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国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
迷い込んだ先
121/381

川女と川男

 門を出るころには翼は消え、翼のせいでヨレヨレになった小袖を直さず姉川へと歩いてゆく。足を引きずって、とぼとぼと。

 姉川の堤防に揃って座っている川男の隣へ腰を下ろし、挨拶をすると。二人は揃った動きで会釈してくれた。


「何で翼が生えるんだろう……くしゃみしただけなのに」


 膝を抱えるたくみへ、川男は揃って首を向けた。

 川男から返事は無い。そんな事はずっと前から知っている。それでも寂しくて、溜め息をこぼす。

 すると、利乃助の声が遠くで聞こえた。


「たくみ坊ー!」


 堤へ首を向けると、若い女が国友へ向かって歩いていて、その対面から利乃助が走ってくる。追いかけてきてくれたことが嬉しくて、たくみは立ち上がった。


「利乃助さん、」


 小さく一歩踏み出せば、利乃助の表情が強張った。どうしたのだろうと思って見上げていると、突然利乃助は叫んだ。


「川女っ!」


 走ってきた勢いを殺し、足をもつれさせていると。女はいとも簡単に利乃助に追いついて両手で頬を包み、口を吸ってしまった。


「利乃助さんっ、」


 利乃助はじたばたしていて、何か様子がおかしい。逃げようとしているみたいだ。


 ―助けなきゃ


 たくみが走り出せば、川男は見事に一致した動きで首を向け、たくみの後ろ姿を目で追う。


「利乃助さんを離せぇ!」


 飛び蹴りをお見舞いすると川女はよろめいて、利乃助から離れた。そしてたくみを睨みつけ。


「邪魔をするな」


 と、怒りを滲ませる。


「利乃助さんに危害を加える奴は、この私が許さない!」


 啖呵を切って飛びかかっていくが、川女のほうが体が大きく、手の長さも足の長さも六歳のたくみとは比べ物にならず、たくみがどんなに突進していっても、川女には敵わなかった。


「このぉおおお!」


 拳を握り、腕ををぐるぐる回して攻撃しようとするが、川女に頭を押さえられるだけで、攻撃は届かなかった。


「うるさい子供だ」


 ついに川女に頭を掴まれて、持ち上げられてしまう。それでも懸命に抵抗していると、


「川にでも入って遊んでおいで」


 言うが早いか、たくみは姉川へ向かって放り投げられてしまう。


「たくみ坊―!」


 利乃助は叫ぶ。空中をいとも簡単に跳んでいく姿に、愕然とした。ススミと恐れおののいて返事も出来なかった自分を助けに来てくれた、強くて優しいたくみが、木の葉の様に落ちてゆく。

 利乃助は、地面に激突するたくみを見ていられず、咄嗟に目を瞑った。……が、衝突する音は聞こえなかった。


 脂汗をかき、呼吸も速い利乃助が固く閉じた瞼を開けると、なんと、無傷のたくみが堤防で立ち上がるところだった。


 放り投げられたたくみをキャッチしたのは川男だった。だが、利乃助に川男は見えない。だから、たくみがむくっと立ち上がったのを見て驚くのも無理はない。


「川男、あたしの邪魔をするのかい」


 川女は堤防に向かって強気に言うが、利乃助には誰に話しかけているのか皆目見当がつかない。

 一方で川男は静かに、ひた、ひた、と堤防を上がり、川女へ近づいていく。利乃助は必死に目を凝らすが、川女が見ているものは見えなかった。


「……っ、来るんじゃないよっ」


 川男の無言の圧に後ずさる川女は、


「近づいたら承知しないよ!」


 最後に虚勢を張るのだが。言っている間に二人の川男は揃った動きで川女を囲み。腕を回して抱きついた。


「ぎゃぁあああああ!」


 刹那、川女の断末魔が響き、体から煙が上がる。

 しばらく抱きついていた川男が離れると、老婆の姿になった川女がガクッと地面に膝をついた。

 そのあまりの老婆っぷりに、利乃助は唖然と見ている事しか出来ない。


「川男、助けてくれてありがとう。……なんか、ピッチピチになったね……髪もふっさふさ……めちゃ格好いいよ」


 堤をのぼってきたたくみが礼を言うと、川男は嬉しそうに顔を見合わせた。

 たくみまでも見えない何かに話しかけ、それから利乃助のところへ走ってきた。


「大丈夫、利乃助さん」


 心配そうに覗き込まれ、利乃助は気が抜けてしまう。


「大丈夫です、そんなに吸われていませんから」


「何か吸われたの? 川女に」


「ええ、精気を……川女は若い男の精気を吸い取るんです」


 それから膝を折り、たくみと視線の高さを合わせた。


「助けてくれて、ありがとう。たくみ坊は勇敢ですね」


 小袖を直してやると、小さな体をぎゅーっと抱き締めた。


「それほどでもないよぉ」


 照れるように話すたくみを十分に抱き締める。そしてふと視線を上げれば、しなしなの老婆になった川女が木の枝を杖にして、とぼとぼ帰ってゆくのが見えた。


「疲れたでしょう、おんぶしてあげます」


「え……恥ずかしいよ」


「おぶさってもらえると私は嬉しいのですが」


 半ば強引にたくみを背負って歩く帰り道。空はもう、日が沈んでしまっていた。


「焼入れ出来なかったね、ごめんね、仕事の邪魔して」


「大丈夫ですよ、仕事よりたくみ坊が大事です」


「……ありがとう」


「当たり前のことですよ」


「利乃助さん、」


「はい、なんでしょう」


「だいすき」


「……私も、たくみ坊が大好きですよ」




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