黒蓮と水鏡とすすみ
腹を縮めた河童はたくみを岸にあげた。先ほどの河童たちも興味半分で覗き込んでいる。
「天狗じゃねぇな」
紫色の河童はたくみの顔を確認して言った。彼らはたくみが息をしていようがいまいが、どうでもいいのだ。
黒色の河童は紫色の河童をちらりと見た。
―確かに、天狗とは違う
天狗の顔は赤い。だが翼が生えている子供の顔は赤くない。天狗の鼻は長いが、子供の鼻は長くない。それに天狗の髪は黒髪だ、だが意識の無い子供の髪は、白銀だった。
急いで息をしているか調べるが、呼吸はしていない。そして。
―天狗でないなら……
閉じている瞼を恐る恐る持ち上げると――
その瞳は透き通るような黄色だった。
「そんな、」
愕然としていると、
「……マジか、」
紫色の河童がぼそっと呟き、一歩後ずさった。その時川原の石がごり、と音を立て、黒色の河童は我に返り、とびかかるように蘇生を試みた。
「息しろ、息しろ……お願いだから息をしろ、まだ間に合う、逝くな、逝くなんてゆるさねぇ、起きろおおおおおおっ、ススミさまぁ!」
力の限り叫び、胸を押し、唇へくちばしを押し当てて息を送る。
川へ引きずりこんだ人間が意識を失ったときはこうすると息を吹き返す事があると、河童の間では一般的に知られていた。
「やべぇよ、」
「俺らススミ様殺したのか」
「長老に知れたら」
「俺らただじゃ済まねぇよ」
おろおろするばかりの河童達をよそに、紫色の河童はたくみの傍らに腰を下ろした。
「俺が胸を、お前は息を」
黒色の河童は力強く頷き、二人で蘇生が始まった。
「ひぃ、ふう、みい、……――みそぢ!」
胸の真ん中を素早く三十押した紫色の河童が黒色の河童へ首を向ければ、黒色の河童はすぐさま息を吹き込んだ。
それを三回ほど繰り返したとき。ぐほっ、と咳き込みながらたくみは息を吹き返した。
「生き返った!」
黒い河童はたくみに抱きついて泣いて喜ぶ。それから空を仰ぎ、地を拝み、最後にたくみを拝んでいると、紫色の河童はへなへなと川原にへたり込んだ。
「……助けて、くれたの」
掠れた声で囁いたたくみは周囲を見渡した。そこには色とりどりの河童が申し訳無さそうに佇んでいた。
そんな中、紫色の河童が頭を下げた。
「……ススミさま、ごめんなさい、ススミ様って知らなかったんだ、お詫びにススミ様の言うことなら何でも聞く、もう子供を引きずり込んだりしない、誓うよっ」
必死に訴えられるが、未だ何が起こったのか理解が難しいたくみは、掠れる声で誰とも無く聞いた。
「ススミって……?」
この問いに黒色の河童は驚いた。背中に立派な翼を授かった、瞳が黄色で、白髪の、そんな自分を知らないと言うのだから。
「……歩けるか」
黒色の河童が手を差し伸べれば、
「うん、」
たくみは躊躇うことなく水かきの付いた黒い手を掴んだ。
「さっきは助けてくれてありがとう、俺は黒蓮、お前は」
「あたしたくみ。君、……」
たくみは黒色の河童、黒蓮の顔を覗き込んだ。体つきは細身で、背はたくみよりも少し高い。国友で出会った長老とは似ても似つかない体系だが、彼の目は琥珀色で、長老の瞳の色と同じだった。
「長老?」
「長老? 俺が?」
突然言われて驚く黒蓮だったが、たくみは笑顔で押し通した。
「長老は黒蓮君って名前だったんだね」
「いやいや、決め付けんなって。俺は長老じゃない」
「私の中では長老なの、だから長老は長老なの」
「俺は長老になれるような立派な河童じゃない」
「ううん、私には分かるよ、立派な河童だって。だって、私を助けてくれたもの。声が聞こえたよ、ずっと呼んでくれていたんだよね。長老の声がするほうへ歩いていったら、戻ってこられたんだ。ありがとう」
「……そっか」
恥ずかしそうに俯いた後、たくみの手を引っ張って川へと歩いていった。
「ほら、」
水面を覗き込むようにしている長老に倣って一緒に覗き込めば。
「……翼だ」
水鏡に、立派な翼が映っていた。
「つばさだっ!」
もう一度言って長老に首を向けると、
「目も黄色いし、髪も白い」
長老はにかっと笑った。
「うそっ」
「ほんとだ。ススミ様の女人は生まれつき目が黄色くて、翼が生えるくらいびっくりすると髪の色も変わる」
―びっくりすると翼が生える……?
「いや、あたし……」
ススミじゃないから、と言おうと思ったその時。
堤の向こうから男の声がした。
「どこだぁー! 茅場の娘っこー!」





