翼
姉川は浅いとたくみは聞いていたが、河童が泳ぐのは随分深い場所だった。川底はずっと下のほう、川面はずっと上のほうだ。
―地面が避けてる……?
紫色の河童に脇を抱えられて川の中を進む。息を止め、初めは状況を確認することが出来ていたが、いよいよ苦しくなってくる。河童の腕を叩いて息が苦しいと訴えようとするが、河童はちらりとたくみを見下ろして、にやりと笑うだけだ。
―川から出して、息が、
苦しさのあまり足をばたつかせ、河童の腕に爪を立てる。けれど、河童は川から上がろうとしなかった。
―も、ぅ、……
苦しさが和らいで意識がふわりと離れてゆく。音は聞こえなくなり、水泡がやけに綺麗に見えた。
たくみの体の力が抜け、紫色の河童は笑った。
「おい、息が止まったぞ、早かっ――」
言いかけた、その刹那。
どごぉおおん!
たくみから発された衝撃波に、脇に通していた腕が外れ、いとも簡単に突き飛ばされる。河童達は乱れる水流に抗えず、木の葉の様に転がっていく。
「何が起こった!」
どうにか体勢を保ったあと、体をよじって周囲を確認する河童の目に映ったのは、水面へ向かって突き抜ける水柱だった。
「何だこれ……」
唖然と見上げたが、すぐに我に返り。
「あの餓鬼、どこ行きやがった」
水柱を追って水面へ頭を出した河童たちの頭に、水柱が雨になって降り注ぐ。
周囲を見渡したがたくみはいない。すると、川面に影が落ちている事に紫色の河童は気が付いた。その影は大きな鳥の様に見えた。
「……鳥、」
紫色の河童が空を見上げると、先ほど川に引きずり込んだたくみが立派な翼を広げて、空高くふわりと浮かんだ。
―天狗か?
天狗は変装をして人の中に紛れると聞いた事がある河童は、もしかしたら、と思う。
たくみはちょうど太陽を遮る位置にいて、天狗かどうか確認しようにもその顔は影になっていてわからない。だが次の瞬間。たくみはがくんと首を前に倒し、川へ真っ逆さまに落っこちてきた。
「……!」
その時黒色の河童が現れ。空気を吸いこんで膨らませた腹で見事にたくみを受け止めた。





