優しい幽霊と赤鬼人間
小一時間ほど目を瞑っていたたくみは、窓から差し込む光の下でのろのろと瞼を上げた。
「起きたか」
視線を上げると顔色の悪い首、弥一がにっと笑う。
「ぅん、起きた」
「板敷きのベッドじゃ体が痛くなっちまうから、部屋に戻って寝たほうが良い。俺はいつもここにいる。夜はたまに急用が入るが、いつでも来いよ」
「落ち武者の急用?」
「皆まで聞くなって。たくみも昨日見ただろ、その、地下室の――」
「あー。あれ」
「そ。アレだ」
「覗くのすけべ」
「ったりめぇだろ、死んでも男よ」
「…………そっか、やいち死んだのか」
「真剣に言うなって。さっき話したろ、気づくのおせ~よ。それに、この恰好見りゃわかんだろ、俺ァ首から上だけだぞ」
「ほんとだね。ねぇ、頭の矢、抜いてもいい?」
「駄目。これ結構気に入ってんだよ」
「えぇ……見ただけで痛い」
「戦ってのはそーいうもんだろ。この矢はよ、逃げずにぶつかっていった証拠だ。……ま、体があればもっと便利だろうがな」
「ふぅん」
「じっとりした目で見んなって! チビには武士の心がわからねえかなぁ」
「チビだから、今はよくわからないかも」
「今は、か。……そうだな、きっと分かる日が来るさ」
「そーかなぁ」
「そーさ」
弥一が歯を見せて笑った、刹那――
開かずの扉のドアが突然開き。そこに立っていたのは、シスターだった。
「この部屋に入ってはいけないと教えたはずですっ!」
突然声を荒げるシスターに、たくみは反射的に立ち上がり、硬直して返事はままならない。隣の弥一もシスターの勢いに固まっている。
「赤鬼みたいだな」
シスターの顔を見た弥一がぼそっと呟くが、幸い、シスターには聞こえていない。
「規則を破ったら、罰を受けてもらいますっ、こちらへ来なさい」
有無も言わせない勢いで、たくみの腕を乱暴に握ると。持ち上げるようにして引きずりながら部屋を出て行った。
「抵抗できねぇ子供にひでぇことしやがるな、聖女気取りの売女が。手足があったら塩撒いてやるところだぜ」
弥一はぺっ、と唾を吐き捨てた。





