グッドルッキング
「見た見た? 初めてにしてはあたし頑張ったよね」
興奮冷めやらぬ様子の童女が少年の元へ戻ってくる。吽形から噴出していた赤黒い霧、 “瘴気” にまみれても屈託なく笑いながら。
初めてにしては頑張った、というより天性の物を持っていると出会った瞬間に分かっていた少年は拍子抜けして問う。
「お前、気が付いてないのか」
「何に気が付くの? 口が臭いとかだったら心が折れる」
カラリと話す様子に少年の心が屈しそうになるが、
「そういうことじゃなくて、」
ちゃんと説明しようと思うのに童女はその口を閉じることをせず話し続けた。
「頑張ったんだからお面とって見せてよ、絶対グッドルッキングに決まってる、あたしのいい男センサーがバシバシ感じちゃってるもん」
鼻息荒く話す童女に、約束してしまったものは仕方がないと腹をくくった少年はお面を留める紐に手をかけた、その刹那。
童女はあらぬほうを見て「あ、」と一言、体が傾いていく。
「おいっ、」
足を動かせない少年の背には燃えるような色の光を放つ大きな翼が突如広がった。勢いよく羽ばたいて片足で立ち上がる。片腕で童女を抱きとめたが怪我の痛みに耐え切れず背中から倒れてしまう。
「大丈夫かっ」
翼が緩衝材になったお陰で難を逃れた少年の胸の上で、童女は弱く唸るだけ。
もしやと思う少年は童女の瘴気に汚れた珍妙な衣服の袖をたくし上げ、愕然とした。引っ掻き傷や噛まれた歯型がくっきり残っていたからだ。
「これで瘴気の中に立ってたのか」
瘴気に当たれば通常の人間ならすぐに気を失う、怪我をしていればそこから瘴気が巡って命に関わる。
「お前やっぱり変だ、絶対変だ」
口では罵るような事を言う少年だが。童女が握っていた刀で自らの手のひらを傷つけ童女の口元に寄せた。
「飲めっ」
口元に塗りつけ、童女が舐めるのを確認する。
するとどうだろう、童女の黒髪が白銀に変わり、黒かった瞳も黄水晶の様な色味に変化した。
童女を腕に抱いてため息をつく。これで大丈夫だろう。
その時、草木も眠るこんな時間に人の足音を聞き取った。息を潜めて耳を澄ませていたが、確実にこちらへ近づいてきている。
自分の存在を知られるのは避けたい。本能的に抱き止める腕を解いた。
「さよならだ、たくみ」
童女を茅場に寝かせ。突如背中に現れた見事な翼をぎこちなく羽ばたかせてゆらゆらと宵の空に消えていく。
残された童女は朦朧とする意識の中で見た、翼をはためかせて飛び去る少年を。
キレイ……
そこへ光る羽が一枚舞い落ちてくる。手を伸ばせば、意識は暗闇に落ちていった。