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国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
迷い込んだ先
110/381

圭と圭

 

 ***


 藤兵衛と利乃助を見送り、たくみは屋敷を出て小谷道を姉川へ向かって歩き出す。アスファルトの敷かれた道を思い出しながら歩いてゆくと、すぐに山王社へ続く参道が右手に現れ、そちらに体を向け足を止めた。


「わぁ」


 参道の入り口には柱が立てられ、数人の村人が大行灯を掲げるための作業が進めている。


 その脇を潜り抜け参道を駆けてゆくと、参道の両側には人の腰ほどの高さの板が渡され、波を打つように高低を付けて動きを演出して奥へと続いている。その板の上には使い古されて真っ黒になった火皿が等間隔にずらりと並べられ、灯芯と油を待ち望んでいるように見えた。


「あんまり変わらない」


 現代の燈明祭と比べ、好奇心に瞳を輝かせてたくみは言う。

 すると、たくみを呼ぶ者があった。


「おい、」


 振り向けば御神燈と書かれた小さな行燈を持った、たくみよりも少しお兄さんの少年が歩いてくる。


「見ない顔だな」


 とは言うものの、表情はにこやかで声音もたくみをよそ者と警戒している様子は無い。

 しかしこの声かけは、逆にたくみを驚かせた。


「けいちゃん?」


 見覚えのある顔に思わず名前を呼叫んでしまう。それくらい目の前の少年と圭ちゃんはうり二つだった。

 圭ちゃんこと圭介は育みの家でたくみと一緒に暮らしていた少年だ。目の前の少年はその圭ちゃんではないし他人の空似と重々わかっている、だが彼の反応はたくみを更に驚かせた。


「何で俺の名前知ってんだ、どっかで会った事あるか?」


 少年は不思議そうに、けれどさらっと話したのだ。

 これにはさすがのたくみも内心で冷や汗をかきかき、


「いや、会った事……無い、かな、あった、かな……」


 焦る気持ちを笑って誤魔化すたくみを気にする様子の無い男の子は、


「ふぅん、お前おもしれーな」


 そう言って小さな行燈をずいと差し出し。


「これ、もう描いたか?」


 まっさらな小行燈を見たたくみは首を横に振る。すると少年はもう一度腕を伸ばし、たくみに行燈を受け取らせ。


「なら、描いて来いよ。小行燈に絵を描くのは子供の仕事だ。余らせても面白くないだろ?」


 描いたら俺んとこ持って来いよと告げ、男衆の手伝いへ戻ってしまった。

 けいちゃんに似ている、そればかりが頭の中にあって、まるで夢を見ているような感覚でいたけれど。


「絵かぁ」


 自分を納得させるように小さく頷きながら神社を後にした。




 小行燈を抱えて屋敷へ戻ってくると、細工場から鎚を打つ音が聞こえてきて、足は自然とそちらに向かって動き出した。


 ―細工場か


 今朝、藤兵衛と利乃助に、細工場に居るから何かあったらおいでと聞かされていた。細工場というのはミュージアムのジオラマで見た事があるから知っているが、鍛冶小屋というのをじっと見上げるの初めてだった。


 ―三匹の子豚の狼なら、吹き飛ばしちゃうかも


 鍛冶小屋を舐めるように見上げる。それは板張りと土塗りの壁で見た目は極めて質素、その趣は風が吹けば倒れそうと思わせる十分な効果を生み出している。けれど、それはどの鍛冶師の細工場も同じようなものだった。


 鍛冶小屋のつくりは、一般的な蔵のような縦長の建物で、屋根は高く、開いた本をひっくり返したような切妻屋根の妻梁より上には壁板は張られておらず、明かり取りと自然換気の役割を果たしている。

 木戸はつっかえがしてあり開いていて、炭の燃えるにおいと鉄を焼く独特の金属臭が漂う。

 叩く音が止まるとカチャカチャ音がして、それから点火したバーナーのようなゴーゴーという音がした。


「とうちゃん ただいま」


 恐る恐る細工場の戸を開けると、中に溜っている熱気がたくみの体を包み、頬を温めた。

 細工場の内部は、すべてを炭で塗りつぶしたのかと思う位にすすが付着し、床は和三土、人に使ったらさぞ痛そうな道具が柱に吊るされ、炭が炎をふきあげて、ピクリとも動かないジオラマしか見た事が無かったたくみには、物々しい雰囲気に見えた。


 箱から延びている棒を前後に動かしながら熾き炭の前に座る藤兵衛は「おかえり」と簡単に挨拶を返し、そのそばで大槌を持っている利乃助が振り向きざまに笑みを見せた。


「お帰り、早かったですね」


 袖を抜き、細身の上半身を汗に濡らし。細工場の中が薄暗いせいか若干すすけているように見えた。


「うん、神社に居た男の子にこれに絵を描いておいでって渡されたから」


 利乃助に行燈を見せると、


「そうですか、それなら描くものを用意しなくてはいけませんね。もう少しでひとだんらくするので待っていてください」


 筆を用意してくれるらしいが、たくみは藤兵衛の向こうに小さく砕いた炭がたくさん置いているのを見つけ。


「それもいいんだけど、ねぇとうちゃん、その小さな炭を一つちょうだいな」


 すると藤兵衛は火床を見つめていた顔を上げ、


「一つと言わず二個でも三個でも持ってお行き」


 火床の奥に積んである炭を指した。


「ありがとう」


 たくみは火床の熱にじりじり焼かれるような思いで近づいて、炭に手を伸ばす。


「ほらほら、火床に落っこちないように気をつけるんだよ」


「うん、気をつける」


「さ、火花が飛ぶから離れていなさい」


「がってん承知の助っ」


 炭を拾って満面の笑みを見せ、すばやく退いたたくみの一連の言動に、真剣に鉄と向かい合ってすすけた顔を熱で赤らめていた藤兵衛の緊張は解れ、その頬を一瞬緩めた。



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