表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
88/381

劇場公開してるアニメとコラボしてるやつ

 

 長浜駅まで歩いて、駅前で売ってみたけれど。マッチ売りの少女じゃあるまいし、気味悪がって誰一人クッキーを買ってくれる人は居なかった。一時間粘っても一個も売れず、帰ろうとしたとき。ぬぅんと現れたのはおうみ坊主だった。


 たくみの前までやってくると、ぶるぶるん、とひょろひょろの手が現れて、麦藁帽子を取ってたくみの目の前に出した。その帽子はひどく汚れていて、つばの縁取りと帽子の部分に巻いてあるリボンは色あせて白く、びりびりに破け、しかも縁には所々焦げた跡があった。


 その中に、百円硬貨が一枚だけ入っていて、たくみは顔をあげた。


「買ってくれるの?」


「んー……」


 初めておうみ坊主の声を聞いた瞬間だった。唸っただけで他に何も言わないが、肯定しているようにたくみには聞こえた。


「ありがとう! お客さん第一号だよ」


 帽子の中にクッキーを入れてやると、おうみ坊主はぶるるん、と体を震わせて琵琶湖のほうへ去っていった。


 気をよくして、そのあと一時間粘ったけれど、買ってくれたのは結局おうみ坊主だけだった。

 仕方なく来た道を戻る。クッキーは一枚減ったはずなのに、駅に向かうときよりも重たくなっているような気がする。


 道すがら国友鉄砲ミュージアムの前を通りかかると、そこには団体客が大勢いて、小谷道を散策していた。


「館長さん、こんにちは」


「ああたくみ、こんにちは」


 ミュージアムの前で観光客を眺めていた館長に声をかけると、たくみの体に合わない大きなかごを見て、館長は不思議そうに言った。


「かごを持ってどうしたんだい」


「クッキー売りに駅へ行ったの」


「クッキー売り?」


「うん、今日はクッキーとレモネード売る日なの。チャペルの前に屋台出てる」


「あー、今日はその日か」


 でも、子供が売りに出かけるなんて初めて見たぞ?

 と喉から出そうだったが、館長は飲み込んだ。


「どれ、一つ貰おう」


「ありがとう。百円だよ」


 百円玉とクッキーを交換したとき、館長はかごの中をちらりと見て。それからその場でクッキーを頬張り、


「うん、美味いっ」


 目元に皺を寄せて笑った。大きめのクッキーをぺろりと平らげた館長は、にこにことかごを覗きこんだ。


「随分たくさん入ってるな、これを売るのは骨が折れるだろう」


「うん、でも……全部売れるまで帰って来ちゃ駄目だって。これからどうしよう」


「何だって?」


 驚く館長は腰を折ってたくみを覗き込んで。そして胸元の懐中時計を確認すれば、正午になるところだった。それからもう一度かごを覗き、体勢を戻して観光客を見渡し。最後に膝を折ってたくみと視線を合わせた。


「クッキー、とっても美味しかったよ。この美味しいクッキーをお客さんへ配りたいから、全部貰ってもいいかな」


 にこやかに微笑めば、たくみは花が咲いたように笑った。


「館長さん、ありがとう!」


 無邪気に喜ぶたくみに、館長はほっと胸を撫で下ろした。


「そうだ、お昼を一緒に食べないか。新発売のカップ麺があるんだ、しかもコラボ商品でね、なんと数量限定のとんこつしょうゆ味だ」


「もしかして今、劇場公開してるアニメとコラボしてるやつ?」


「そう、それだよ」


「シーエムで見てずっと気になってた、食べてみたい!」


「決まりだな、さ、お湯を沸かさなくてはね」


 足取り軽くミュージアムへ入っていく二人だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ