火の玉の目はどこに?
痛い、と尻持をついたたくみなどお構い無しの巫女は、蓑火へ首を向け、
「しばし、しばしお待ちを!」
巫女は歳を感じさせない身のこなしで蓑火が入っていた箱に腕を突っ込んで。勢いよく引っ張り出したその手には、何か掴んでいた。
「蓑火宿りです、これにお宿り下されよっ」
勢いよく葉っぱを突き出した巫女は、目の前の光景に、頓狂な声を出した。
「……へ?」
蓑火は尻持をついているたくみの周りを周回するだけで、たくみにくっつこうとしないのだ。するんと落ちてまた浮かぶ、を繰り返していた。
「もえないよ?」
蓑火に懐かれているたくみを見て、巫女ははわはわと口を動かして固まっていたが。小刻みに揺れる手をのろのろあげ、たくみを指差した。
「ぬしはたくみといったか……なぜ燃えぬ」
「そんなのわかんない」
カラリと返され、気が抜けた巫女はその場にへたり込んでしまう。巫女が座り込もうと、蓑火には関係ないようだった。
「いいにおい、」
「すき」
嬉しそうに浮いて、たくみの体すれすれを滑っては浮きつつ、嬉々としていいにおいと話す。
しかし蓑火の言ういいにおいが、何のにおいを指しているのか、たくみにも巫女にも分からなかった。
「蓑火様が喜んでおられる」
たくみの周りをふわふわ飛び続ける蓑火を見て、巫女が誰ともなく言うと、
「お外に出たかったんじゃない?」
たくみは巫女に返し、そして蓑火を視線で追った。
「あんな暗くて狭いところにいたら息が詰まっちゃう、ね」
すると、蓑火は答えた。
「もうずっと、」
「夜」
「夜? 今は昼間だよ?」
たくみが小首を傾げると、巫女が会話に割り込んだ。
「失礼な事を言うでない、蓑火様は目が不自由じゃ」
「え、目あるの!」
「あるに決まっておろうがっ」
火の玉に目があったとは、内心で驚いた。すると蓑火は言った。
「じゆう、とびたい、」
「見えなくても、とべる」
二つの蓑火の言葉は単調だが、これは心から願っているように聞えた。
「ですが蓑火様、人目につけば騒ぎになってしまいます」
「みこ、ゆーづー、きかない」
「みこ、きびしい」
文句たらたらの蓑火に、巫女は疲れた様子で言った。
「……宿りを新しいものに替えましょう、採って参りますから、それまで自由にお遊びください。くれぐれも、人の目に付いてはなりませんぞ」
猶予を残して、巫女は去っていった。
「色々大変なんだね」
巫女の姿が見えなくなってから、たくみは蓑火に話しかけた。
「じゆうに、みずうみ、」
「わたりたい」
「そっかぁ……」
自由にしてあげたい、そう思うも、自分の力では難しいだろう。
しばし思案するも答えが出ないまま。そこへ巫女が戻ってきた。ごわごわの手には青々とした草が握られている。
「蓑火様、お時間です」
巫女に促され、蓑火は草に落ち着くと、大人しく箱へと戻っていった。物言わぬ小さな炎の、どこにあるか分からないが、その背中が……酷く寂しげに見えた。
「おばあちゃん、蓑火をお外に出してあげて」
「……出してやりたいのは山々なんだが。そこら中に火がついてしまうからのぉ」
巫女は寂しげにまつげを伏せた。するとそこへ、圭の声が聞こえてきた。
「おーい、たくみー! 置いてくぞー!」
「やばっ、」
思い出したように、たくみは走り出す。その背中を見送る巫女は、
「蓑火を恐れぬとは、不思議な娘じゃ」
もごもごと呟いて、本殿を後にした。





