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国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
茅場の怪
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お面の下を拝むまで


 「なにっ、揺れてる」


 童女は動揺して辺りを見渡すが真っ暗でよくわからず、そばにあったサイリウムと手に取ると。


「みぃつぅけぇたぁぁぁ……」


 頭上を覗き込むように現れたのは丸々太った仁王像。これを見上げる童女は口をあけたまま、度肝を抜かれて声も出ない。


「阿形の仇ぃ」


 おどろおどろしい声を轟かせるのは吽形だった。

 すると、童女は驚きを隠さず、更に悲壮な顔で言う。


「仇って、あんた悪いことしたの? そんな風には見えないけども!」

「阿形をやったのは確かに俺だ、だが理由がある」


 舌を打つ少年は背負っている刀を留めている胸元の紐を解く。すると、


「理由って何! 追いかけられてるなら逃げないとっ」


 童女は少年の着物を掴んで前後にぶんぶん振るのに、少年は立ち上がろうとしない。

 否、立ち上がれないのだ。


「今は戦え、でなきゃお前も俺も此処で終いだ」


 こいつが一緒に戦う、そう言って差し出した刀を勢いよく受け取ったまではよかったものの、サイリウムと刀を握っている童女の体は明らかに震えて足が地面に縫いつけられてしまっている。


「刀を抜け、ゆっくりでいい」


 少年の言葉に震えながら頷く童女は、左手に柄を持って引っ張ってみるが簡単に抜けず、若干の勢いをつけて抜刀した。

 そのとき、


「イタッ、親指切った! なにもうっ、スパパーンと抜けないわけ?」


 自分のせいで怪我をしたのに刀に文句をつける余裕がある童女に、仁王像が牛よりも大きいのではないかと思しき腕を振り下ろしにかかる。それはぶわりと風を巻き起こして暗闇でもその動きを察することが出来るほどだ。


「刀振り回したことなんかないんだけどおおおおおおおおお!」


 自分を標的とした何かが来る、それを察知した童女の声は闇を引き裂くが肝心の腕も足も動く気配がない。

 一瞬でひねり潰されてしまいそうな光景にぞわっと背筋が凍った少年だったが、機転を利かせて大きく息を吸い。


「お面の下を見たきゃ勝て!」


 この叫びは童女の顔つきを一瞬で変えた。


 ーお面の下……拝みたい!


 先程までの恐れはどこかに消え、仁王像を睨み据えて静かに刀を構え、そして。


「お面の下拝むまではぁ~、絶対死ねなぁあああああい!」


 天をも裂くような気合を入れると、その声に呼応するように刀は蒼白い光をまとい頭上に落ちてくる手をなぎ払った。

 しかし反撃は此処まで、でたらめに刀を振り回す童女の攻撃などいとも簡単に弾き返され、しかも仁王像は斬られても堪えているように感じられない。


「真っ暗で全然当たらないし!」


 目を見開いて、仁王像の大きな影を視界に入れたまま童女は叫ぶ。仁王像の間合いに少年が入らぬよう囮になってじわじわと距離を離していくのが精一杯だ。

 すると少年の声が暗闇を裂き、矢の如く童女に届く。


「心の目で見ろ!俺を見たようにっ。 目を開けて見えるものだけがすべてじゃない!」

「お面の彼を見たように……」


 少年の言葉に童女は思い出したように。


 ぎゅっと目を瞑る童女の前に浮かび上がるのは、闇に染まって見えなかったはずの吽形の輪郭、もやもやと光り浮かび上がる。


 それを見た童女の全身には鳥肌が立ち、こくりと喉が動く。飲み込んだのは生唾というよりもほとんど空気だ。

 なぜなら、仁王像の光は少年のそれと色も形も違うからだ。


 少年の体内に見えるもやもやは橙色で、胸の中心には同じ色のもやもやした塊があった。まるで黒い下敷き越しに観察する太陽のように神秘的で美しく、それが放つ光に引き寄せられて見慣れぬドアをくぐってきてしまったのだから。

 だがこの吽形の色はどす黒くくすんだ赤色で、もやもやの固まりは頭に集中していた。


「頭にもやもやが集中してる!」


 目を瞑ったまま童女は叫ぶと、少年はすぐさま応ずる。


「其処が弱点だ!」


 それに対して童女も刹那に言葉を返し。


「届かないしー!」


 そう、まだ幼い童女には到底届くはずのない高さに頭はある。

 ―この丸太のような足を屈する事が出来れば頭に届くかも

 そう思った童女の耳に、


 “同感だ、離すでないぞ”


 男の声が聞えたと思った刹那、刀は勝手に吽形へ向かっていってしまう。



「なんか喋った……! って勝手に動く!」





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