下」
「そりゃないだろ!?」
突然の申し出を、それでも文句もなく受け入れたアレリアに向かって、年下の王太子マルクが放ってきたのはツッコミだった。
「そこはもうちょっと粘れよ! 俺のこと疑え! 素直か! この優等生!」
「そう仰られましても……」
とアレリアは困ってしまう。
自分で言っておいてなにを望んでいるのだろう。
ここは国内はもとより近隣国の貴族や騎士の令息令嬢たちが通うたちが通う王立の名門、『冠翼』ステリュクス学園。
昼休みも中頃を過ぎ、ランチを食べ終わった貴族階級出身の生徒たちが思い思いにくつろぐランチルームで、アレリアは一人食後の紅茶の薫香を愉しんでいたところだった。
侯爵令嬢であるアレリア・ステヴナンは、昨日十八歳になったばかりの三年生。
黒く艶やかな長い髪とやや吊り気味の切れ長の黄金の瞳を持つ美少女である。白を基調とした制服の着こなしは凛としたもので、咲きほころぶ八重の花の如き魅力を持つ、誰もが見とれるお嬢様。
そんな美少女が優雅なひとときを嗜んでいたら、自称婚約者である王太子殿下からのいきなり婚約破棄を突きつけてきたのだ。
「わたくしは殿下のお言葉を受け入れただけですのに。それで責められるなんて。どうしろというのでしょうか?」
と戸惑ったふりをしつつも、内心では
(本当にこんなことが起きるなんて。夢じゃないわよね? ラッキー!!! はやく完璧な婚約破棄をお願いします!)
とガッツポーズである。
アレリアは前世の記憶があった。そこでアレリアは婚約者である皇太子に浮気されていた。
そして浮気相手と結婚したい皇太子によって皇太子暗殺未遂の罪やら侍女をいじめた罪やらを着せられ、処刑されてしまった。もちろん全部濡れ衣だ。
そのため、アレリアは今世では結婚も恋愛もしないと決めていた。
そんな侯爵令嬢アレリアだが、幼い頃に一方的に婚約者宣言してきた男がいた。
それがテーブルの向こうに立つ輝く金髪と青い瞳をしたキラキラ美少年、マルク・マレシャルだ。
彼の齢は十六歳、学年は二年生。歳は昨日まで一つ下で現在二つ下、学年はアレリアより一つ下の二年生である。
嫌である。
結婚なんかしたくない。もう前世で懲り懲りだ。
相手が王太子だろうがなんだろうが関係ない。いや、王太子だからこそ御免だ。
権力者は女を取っ替え引っ替えすることに遠慮が無い。女の命すら自分の思うままにする。
しかし相手は王太子、侯爵家令嬢であるアレリアには断ることなどできない。
だから半分諦めて、王妃教育も粛々と受けていた。ちなみに残ったもう半分は、『決してこいつのことを好きにはならない』だ。
「俺が婚約破棄するだろ、するとアレ姉は当然反発するわな。なんだよアレ姉そんなに俺のこと好きだったのか! ええそうですわ! みたいな感じで! やるって算段だから!」
「面倒くさいことを……。わざわざそんなことをして確かめなくとも、わたくしの意思など関係なく結婚するのではありませんか? 王太子というあなたの地位を行使して。それで満足するべきですわ」
「それだよ! その冷たい態度が嫌なんだよ。氷点下! 凍るわ。冬より寒い冬……」
王太子マルクはテンションを少し下げて話を続けた。
「なあアレ姉、こいつのこと知ってるよな? 知らないとは言わせないぞ」
と王太子は隣りにたたずむピンク髪の可愛らしい少女に視線をやった。
ふわふわしたピンクのセミロングの髪に、髪色より少しだけ色の濃い、大きくてぱっちりした濃ピンクの瞳。全体的に可愛らしい彼女は、今アレリアを挑発するように可愛らしいお顔を歪めて微笑んでいた。
ネームプレートには一年二組エメリーヌ・パラド、騎士爵とある。
このシチュエーションには覚えがある。それどころか前世のアレリアの運命を決めた、嫌な場面の再現だ。
可愛い女の子が愛する男を掻っ攫うのだ。しかも男は女の子に首ったけで、こちらの言い分はみんな嘘と決めつける……。
アレリアの前世の享年は十八歳だった。今世のアレリアもつい先日十八歳になったばかりだ。
十八歳というのは、アレリアにとって人生の大事件が起こる歳なのだろか。
しかし、とにかく今は目の前のことを処理しなければならない。
このピンク髪の名前など知らない。
「さあ、どちら様でしょうか……」
「しらばっくれるんじゃない。彼女はエメリーヌ。アレ姉、あんたはこのいたいけなる新入生にあることないことしたそうじゃないか。そんな女は俺の結婚相手に相応しくない。そう思わないか?」
というか『ないこと』とか自分で言っちゃってるし。
しかしそれでもトラウマは刺激され、またこれか、とアレリアは重い気分になった。
嫌疑をかけられ、証明する機会すら与えられず、愛する人に捨てられる。
もうそんなのは御免だ。だからこそ愛してもいないマルク王太子の婚約破棄はありがたがいのではあるが……。
さあ、反論せずに受け入れて逃げきろう。こんなのは嫌だ。
逃げて家族のいるステブナン領に戻るのだ。何せ婚約者の王太子に捨てられたのだ、大手を振って逃げられる。
アレリアの頭はすでに実家の領の牧場で新たに生まれた羊にどんな名前を付けるかを考えていた。
「知らないはずはないぞ。アレ姉お前、食堂の砂糖壺の中身全部塩にしてたらしいな。エメリーヌがカップの縁までいっぱいに砂糖壺の砂糖入れてうわーい甘そーいただきまーす! ってじょりじょり飲んだらしょっぱくてカップの底で見知らぬ粗塩の結晶がじょりじょりしててうわっなんだこれ!? ってなってびっくりしたらしいぞ。謝れ」
いや待てなんだそのいたずら。
子供か。というか砂糖と思ってもそんなに入れるな。
あまりのアホさに逆に現実に引き戻されてしまったではないか。
「……待ってください、おかしい、おかしいでしょうそれは。信じますかそれ普通? そちらのご令嬢に騙されるにしてもももう少しマシな嘘に騙されて下さいませ。それで断罪されるわたくしが馬鹿みたいじゃないですか」
「ギャグセンスが悪いぞアレ姉」
「お待ち下さい殿下、今はお笑いでエンタメ張る時間ではありませんわ。ほんとに……」
アレリアは眉間を揉んだ。どうなってるんだ、これは。
「あの……失礼ながら太陽王国と名高いソレイユ王国の次代の王たる王太子殿下、その……。もしかしてどこかに頭でも強く打たれまして?」
「そうだ、俺はソレイユ王国の王太子……しかし本棚の角で頭打って衝撃で上から落ちてきた本が野菜の育て方の本で運命を感じた俺はこの国の農業を根本から見直し生産性を上げやがては周囲の国を巻き込んで農耕王と呼ばれるようになり、って長いわ!」
金髪美少年のノリツッコミ。
誠心誠意真面目な対応をしようとしているアレリアは、内心イラッとした。




