愛が欲しい
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「暖かくなりましたから、小谷城へ行ってみようかと思います。安土城、比叡山も連れて行ってあげたいですね」
桜満開の温い晩、宿舎の応接で神父の淹れた紅茶を飲むシスターは、神父の話に小さな溜め息を吐いて、カップをソーサーに置いた。
「重里さん、」
神父へ向ける視線は、女の艶めきを帯びていた。
「どうしましたか、シスター」
その呼び名は地下室以外では決してしないと約束をしていた。そうとわかっていて呼んだシスターの視線を受け止めても、いつも通り柔和に返す神父に、シスターの瞳には寂しげな影が差した。
「あの子が来てから、キャンプに始まって、長浜城に、殿屋敷、姉川の散策……ほぼ毎週の様に重里さんは子供達と出かけていますね」
尚もシスターは重里と呼び、神父は少々困り顔で返した。
「日々子供達の世話を頑張ってくれる君の負担を軽くしようと思ったのだが、迷惑だったかな」
「それはとても感謝しています、でも、そういうことじゃなくて……」
シスターは歯切れ悪くまつげを伏せた。
柔らかな所作で紅茶を飲む神父には、年齢相応の余裕があった。そして淑やか笑みで、物腰優しく問うた。
「では、どういうことかな」
その問いに、シスターはひざの上で修道服を握った。その手に、猫の手の様にきゅっと力が入るのを、神父は優しい面持ちで眺める。
そして沈黙が降り、時計の秒針の音を数回聞いたあと。シスターが沈黙を破った。
「……私も、」
言いかけたところで壁の振り子時計がボーンと時を知らせ、シスターは口をつぐんだ。
その音は十一回鳴って、余韻が消えたあと。シスターのか弱い声が、静寂を振るわせた。
「……愛がほしいです」
優しげな笑みを崩さずに聞いていた神父は、おもむろに立ち上がり。
「愛は逃げません、私が約束の日を守らなかったことは一度も無いはずですよ。昼間の花見の支度や片づけで疲れているのでしょう、ゆっくりおやすみなさい、シスター」
優しく説いて、ドアを開き。
「おやすみなさい、神父」
シスターはまつげを伏せたまま、静かに応接を後にした。





