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国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
麗しのお兄さん
172/381

てつのねずみ

 

 ***


 雨の合間の温く怠惰な晩。

 荒れた都の東、阿弥陀ヶ峰の谷に転がる死体の海の中で、経を唱える僧侶がいた。

 木の枝に引っかけられた亡骸を鳥がついばみ、淀む死臭に野良犬が集まってくる。

 足元の亡骸は達磨のように膨らみ、くぐもった音を立てて弾け、萎んでゆく。それは亡骸が動いたようにも見えた。

 ここは魂の抜けたあとの肉体が捨てられる地、鳥辺野。

 髑髏の目にトカゲが入っていったのを、僧侶はじっと見下ろしている。

 いつの間にか、僧侶の経は終わっていた。

 蛆が這い回る小さな音がこだます谷は、死臭の霧に息をすることさえ難しい。地面に近くなればなるほど臭いは溜まっていた。にもかかわらず、ぬぅっと犬の様に四つん這いになった僧侶は、地面付近のにおいを嗅いだ。累々と積み重なる死体を見渡し、隙間だらけの歯を見せて卑しく微笑む。そして、一気に亡骸へかぶりついた。

「美味い……ぅまい…………んっ、」

 亡骸の骨をゴリゴリ噛んでいると突然、その骨が砕けていくつかの骨が口内に突き刺さった。

「プッ」

 口の中に残る砕けた骨を吐き出した僧侶は、何事もなかったかのように亡骸を食べ続けた。

 が。

「んごっ……ぐっ、ごぉっ……!」

 突然もがき苦しんだかと思えば、呆気なくその場に倒れた。




 谷の上からそれを見下ろしていた影が、ゆらりと立ち上がり。

 死体と同じにしか見えない僧侶のそばにやってきて、こう告げた。

「鉄鼠、お前の望み、園城寺の戒壇建立を阻止するよう謀ったのは近江の浅井だ」

「あ……さぃ……近江の、」

 死体の海に沈む鉄鼠と呼ばれた僧侶は、虚ろな眼で呟いた。

「そうだ。復讐するは近江の浅井」

「復、讐……浅井……この怨み、晴らしてくれる……!」

 鉄鼠は思い出したように歯を食いしばって言葉を搾り出すと、むくっと立ち上がり。額に青筋を立てて亡骸を踏み閉めた瞬間、その体には毛が生え、袈裟を着た鼠は闇に消えていった。




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