一本たたらの鍛冶講座。よこざ、はし、おいつち
“よこざと、はしと、おいつちって?”
「横座は、これだ」
一本たたらは、ジオラマの前面に据えられている、鉄砲鍛冶の透明パネルを指した。そのパネルにはたすきがけをした男がたたきに膝をつき、左手で道具を使って鉄をつまみ、右手にハンマーのようなものを持っている。
「わかりやすく言うと、親方が座る場所のこと。ハシはこれ、はさむ道具だ」
パネルの男が左手に持っている道具を指差した。それは柄の長いペンチのような道具で、奥の壁には大きさ様々に何種類も掛けてある。あれで摘まれたら最高に痛そうだと、何度見ても背筋が寒くなる。
「追い鎚ってのは、こいつのことだ」
先ほどのパネルの隣にある透明パネル越しに、一本たたらはにんと笑った。横座のパネルは座っていたが、こちらの追い鎚のパネルの男は立っていて、しかも上半身は裸んぼうで、柄の長い大きなハンマーのような道具を振りかぶっている。
「横座の指示で鉄を叩くことを追い鎚という。鉄の加工は一人じゃ難しいときがあるからな。ほら、この大きな鎚でガンガンいくぜ。っても、意外と繊細な作業だ。ちなみに、横座の親方が持つ鎚は小さい。ほら、これな」
一本たたらは横座の男が右手に持っている道具を指した。それは日曜大工に使いそうな鎚で、大きさが様々に壁際に飾られている。
“つちは、ハンマーと違うの?”
「さすがだな、いいところに気が付いた。ハンマーってのは頭の真ん中に柄が付いているが、鎚は頭の端に柄が付いてる。振り下ろすにはこのほうが安定して具合が良いのさ」
“それで鉄を叩くのか……やってみたい”
「ははっ、鉄を叩くには、まず練習だ。切り株に大鎚を振り下ろし感覚を磨くんだ。目的の場所へ振り下ろすってのは、これがまた難しい。横座の手なんぞ叩いたら、最悪だろ?」
“れんしゅうしたい”
「気持ちはわかるが、たくみにはまだ大槌は重たすぎる、もうちっと大きくなったらな」
“残念”
「その代わり、と言っちゃあなんだが。この細工場で行われている作業、鉄砲の張立てっていうんだが……これを、そのうち教えてやるから」
“はりだて、知りたい、うしなわれたぎじゅじゅ!”
「今は失われたな。ま、俺が知ってるから問題ねえ。でな、あそこにあるのがセン、それからヤスリだ」
奥の壁に飾ってある、刃物の両側に柄の付いた道具、それから平たくてざらざらした長い棒を一本たたらは差した。
「センは両端の柄を持って、鉄を削る道具だ。ヤスリも鉄を削る道具だが、センは大胆な荒削り、ヤスリは細かい部分を繊細に削る感じだ。まぁ、ヤスリにも種類があって目が荒いもの、細かいものとある。作るものによって道具も様々、だから鍛冶職人は鍛冶で使う道具も一つ一つ自分で作るものさ」
“手作り、格好良すぎる……!”
感動しすぎてはわはわしているたくみの隣へ、一本たたらがやって来た。
「なぁ、そろそろ時間じゃねぇのか」
時計も無いのに、一本たたらは思い出したように言った。
“たたちゃん時間わかるの”
「勘だな」
“たたちゃんの勘、よく当たりそう”
「まーな」
“今日もありがとう、また来るね”
「おー、次は火に関係する事を話そうな」
“楽しみにしてる”
「じゃあね」
最後に小さい声で別れを告げると、一本たたらは歯を見せて裂けた口を横に引き伸ばし、
「じゃあな」
と笑った。
一階へ降りて圭を待ったのは、ほんの数分のことだった。一本たたらの勘の鋭さに感心しながら、たくみはミュージアムを後にした。





