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国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
麗しのお兄さん
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らいごう

「ごーーーールァっ」

 朝星を力いっぱい振れば、元々腐りかけの死者の皮膚は簡単に潰れ、骨盤が砕け、地面へくず折れた。

「まだ動くの」

 しかし、体が二つ折りになっても尚、死者は動いていた。足を掴もうとして伸ばしている手を避け、死者の弱点を探そうと目を瞑ったが、死者達のどこにも光は見えなかった。

 弱点が見出せない状況で、たくみは思い出した。“人を食らっている” と逃げてきた人が話していたことを。

 ―なら、口を潰してしまえば食べられないはず。……でも待てよ

 人の顔を鉄球で叩き潰すなど考えた事も無い、それは人としての道を逸れた重罪のように思えた。だが、

 ―一度死んだ人だ、もう一度死んだところでどうという事は無い、見た目が悪いだけ!

 自分に言い聞かせて、勢い任せに朝星を地面へ振り下ろした。

 いがの付いた鉄球は死者の顔面に命中し、脆くなっていた肉体は簡単に潰れた。口どころか頭部は粉砕して臭い汁が飛び散り、すぐに動かなくなった。

「ごめん、口だけのつもりだった……でも教えてくれてありがとう、頭が無ければ沈黙するって」

 培ってきた道徳を捨て、勝機を見出したたくみが、動きの緩慢な死者の頭を攻撃するのに時間はかからなかった。

 雨粒がまつげから垂れて目がしばしばする以外、滞りなく残りの死者の頭を潰して沈黙させた。

「後でお墓に埋めてあげるから」

 死体に言い残し、本堂に駆け上がり。誰も居そうにない真っ暗な戸を乱暴に開いた。


 寺の本堂内は小谷の喧騒が嘘の様に静まり返って、埃とカビの臭いがした。そしてたくみは見つけた。影になって浮かび上がる御本尊の前で袈裟を着た坊主が一人、手を合わせて座っているのを。

 坊主の背中は薄気味が悪かった。足を一歩踏み入れれば耳に聞こえていた雨音が遠ざかり、恐ろしいほどの静寂に生唾を飲む。

「……あんた、何者」

 暗闇に問うと、坊主は手を合わせたまま、背中越しに返した。

「まずは自分から名乗るものだ」

 意外にも、声音は恐ろしくなかった。優しく諭すような話しぶりに、たくみは強烈な恐怖を感じた。

「あたしはたくみ。国友のたくみ」

「死の商いをしている国友の、たくみか。私は頼豪、都の寺にて住職をしていた」

「していた? それはいつの話なの」

「つい先日までだ」

「それで、単刀直入に聞くけど、死者を操って小谷の人を襲わせているのは……頼豪さん、あなたでしょ」

 すると頼豪は顔をあげた。だが、振り向きはしなかった。

「ほぅ、知っていて訪ねてくるとは……浅井の差金か。所詮人は私に指一本触れられはしないのだから、無駄な事だ」

「やっぱり頼豪さんの仕業なんだね、あたしは浅井様とは関係ない、自分の意志でここに来た。罪のない人が、女子供が、こんな夜更けに、雨の中を死に物狂いで逃げてくるなんて、おかしいよ、絶対……こんな事はやめて、とっととお家へ帰って」

 すると、頼豪は大げさに溜め息をついた。

「たくみ、お前はここで死ぬのだから聞かせてやるが……俺の恨みはこれだけで晴らせはしないのだよ」

「うらみ? 浅井様に恨みがあるって言うの」

「死んでも死に切れず、妖怪に堕ちるほどにな」

「……もしかしたら、力になれるかも知れ――」

「嘘をつくな、童女が私の力になどなれるはずがない」

「決め付けるのは簡単だけどっ――」

「ならばたくみ、園城寺の戒壇を建立する費用を賄えるのか」

「聞くだけ聞いとく……幾らよ」

「たくみが一生働いて稼いだ銭では、到底足りぬ」

「じゃあ、みんなから集めたらどうなの」

「もし、それで賄えたとして。次に建立の許可を得なければならない」

「誰に?」

「時の帝、白河天皇だ」

 頼豪の手中にある数珠が、ざり、と擦れあう音がして、纏う空気が一瞬で殺気立ったものに変わった。そして感情を押し殺した声音で、頼豪は言った。

「……そう、帝の皇子誕生を祈願した。皇子が生まれた暁には私の願いを何でも叶えると……帝は約束をした」

 だが段々と、感情の抑制が効かなくなってきている事は、明らかだった。すっくと立ち上がって振り向くと、真っ黒い眼光をたくみに向け。恐ろしく低い声で言った。

「だから俺は命を削り、死の淵に立って願った。いや、死に片足を突っ込んで願ったといったほうが正しい」

 禍々しい顔つきと口調で言いきった後、声音はぱっと切り替わって至極明るい雰囲気で言った。だがそれは段々早口になり、最後には狂気が滲んでいた。

「そして敦分親王が誕生した。俺は帝の望み通りの願いを叶えたんだ! その見返りに寺の戒壇を建てる許しを願い出た、ただそれだけのことっ! ……だのに帝は私の願いをかなえなかった! 近江の浅井が謀ったからだ!」

 天を仰いで叫ぶように話した頼豪に、たくみは聞き返した。

「それいつの時代の話よっ、それに浅井様がどうやって謀ったっていうのっ」

「ついこの前の話だ、どう謀ったかなど道筋は必要ない、謀ったという事実だけで十分だ」

「理由があるかも知れないら!」

「知ったところで殺すまでよ」

 引きつるように笑う頼豪の狂気と、周りが見えないほど怨恨に焼かれている様子に、何を話しても平行線だとたくみは思った。

 ―なら、実力行使に出るまで

「わからずやな妖怪は、退散なんだよおおお!」

 一気に間を詰めて朝星をぶつけようと振りかぶった。



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