利乃助という男
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朝餉の膳に提供されたいさざ豆を藤兵衛が口に含み、次ににこやかにご飯を頬張り軽く頷いているところを見れば “美味しい” と態度で語ってしまっているのだが、たくみはそれを落ち着かない様子で見守っていた。
「うん、たくみが炊いてくれたいさざ豆は本当に美味しいねぇ」
口の中の物を飲み込んだ藤兵衛はたくみに笑顔を向けた。頂きますと手を合わせる前に利乃助が、
『いさざ豆はたくみ坊が炊いてくれました』
と、一言添えていたからだ。
「よかった、焦げないように番をした甲斐があった」
味付けは利乃助がして、火の番だけをたくみがしたのだけれど、それは子供にとって根気の必要な作業である事は間違いない、火のそばでじっと動かずに様子を観察し続けるのだから。
「たくみ坊は鍛冶師に向いているかもしれませんね」
たくみが手伝う様子を見ていた利乃助が何気に発した一言に反応して、たくみは至極嬉しそうに笑い、
「鉄砲鍛冶、私の夢なの」
と話したもんだから藤兵衛は驚いた。
「鉄砲鍛冶になりたいのかい」
驚きを隠せない藤兵衛対して、たくみは至って普通だと言わんばかりの態度で返す。
「うん、だから国友鉄砲ミュージアムへ通ってたんだよ」
「なんだい、その……みゅうじあむってのは」
更にわからなくなってしまう藤兵衛は謎が謎を呼んで迷宮入りになる寸前だったが、順を追って謎を解かねばと気を持ち直した。
「国友鉄砲鍛冶の史料とか、鉄砲なんかを展示してあるところだよ。あそこ大好きなの」
利乃助と藤兵衛は顔を見合わせる。二人の顔はまさに、目が点状態だ。それから藤兵衛はゆっくりたくみへ首を向け、自分に言い聞かせるように問うた。
「先の世にはそういう場所があるんだね?」
「この屋敷の近くにね」
「そうかい、一度この目で見てみたいものだね」
「私も、とうちゃんに見せてあげたいよ」
藤兵衛と利乃助はまた顔を見合わせる。
その表情は柔らかく、 “言っただろう?” と言いたげに利乃助に頷いてみせる。すると利乃助も眉尻を下げ、軽く頷いて笑みを零した。
細工場の横座に座る藤兵衛の頭には鉢巻、つづれという作業用の小袖を着て。乱世の厳しい営みが刻まれた厚みのある手でふいごの取っ手を前後に動かした。
“ゴォー、フゥーッ”
ふいごから送られてくる風の音、くすんだ炭の海を這うように青い炎が現れ、そこから赤白い炎が宙を突き刺す勢いで立ち昇る。しかし、その勢いむなしく天井から吊られている火止め用の鉄瓶の底に当たって鋭い剣先はいとも容易く砕破された。
炭の中には長さ一尺五寸、幅八寸、厚み一寸ほどの鉄の塊が熱せられ、頃合いを見計らってハシで摘み出すとタガネを当て、鎚で叩いて小割にしていく。
切り出された小さな鉄の塊を炭の中へ戻し、ふいごで風を送る藤兵衛は火床をじっと見つめ、鉄の表面の色が変化してくるのを見計らって、ハシで摘んで金敷の上に置いた。
藤兵衛は小鎚を右手、鉄をつまんでいるハシは左手に、横座と金敷を挟んで立っている先手の利乃助は大鎚を持って構え。藤兵衛の小鎚が鉄を叩くと利乃助は餅をつく様な体勢で大鎚を振り下ろした。
とん、チン、とん、チン、
小鎚と大鎚が織り成す高低のある音は規則正しく軽快に刻まれている。そして二人の間に言葉は一つもない。長年相棒を組んでいるだけあって藤兵衛の打つ小鎚の叩き方だけで、どこをどのように叩くのか利乃助に伝わるのだ。
最近まで弟子がいた藤兵衛だが、弟子が独り立ちをしたものだから近頃は専ら利乃助が相棒として先手を勤めている。
藤兵衛の専門は鉄砲鍛冶だが、鉄砲鍛冶だけを生業としているわけではなかった。注文があれば包丁や農作業道具、はさみ等、鉄の加工に関するあらゆるものを作っていて、その注文は利乃助が請け負う事になっているのだから、利乃助の腕前は家事仕事で鈍るどころか、家事仕事で培った知恵を取り入れて細工をするといった具合で、野鍛冶の技術は日々鍛錬されていると言っても過言ではない。それに、鉄砲を張り立てるよりも暮らしに密着した道具作りのほうが性に合うらしく、使いやすさを追及する研究は熱心であり、道具の評判は上々であった。





