ナイス弥一
―何でこんな事しなくちゃいけないんだろう
ぽっと浮かんだ心の声に導かれ、恵みの家での暮らしを久しぶりに思い出した。
規則はそんなに厳しくなかったと思う。たくみがまだ小さかったからかも知れないが。それでも先生はとても優しかった。木のぬくもりを感じる先生だった。新しいお父さんとお母さんが見つかるようにと、先生は神社へよくお参りをしていた。
だがシスターは、どうなんだろう。たくみの寝ている間に礼拝堂で祈っているのだろうか。もしかすると、夜な夜な礼拝堂で、背中に付いているファスナーを下ろして、中から解放されるのはグレイではないか、という超次元的な考えに傾倒してゆく。
閉鎖的な宿舎の中で、更に箱に入れられ考えるのは、先日圭と一緒に読んだUMA本に載っていた、銀色の小さな宇宙人、グレイだった。
―絶対宇宙人だ
そう思うと、自分に対する酷い扱いに、漠然と理解が及ぶような気がした。
消灯時間になり、廊下の電灯までも落とされた。
すると弥一は、飛び跳ねてどこかへ行ってしまい、暗い廊下の箱の中、一人残された。
「明日、釣りに行く約束なのに」
膝を抱え、目を瞑った。
すると廊下の電灯がパチッとつき。弥一の首が飛び跳ねる独特な重い音と、人の足音が近づいてくる。
誰だろう、と思っていると足音は箱の前で止まり。小さな覗き穴から見えるズボンで分かった、来てくれたのは神父だと。
「おやおや、こんなところで寝ると風邪をひきますよ」
ダンボールで出来た箱はいとも簡単に外され、膝を抱えたままのたくみに弥一の首が飛びこんで、咄嗟に受け止めた。
「救出だぜ」
そう言ってにかっと笑う。
「神父、ありがとう」
弥一を胸に抱いて立ち上がる。
「礼は弥一に」
「ありがとう、弥一」
「明日、釣りに行くって言ってたろ? 早く寝ないといけないからよ」
矢が刺さったままの顔色の悪い首を、たくみはぎゅっと抱き締めた。
その時、シスターが部屋から出てきて、目を丸くした。
「神父、こんな時間にどうしたんですか」
「年に一度の火遊びの日ですからね、火の用心で宿舎を確認していました、そしたら、箱の中にたくみがいましてね。消灯時間を過ぎたというのに、部屋で寝ないと風邪をひいてしまいますからね」
「ええ、ですから、今から部屋に戻らせようかと、」
「そうでしたか、ついでですから私が部屋まで連れて行きましょう」
にこやかに言い、神父はたくみの肩を抱いて歩き出した。
残されたシスターは遠ざかる背中を眺める。神父に肩を抱かれているたくみに向ける視線は、段々と鋭くなっていた。





