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一本たたらとおうみ坊主
たくみは心の中で声を出す。声に出してしまえば圭に不審がられるのは分かっている。幼心にもそれだけは避けたかった。
すると、たくみの後方から、威勢のいい声がした。
「おうみ坊主じゃねぇか!」
その声は、一本たたらだった。
一本たたらの声は誰にも聞こえていない。だからたくみも振り向かないで歩く。すると、びょんびょんと跳躍をしてたくみを追い越そうとした一本たたらは、振り向きざまににかっと笑い、
「よっ、たくみ。また遊ぼうな」
と声を掛けた。
―うん、また遊ぼうね
たくみは心の中で返事をすると、一本たたらは手を振って答えた。
「おー、楽しみにしてる」
おうみ坊主と呼んだ麦藁帽子のぶよぶよと一本たたらは落ち合うと、一本たたらは気さくな感じで話しかけている。するとおうみ坊主はたくみのほうへ首を向けたような……気がして。それからぶるぶると手が生え、麦藁帽子をちょこんと上げて会釈をよこした。
たくみが小さく手を振れば、彼らは歩き出し。人波に消えていった。
声を出さなくても会話が出来た。
誰にも知られずにご挨拶が出来たことが、たくみはとても嬉しかった。





