ススミの伝承
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土間に敷いたむしろへ童女は寝かされていた。
藤兵衛は提灯持ちをしていた利乃助に湯を支度をするよう命じ。その間、童女に着せる小袖を引っ張り出しながら、童女を思っていた。
―白銀の髪、光る羽、黄水晶のような瞳。口碑伝承通りの外見は古来より存在するススミ一族の証……
ススミ一族の男は成人すると燃えるような赤い眼に、女は生まれながらに黄水晶のような透き通った眼を持つと云われている。危機が迫ると髪の色が変わり、感情によって色の変わる翼が生えるという。
この眼を煎じて飲むと不老不死に効くとされ、時の帝や公家は金に糸目をつけず欲した。そして金目あての者たちに無尽蔵にススミは狩られた。多くは生け捕りにされて無残な死を迎えたと伝わっている。彼らの血に触れると災いが起こると信じられていたからだ。
―ススミ一族は遠い昔にこの世から姿を消したと言われていたが、生きていたとは
ススミと知らなかったとしても藤兵衛は夜明けの茅場に血まみれで倒れていた童女を拾っただろう。怪我をしている子供を放っておけるような冷酷な男ではない。それに、ほろ酔いではあったが子供が欲しいと願った矢先の出来事だっただけに、運命的な何かを感じたことは確かだ。
―ススミを知っている者に見つかれば小さな命はすぐに奪われてしまうだろう
「こんなものしかないが、今は仕方ない」
自分の小袖を一枚、腕に引っかけて部屋を出た。
「触れても大丈夫でしょうか」
火皿のか弱い明かりが揺れ、利乃助は鋏を片手に心配している。血に触れると災いが起こると思っているからだ。
ススミの伝承は藤兵衛の住む国友周辺で古来より伝えられてきたものだが、この話を語り継いだのは藤兵衛の祖父の代までだった。藤兵衛の父はそういったものを信じない新しい感覚を持った人で、祖父がススミの話をするのを目を輝かせて聞いている藤兵衛を横目に、
『子供をやたら怖がらせるんじゃねぇよ』
と父が鼻で笑って茶を飲んでいたのを不思議に思ったものだ。
革新的な人々の波に流されてこの話を知るものはもう、一握りの限られた者だけだ。
「貸しなさい、私がやろう」
利乃助から鋏を受け取った藤兵衛は童女の纏う珍妙な着物を切っていく。その体には引っ掻き傷や歯型がついているが、髪の色が黒くなっていくのに呼応するように傷は緩やかに癒えていく。
「傷が消えていきます、」
利乃助は食い入るように傷を観察して驚きの声を上げた。
「不思議な力だ。 しかしこの童女の血と浴びている血は色が違うな」
「それは私も不思議に思っておりました、気分が悪くなるこの臭いも一体なんでしょうか」
「この返り血、もしかすると人のものではないのかもしれないな。 だが傷が治ったのなら問題ないだろう、とにかく今はこの子を清める事が先決だ。手伝っておくれ」
「承知いたしました」
夜明けの土間には、布を切る鋏の音と湯桶で晒を絞る音が響いていた。