劇場公開してるアニメとコラボしてるやつ
長浜駅まで歩いて、駅前で売ってみたけれど。マッチ売りの少女じゃあるまいし、気味悪がって誰一人クッキーを買ってくれる人は居なかった。一時間粘っても一個も売れず、帰ろうとしたとき。ぬぅんと現れたのはおうみ坊主だった。
たくみの前までやってくると、ぶるぶるん、とひょろひょろの手が現れて、麦藁帽子を取ってたくみの目の前に出した。その帽子はひどく汚れていて、つばの縁取りと帽子の部分に巻いてあるリボンは色あせて白く、びりびりに破け、しかも縁には所々焦げた跡があった。
その中に、百円硬貨が一枚だけ入っていて、たくみは顔をあげた。
「買ってくれるの?」
「んー……」
初めておうみ坊主の声を聞いた瞬間だった。唸っただけで他に何も言わないが、肯定しているようにたくみには聞こえた。
「ありがとう! お客さん第一号だよ」
帽子の中にクッキーを入れてやると、おうみ坊主はぶるるん、と体を震わせて琵琶湖のほうへ去っていった。
気をよくして、そのあと一時間粘ったけれど、買ってくれたのは結局おうみ坊主だけだった。
仕方なく来た道を戻る。クッキーは一枚減ったはずなのに、駅に向かうときよりも重たくなっているような気がする。
道すがら国友鉄砲ミュージアムの前を通りかかると、そこには団体客が大勢いて、小谷道を散策していた。
「館長さん、こんにちは」
「ああたくみ、こんにちは」
ミュージアムの前で観光客を眺めていた館長に声をかけると、たくみの体に合わない大きなかごを見て、館長は不思議そうに言った。
「かごを持ってどうしたんだい」
「クッキー売りに駅へ行ったの」
「クッキー売り?」
「うん、今日はクッキーとレモネード売る日なの。チャペルの前に屋台出てる」
「あー、今日はその日か」
でも、子供が売りに出かけるなんて初めて見たぞ?
と喉から出そうだったが、館長は飲み込んだ。
「どれ、一つ貰おう」
「ありがとう。百円だよ」
百円玉とクッキーを交換したとき、館長はかごの中をちらりと見て。それからその場でクッキーを頬張り、
「うん、美味いっ」
目元に皺を寄せて笑った。大きめのクッキーをぺろりと平らげた館長は、にこにことかごを覗きこんだ。
「随分たくさん入ってるな、これを売るのは骨が折れるだろう」
「うん、でも……全部売れるまで帰って来ちゃ駄目だって。これからどうしよう」
「何だって?」
驚く館長は腰を折ってたくみを覗き込んで。そして胸元の懐中時計を確認すれば、正午になるところだった。それからもう一度かごを覗き、体勢を戻して観光客を見渡し。最後に膝を折ってたくみと視線を合わせた。
「クッキー、とっても美味しかったよ。この美味しいクッキーをお客さんへ配りたいから、全部貰ってもいいかな」
にこやかに微笑めば、たくみは花が咲いたように笑った。
「館長さん、ありがとう!」
無邪気に喜ぶたくみに、館長はほっと胸を撫で下ろした。
「そうだ、お昼を一緒に食べないか。新発売のカップ麺があるんだ、しかもコラボ商品でね、なんと数量限定のとんこつしょうゆ味だ」
「もしかして今、劇場公開してるアニメとコラボしてるやつ?」
「そう、それだよ」
「シーエムで見てずっと気になってた、食べてみたい!」
「決まりだな、さ、お湯を沸かさなくてはね」
足取り軽くミュージアムへ入っていく二人だった。





