竜神と蓑火の伝説
紺碧の水面を舳先が割る。白波が立ち、波しぶきが心地いい。
「たくみ、今から行くのは竹生島です。聖武天皇がお告げを受けて行基と言うお坊様に開かせたのは始まりとされ、弁才天様が御奉りされています。この島の下には竜宮があるとも……とても歴史のある神秘の島です」
隣に座る神父が話すと、たくみの後ろで舵を取る船長が言った。
「そう、この島の周辺で漁をすると、島の竜神様がお怒りになって、たちまち蓑火がやってきて燃やされてしまう。だから今でも、俺たちはここで漁をしないのさ」
がっはっは、と景気よく笑い、嘘なのか本当なのか、わからなくなってくる。
「みのびってなに?」
たくみが船長に問うと、
「蓑火ってのはな、どこからともなく現れる、小さな火の玉のことさ。蛍色の炎で見た目は美しく、見惚れている間に服にくっついて、たちまち燃え上がる。払おうとするもんならもっと激しく燃えるんだ」
「くっついたらどうするの」
「湖に飛び込むのさ。けどな、湖には恐ろしい竜神様が住んでいる。飛び込めば飲み込まれ、もう戻っては来られない」
「方法がないの?」
「くっついた瞬間に服を脱いで湖に放ればいいだろうがなぁ。瞬く間に燃え広がるって話だ、それが出来たら苦労しねぇよな」
「みのび……こわいね」
「なぁに、竹生島を守っているだけさ。こちらも悪さをしなきゃ、蓑火は何もしてこない」
「いい子にしてないと駄目だ」
固く頷くたくみの頭を、神父は優しく撫ぜた。
「たくみはいい子ですよ、間違いありません」
ほんとう? と瞳で訴えかけるたくみに、神父は柔らかい笑みを返し。
「もしかすると、竜神や蓑火は渡来人様のお力なのではないか、などと考える時があります」
そう言って、慎ましく笑った。





