薮と少年と
*
ドアから光が漏れていたはずなのに、入ってみると中は真っ暗だった。けれど、瞬きをすると一瞬あの橙色が見える。目を閉じているときに光が見えるだなんて不思議だ、と思いながら奥へと進む。
「たたちゃん、」
呼びかけてみるも、返事は無い。
すると、外気が頬をなでていった。ここは部屋の中のはずだ、窓でも開いているのかと思って顔をあげた、その時。聞えてきたのは虫の声と、風にたなびく葉の音。青い草の匂いが鼻をくすぐって、まさかと思って空を見上げると。
―部屋の中じゃない
満天の星が輝く夜空には鎌のような鋭利な月が浮かんでいた。
―午前中のはずなのに
後ろを振り返れば、潜ってきたドアは無い。
ただ道が一本あって、両側は薮だった。
「たたちゃん!」
叫んでみるが、返事は無い。
動かない闇に目を閉じて、手を胸の前で合わせた。
“たたちゃん”
たくみは心の中で呼んだ。
その頃、枝と草で出来た粗末な小屋の中で、寝ていた一本たたらがもぞ、と動いた。
「誰だ、話しかけんのは……るっせーな」
そう言って目を瞑ると。盛大ないびきをかいて眠ってしまった。
心で呼んでも応答はなかった。不思議な空間に一人きり、途端に心配になった刹那。目を瞑っているのに美しい橙色の光を見つけた。それは先ほどのよりもしっかり明るい。
―近い。出口かも
目を開けると見えなくなってしまうから。目を瞑ったまま光のほうへと歩き出す。石に躓いて転び、草に引っかかりしながら足を進めた。
「出口こっち? ってか目を開けると真っ暗ってどゆこと」
歩いているうちに、サバイバルな感じがしてきて、なんだか楽しくなってしまう。
「目を瞑ると明かりが見えるなんてもしかしたら放射性物質とかかも……でも光ってるってだけで有難い」
きっと出口は近い。光はどんどん強くなっているのだから。
草を掻き分け進んでいると、光が人の形にぼんやり光っているのを見つけた。
「あれ、誰かいる」
それは二本足の人型で、一本足の一本たたらでは無いとすぐに分かった。体の中心でもやもや光る橙色の玉を抱き締めるような格好でうずくまっている。目を瞑った状態で光の輪郭だけ見ていても、何だか辛そうだった。
「あなた誰、体の中心がもやもや光ってる」
聞いてみるけれど、返事がない。
「もしかして、怪我してるからお口聞けないの? 右の腕、もやもやの色が他と違うし光が欠けてる所があるもの。 右の足もそう」
手当てをしなければ、と目を瞑ったまま腕を掴めば、
「やめろ、俺に触れるなっ」
少年の声がして、いきなり拒否されてしまう。けれどたくみにとってそんな事は気にするうちには入らない。怪我を放っておくのは、とてもよくないことだから。
リュックの中から道具を出して手当てを始めようとしたのだが、
「目を開けると暗すぎて傷が見えない」
そう、目を開けてしまうと光は見えなくなってしまう。
―そうだ、
たくみはリュックからサイリウムを取り出した。ぱきっと音がするまで折ってしゃかりと振れば、それは薄緑色に光りだした。
「こんなときのためのサイリウム。サバイバルって滾るわぁ」
サイリウムに浮かび上がった少年は、祭りで売ってるようなキャラのお面とはまた違う、目から上を隠す黒いお面をしていて顔がわからなかった。けれど、彼がサイリウムに見惚れている事だけは、その様子から分かった。
「真っ暗闇でお面していて見えるの?」
顔を覗き込めば、少年は我に返ったように、
「見える」
と、感情のない風に言った。
「何でお面取らないの?」
「取ったらいけない決まりだからだ」
「ちょっとだけ見せて」
「だめだ」
「手当てのお礼に」
「手当てを頼んだ覚えはない」
ぴしゃりと言われてしまい、たくみは引き下がるしかなかった。そして思い出す、手当てが途中だった事を。
それは深い傷だった。裂かれた様な傷口がぬらぬら光り、本当に大丈夫かと心配になる。けれど、今のたくみに出来ることと言えば消毒をして、清潔な布で巻いてやることだけだった。
「できたよ、大事にしてね」
少しでも痛みが和らげばと笑みを向けると、少年は思いのほか素直に礼を言った。
「ありがとう」
どう致しまして、と言おうと息をすった刹那。
地響きがして、足の裏が地面から押し上げられるように揺れた。





