乱世の燈明祭
風雅だけれどどこか人の温もりを感じる笛の音は、のんびりとした調子で日本人の心に染み入る旋律を奏で、それに合わせて金がちゃんちき、太鼓が拍子をとってトン、トンと叩かれる。
「始まったみたいだね」
囲炉裏端で汁物をすすっていた藤兵衛は、しゃぎりの音が聞こえてくると箸を休めて口を開いた。
「うん、しゃぎりの音が聞こえてきた」
たくみが嬉しそうに言うと利乃助は、
「大行燈の絵が楽しみですね。たくみ坊の描いた絵はもっと楽しみです」
熾き炭の遠赤外線に長時間あたって汗をかいたデトックス効果だろうか、ツヤツヤお肌をにこにこと綻ばせていた。
三人揃って屋敷を出ると、右手方向にある山王社が行燈の火に照らされて空を焦がしているのが通りからでも知る事が出来た。
往来は燈明祭に向かう人でにぎわい、藤兵衛と利乃助は会う人みんなと挨拶を交わして、その都度たくみの事が話題に上るため、山王社はすぐそこなのになかなか辿り着けないでいる。
嬉しそうにたくみを紹介する藤兵衛に、早く行こうと言い出しずらいたくみは、大人の話に合わせて挨拶をして。
―圭ちゃん、待ってるんじゃないかな。それに……たたちゃんに会えるかもしれない
度々山王社のほうを振り向くたくみに気が付いたのか、「それじゃあまた」と藤兵衛はきりのいいところで切り上げて歩き出した。
「待たせて済まないね、みんなたくみの事が気になるんだよ」
藤兵衛は誇らしげに、そして満面の笑みで言う。
「大丈夫だよ」
「私も大丈夫です」
たくみと利乃助は目配せをして小さく頷く。嬉しそうな藤兵衛の気分を大事にしてあげたい二人はそれ以上何も言わなかった。
絵を描いた小行燈のある小道も行燈に火が入って、行燈の儚い明かりと漆黒の闇を区切る境目のよう。人通りもまばらで、その事がこの光景をより耽美なものに感じさせていた。
そこを素通りしてやって来たのは参道入り口。参道を縁取る無数の行燈と火皿に火が灯され、互いを照らし合い夜の闇を炎色に染めている。 先程の耽美な小道に対してこちらは違う世界に入り込んでしまったかのように幻想的で圧倒されてしまう。
神社に訪れた人々を出迎えるように、参道入り口には大行灯が掲げられている。そこには立派な武将様と御姫様が並んで描かれ、たくみは大行燈を見上げ思わず声を上げた。
「超大作だね!」
隣の藤兵衛はうんうんと頷いて絵を見上げ。
「あぁ、本当に素晴らしい。これは備前様とお市様だな」
そう言うと利乃助も、
「本当に素晴らしい」
と言って見上げたきりだ。
「さ、他の大行燈も見て回ろうじゃないか」
藤兵衛に促されて参道へ足を踏み入れる。国友へ越してきてから何回か燈明祭に通っているたくみだったが、来るたびに新鮮で厳かで身の引きしまる思いがする。
火皿の揺らぐ炎をふと見つめたたくみの脳裏には、はぐれないよう圭に手を引かれて訪れた燈明祭が思い出されていた。
『鎮守の森が燃えてるみたいだろ、父さんと一緒に来たこの祭りが俺は好きなんだ、日本一の燈明祭だって、父さんがいってた、俺もそう思ってる――
……ほら、あそこ』
「……ほら、あそこ、むささびが飛んできましたよ」
記憶の中の圭の声と隣にいる利乃助の声が重なって、はっと我に返ったたくみは利乃助が指している木に顔を向けた。
「あ、いた」
目であちこち探してようやく見つけたムササビは、木の枝にちょこんと乗っかって、じぃっと祭りの様子を見下ろしている。
「むささび可愛いなぁ……」
―圭ちゃんと一緒に見たムササビと、どこも変わらないや
ムササビのつぶらな瞳を見てそんな事を考えていると、自分の意志に関係なく視界が揺れて涙が溢れそうになって。藤兵衛と利乃助がムササビを見上げている隙にぐいっと目元を拭って涙を隠してしまうのだった。





