たかとつるの予言
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その夜のこと。人通りの無くなった往来を提灯片手に歩いている藤兵衛は、ぼんやりとした提灯の灯りの向こうに人影を見つけた。誰かわからなかったが軽く会釈をして通り過ぎようとした刹那、女の声に呼び止められて足を止めた。
「こんばんは藤兵衛さん、どこへ行くんだい?」
―商売女か? それにしては色気の無い言いっぷりだ
そんな風に思う藤兵衛が提灯を向けると、そこにいたのはつるとたかの二人だった。
「つるさんとたかさんじゃないか、二人揃ってどうしたんだい、こんな夜に」
藤兵衛は笑顔で話すが女二人はにこりともしない。どうしたのだろうと思っているところに、つるが口を開いた。
「あたしらは藤兵衛さんに話があってねぇ」
「話とは何だい、浅井様に呼ばれているんでね、手短に頼むよ」
「浅井様だって? そんなの後におしよ、たくみが具合を悪くしてるって言うのに」
「大事な用事だ、穴を開けるわけには行かないんだよ」
「ふぅん、藤兵衛さんは娘よりも浅井様のほうが大事なんだそうだよ、おたかさん」
つるはたかに援護を求めると、たかは呆れかえった様子で口を開いた。
「薄情な父親だねぇ。あの子はね、毎晩夜になると通りで藤兵衛さんを待ってるんだ、昨日の雨の中も一人で通りに立って真っ暗闇に向かってこう言ってたよ、 “早く帰ってこないかな” ってね。このまま橋を渡って国友を出て行くんなら、たくみはあたしらが育てる。藤兵衛さんに任せて置いたらあの子は死んじまうよっ」
「そうさ、あたしら決めたんだ」
つるとたかが頷き合うと、目を見開いて聞いていた藤兵衛はつるとたかに提灯を押し付け、身を翻して一目散に屋敷のほうへ駆けていった。
その慌てぶりを見送ったつるとたかが肩を抱き合うのを、ちらちら輝く星影が照らしていた。
荒っぽく叩かれる戸に「はいはい」とのんきに返す男はかんぬきを取って、すべりの悪い戸をがたがたと開く。すると戸を叩いていた男は待ちきれずに体をねじ込むように店に押し入り、肩で息をして苦しそうだ。
「藤兵衛さんかぃ、どうしたね、こんな夜に」
行燈の火に影を作る年配の男が珍しそうな顔をした。
「む、娘が……風邪を 引いてね、薬を、もら えるかい」
「ほぅ、それで、年は幾つで、症状は」
薬屋に聞かれても、藤兵衛はすぐに答えられなかった。走ってきたせいで苦しくて答えられないのではない、たくみの歳を聞いた事もないし、どんな具合なのかもこの目で見ていないからだ。
はぁはぁと息を上げて黙りこくっている藤兵衛に、薬屋は。
「あの子はたまに遊びに来ちゃ、薬の知識を深めているよ、とうちゃんが病気になってもあたしが治してあげるんだ、なんて話していたよ。 可愛いじゃないか。 藤兵衛さん、あんた幸せもんだねぇ、大事にしてやらなくちゃあいけないよ」
そう言って、薬棚からあらかじめ用意してあった薬に微笑みを添え、藤兵衛の手にしっかりと置いた。
「これは、私からのお見舞いさ。 たくみ坊にまた遊びに来るよう伝えておくれ」
涙を流し頭を下げていた藤兵衛を見送った薬屋は、かんぬきかけてほっと溜め息をついた。
「おつるさんたちの言った通り、藤兵衛さんが来たなぁ……血相変えて飛び込んでくるはず、か。」
思い出したようにほっほっほと笑いながら行燈の火を落とした。





