圭
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廊下を走ってはいけません――
挨拶ははっきり元気よく――
朝は六時に起きて、夜は九時に寝ます――
夕方の四時までに帰ってきなさい――
シスターは案内の最中、色んな約束事を話した。中でも気になったのは、
このドアの向こうへ行ってはいけません――
と念を押された二つのドア。
なぜ、と聞いても。
「だめなものはだめなのよ」
と、シスターはにこやかに言うだけだった。
一通り屋敷を案内したシスターは、大きなドアの前で足を止めた。中からは、子供の声や歩き回る音が聞こえてくる。
「今日からあなたの兄弟になる子達を紹介するわ」
シスターが真鍮のノブを回すとドアは開き――
今まで子供の声がしていたのがぴたりと止んで、散らかったおもちゃを急いで片付けている。それは風のような速さで、一瞬のうちに部屋からおもちゃが消えた。
それをシスターは微笑んで見渡して。直立する子供達を手招きして傍へ呼び寄せた。
「皆さん、今日から育みの家で一緒に暮らすことになった、たくみちゃんです」
たくみと同じ年位の子から、歳の離れたお兄さんお姉さんまで、総勢十五人ほどの子供がたくみをじっと見つめている。子供らは一様に押し黙り、表情は無い。
「たくみちゃん、自己紹介できるかしら」
「うん。ほうじょうたくみ、さんさい」
神父に見せたのと同じように、指で三を作ってみせた。するとシスターは子供達の中から、たくみより少しお兄さんの男の子へ首を向けた。
「圭君、たくみちゃんに部屋の使い方を教えてあげて。ベッドは一番下の空いているところを使って」
「はい」
「たくみちゃんも、分からないことがあったら圭君に聞くのよ」
「はーい」
にこやかなシスターが部屋を出て行くと、子供達の体から一斉に力が抜け。たくみが聞き取れない早さで各々自己紹介をしてから、一目散におもちゃへと駆け出していった。
「たくみ、部屋はこっち」
少しお兄さんの圭に手を引かれ、部屋を出た。
階段をのぼり、案内された部屋は、壁際に三段のベッド、反対の壁際には机が並び、入り口すぐ横の壁には個人の荷物を入れる棚があった。
「俺の下が空いてるから、ここ使えよ」
圭は三段ベッドの一番下を指差した。
「このシーツを広げて敷くんだ。ほら、反対側持って」
「うん」
見よう見真似でやってみようとは思うのだが、三歳にベッドメイキングが出来るはずも無く。
「どれ、俺が代わってやる」
そう言って圭は慣れた様子出でベッドを用意してくれた。手伝いが上手く出来なくて残念そうにしているたくみを見た圭は、ニコッと笑ってたくみの頭を撫ぜた。
「すぐに出来るようになるさ。それまでは俺が手伝ってやるから心配すんな」
「うん、ありがとう」
幼心に、圭の優しさが嬉しかった。