てつのねずみ
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雨の合間の温く怠惰な晩。
荒れた都の東、阿弥陀ヶ峰の谷に転がる死体の海の中で、経を唱える僧侶がいた。
木の枝に引っかけられた亡骸を鳥がついばみ、淀む死臭に野良犬が集まってくる。
足元の亡骸は達磨のように膨らみ、くぐもった音を立てて弾け、萎んでゆく。それは亡骸が動いたようにも見えた。
ここは魂の抜けたあとの肉体が捨てられる地、鳥辺野。
髑髏の目にトカゲが入っていったのを、僧侶はじっと見下ろしている。
いつの間にか、僧侶の経は終わっていた。
蛆が這い回る小さな音がこだます谷は、死臭の霧に息をすることさえ難しい。地面に近くなればなるほど臭いは溜まっていた。にもかかわらず、ぬぅっと犬の様に四つん這いになった僧侶は、地面付近のにおいを嗅いだ。累々と積み重なる死体を見渡し、隙間だらけの歯を見せて卑しく微笑む。そして、一気に亡骸へかぶりついた。
「美味い……ぅまい…………んっ、」
亡骸の骨をゴリゴリ噛んでいると突然、その骨が砕けていくつかの骨が口内に突き刺さった。
「プッ」
口の中に残る砕けた骨を吐き出した僧侶は、何事もなかったかのように亡骸を食べ続けた。
が。
「んごっ……ぐっ、ごぉっ……!」
突然もがき苦しんだかと思えば、呆気なくその場に倒れた。
谷の上からそれを見下ろしていた影が、ゆらりと立ち上がり。
死体と同じにしか見えない僧侶のそばにやってきて、こう告げた。
「鉄鼠、お前の望み、園城寺の戒壇建立を阻止するよう謀ったのは近江の浅井だ」
「あ……さぃ……近江の、」
死体の海に沈む鉄鼠と呼ばれた僧侶は、虚ろな眼で呟いた。
「そうだ。復讐するは近江の浅井」
「復、讐……浅井……この怨み、晴らしてくれる……!」
鉄鼠は思い出したように歯を食いしばって言葉を搾り出すと、むくっと立ち上がり。額に青筋を立てて亡骸を踏み閉めた瞬間、その体には毛が生え、袈裟を着た鼠は闇に消えていった。





