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国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
迷い込んだ先
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戦国新生活

 

 *


 遠くで金物を叩く音が聞こえ、たくみは目を覚ました。それはリズミカルで心地よい耳心地だ。

 ―此処は

 見慣れない和風の天井に違和感を覚えて体を起こせば和布団に寝かされている。しかも巨人用かと思うような大きさの着物を着せられて。

 黙って部屋を見渡すが人の気配はない。作り付けの棚にはざらざらした肌の茶色くてころんとした形の花瓶があってススキが生けられ、反対側の壁には掛け軸がかけてある。

 ―たたちゃんいなかった……あの男の子、大丈夫かな……

 思い出すのは一本たたらを探して見慣れぬドアを潜ったこと、そしたら外にいて、少年に出会って、怪我の手当てをして――

 ―吽形、おうちに帰ったのかな

 はぁ、と気の抜けた溜め息をついた。

 見渡せば、ここは今まで自分が過ごしてきた場所とは違う。それだけで急に襲ってくる不安感にすっくと立ち上がって一歩踏み出した。

 が、次の瞬間に着物の裾を踏みつけて顔面から転び “がふっ” と妙な声を発した。

 だが痛みにうずくまったりしない。強打した鼻を押さえて無言で再び立ち上がると着物の裾をたくし上げ。気持ちがいいほどすぱーんと障子を開くと部屋を飛び出した。

 飛び出したまでは良いものの、屋敷は思いのほか広く玄関がどこか分からない。きょろきょろ見渡して歩いていると庭に面した濡れ縁に出て、そこにはたくみの顔よりも大きいわらじが一足揃えてある。しめたとばかりにそれをつっかけて、ぺたぺた歩き回って出口を探す。

 塀沿いに歩いていくと見上げてしまうほどの立派な門があり、その向こうは通りに面しているようで人がちらほら歩いているのが見えた。

「わぁ」

 通りを見渡したたくみは目を丸くした。なぜなら、人々はたくみが着ている着物と同じものを着ているから。

 地味な色合い、くたびれた風合い、生活感のある着こなし。そのすべてが新鮮できらきら輝いて見えた。

 恐怖を感じて飛び出したはずなのに、着物を着た人を見つけた瞬間に好奇心のスイッチが入って往来へ飛び出していく。

 走り抜けながら見る景色は、真っ赤な鉄をトンチン叩く人、木材を削る人、のみととんかちを手に細かい作業をする人……

 ここは鍛冶屋の町だとたくみはすぐに分かった。だが、なぜ自分が此処にいるのかわからない。それでも答えを見つけたくて走っていると、小川のほとりの水場に座り込んだ女達がおしゃべりをしているところへ通りかかった。

 洗濯板で洗い物をしている彼女らは、全員が髪をひとつに結い、手拭のほっかむりをして。そして同じような地味な色柄の着物にしなしなの帯を柔く結んで、後ろからぱっと見ただけでは体系以外に判断材料が乏しく皆同じに見えた。

 女達はおしゃべりの途中にちらりとたくみを見やったがすぐにおしゃべりに戻った。だが、やはり妙だと感じ取ったのか三秒と経たないうちにたくみのほうへ一斉に顔を向けた。

「あんた、見かけない顔だねぇ」

 女に声を掛けられて足を止めたたくみは、彼女らを瞬時に観察し。

「私もみんなを見かけたことないの、全部が初めて」

 心から不思議そうに、けれど好奇心たっぷりに答えた。

「こりゃ一本取られたね」

 女たちは愉快そうに歯を見せて笑い、傍に来るように手招きをした。

「ずいぶん大きな小袖を着てるじゃないか」

 好奇心旺盛なのは彼女らも同じようで、楽しいものを見つけた様子で質問をしてくる。

「起きたら着てたの、あそこの立派な門のおうち」

 たくみが藤兵衛の屋敷のほうを指差すと女達は、

「へぇ! 藤兵衛さんの屋敷かぃ」

 驚きに声を上げたが、次の瞬間には藤兵衛に関する四方山話が開幕した。

「藤兵衛さん、いつの間にこんな可愛い娘をこさえてきたんだろうねぇ」

「所帯を持つ気配もなかったのに、やるもんだねぇ」

「そろそろ四十ったって男盛りだ、そりゃ出来ないほうがおかしいってもんだろ?」

「しかし、どこの女房捕まえたんだか」

「気になるねぇ」

 すると一人の女がたくみを舐めるように見てからこう言った。

「あんた、てては藤兵衛さんで、かかはどこの人で何て名だい」

 こさえてきた、という意味がよくわかっていないたくみは、女たちがなぜやいやいと噂をするのかすらわからない。そもそも藤兵衛さん自体知らないのだ。

「とうべいさん?」

 たくみが小首を傾げると女達は一斉に口をつぐみ、顔を見合わせた。体を寄せ合い小さな輪になってコソコソ話しているがたくみに筒抜けである。

「もしかして攫って来たんじゃないだろうね」

「藤兵衛さんがそんなことするかねぇ?」

「じゃあ、貰ってきたのかぃ?」

「こんな賢そうな娘を鉄砲鍛冶にくれるうちがどこにあるんだい」

「じゃあやっぱり……」

 攫ったの貰ったのと議論が交わされ、最後に辿り着いた意見を誰も口にしなかった。だが、その眼差しは可哀想なものを見るような、そんな印象を受けた。

「国友に来る前はどこに居たんだい?」

 女の何気ない一言にたくみの目は瞬時に輝きを増し、興奮気味に口を開いた。

「くにとも? ここ国友?」

「あぁ、国友さ。ほら、あそこにお城が見えるだろ?」

 女が指し示した先には小高い山があり、尾根沿いの森からひょっこり顔を出している天守が見えた。

「浅井様がお住まいの小谷城とは、あれのことさ」

 女は得意げに教えると、たくみは鼻の穴を膨らませてお城をじっと見据えているかと思えば、

「小谷城ぉー!」

 唐突に叫び、小谷城の方へ駆け出していったのを女達は呆然と見送った。






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