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国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
迷い込んだ先
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たくみはすすみ?

 

 たらいにちょこんと座るたくみは、藤兵衛に頭から湯を流してもらいながらガシガシと頭を洗う。冷え切った体が温まると少し大きめな赤色の小袖へ袖を通させた。


「とうちゃんこれどうやって着るの」


 片付けをしていて目を離していた藤兵衛は、たくみの呼びかけに振り向き、それから驚きに目を丸くした。


 前の袷はくちゃくちゃな上、なんと左前になっていたのだ。


「それじゃあ仏様じゃないか」


 拙さゆえの不恰好も愛らしく感じる藤兵衛は温かな微笑を向けた。


「それってすごいってこと?」


 仏様と死人が結びつかないからだろう、屈託無く笑うたくみはそういえば先の世人だったと藤兵衛は思い出す。


「ある意味 “すごい” かもしれないな。 さ、着方を教えてやろう、こっちへおいで」


 優しく誘い、一つ一つ教えるのだった。



 *



 闇に沈む前の部屋には蜀台の灯りが揺れ、用意された膳の前に座るのは藤兵衛とたくみ、それに利乃助だ。

 頂きますと手を合わせて箸と椀を手にすれば、たくみはおいしいおいしいと漬物とご飯を交互に食べて満面の笑みだ。


「美味しそうに食べますね」


 たくみの食べっぷりを見て利乃助は言う。それを聞いてむふっと笑うたくみは、餌を集めるリスの様に頬を膨らませてもぐもぐ咀嚼していたのをごくんと飲み込んで、利乃助に笑いかけた。


「おなか空いてたの。それにこの漬物とってもおいしいし、蜆のお汁も最高だよ。これは誰が作っているの?」


「基本は私ですが、忙しい日は三軒向こうのうめ婆さんに頼むんですよ。 今日の夕餉は燈明祭の準備があって忙しかったからうめ婆さんに頼みました」


「うめ婆さんはお料理上手だね」


「えぇ、とても評判なんですよ」


 二人のやり取りを聞いていた藤兵衛は、はたと思い出したように口を挟んだ。


「そうか、明日は燈明祭か」


「はい、今年はどのような絵が描かれているのか楽しみですね」


「そうだな、今年は誰が描いたのだろうなぁ」


 お箸を持つ手をひざの上に置いて思いを馳せる藤兵衛に、たくみが話しかけた。


「たくみも楽しみ。明日、準備を見に行ってもいい?」


「ああいいとも。明日は私も利乃助も鍛冶仕事があるからね。燈明祭に間に合うように段取りしなくちゃな。そしたらみんなで行こうじゃないか」


「本当? 夜遊びしてもいい?」


「良いに決まっているじゃないか。燈明祭なんだから、行かなくちゃならないだろう?」


「やった! 約束だよ」


「ああ、約束だとも」





 たくみを寝かせ奥の間から戻ってきた藤兵衛は、明かりの灯された自室の障子を開ける。すると、茶の用意をしていた利乃助が振り向きざまに口を開いた。


「寝ましたか」


「ああ、目を瞑ったらすぐだったよ」


 幸せに満たされたため息をつく藤兵衛はよっこらしょと腰を下ろした。


「川に落ちたのですから、さぞ疲れたでしょうね」


 茶を提供した利乃助は、藤兵衛の表情に頬を緩める。危険な出来事があったにも関わらずとても楽しそうに見えるからだ。


「河童と何かあったらしい。それでも、河童を友達だといって庇ったんだ。最後に手を振って別れていたよ。あれは肝の据わった子だ」


 茶を一口、楽しげに手元の湯飲みを眺めていた藤兵衛だったが、ついに喉を鳴らして笑ってしまう。


「たくみ坊は河童に会って、無事だったというのですか」


 驚く利乃助に、藤兵衛はうんと頷いた。


「どうして打ち解けたか分からない、だが、河童たちがたくみへ丁寧に頭を下げていたんだ、なんとも珍妙な光景だった」


 あまり納得がいっていない表情の利乃助は、たくみはどこの者かと藤兵衛に問うた。この問いは必然だ、茅場に倒れていたススミと思しき童女が目覚め、自分たちと同じように話をし、歩き、食べ、笑うのだから。


「それがな利乃助。今から私が話す事はにわかに信じ難いかもしれない、だが本当のことだ、わかっておくれ」


 藤兵衛は前置きをして、たくみの話を要約して伝える。「あの子は先の世から来たんだよ」と。


「それはたくみ坊が話したので?」


 利乃助は目を丸くして信じがたいといった様子だ。


「そうだ、でなきゃこんな頓狂に聞える話なんかしやしない」


「それはそうですが……親方は信じるの……ですよね、そうでしたそうでした」


 利乃助は他人事の様に細かく頷く。


「信じられない気持ちはわかる。だけどね利乃助、たくみは国友に住んで居たんだよ。正確には住んでいる、だろうな。小谷道も殿屋敷も伊吹山も知っていた、それに燈明祭だってそうだ、それが何か聞かなかった、ということは燈明祭が何たるかを知っているんだよ。そう思わないか」


「ええ、確かに親方の言う通りですが……こういう考えも出来ませんか」


 ここまで話すと利乃助は前屈み気味に、藤兵衛だけに聞える音量で口を開いた。


「……ススミだからでは?」


 思いがけない言葉に、藤兵衛はぎょっとした。ススミが先を見通す妖術を使うなどと聞いたことは無いが、妖術使いとあれば無くはない……かもしれない。と気づかされた格好になったからだ。


 だが藤兵衛は一呼吸置いて気持ちを落ち着け、逆に問いを返した。


「だとして、何か変わるのかい?」


 自分の娘として、あの子の父親としての決意は生半可な事では失ったりしない。それくらい固い決意の藤兵衛は軽く受け流すかのようにひらりとかわしてしまう。

 すると慎重派の利乃助らしい言葉が返された。


「変わりはしないでしょうが、知っておいて損はありません」


「そうだな、損はない。 私もいつかあの子に聞こうと考えていたことだ、村人の前で突然翼が生えたなんて事になったら大事だからねぇ」


 はっはっはと軽く笑い飛ばす藤兵衛の様子に、 “とうちゃん” と藤兵衛を見上げて呼びかけるたくみの愛らしい姿を思い出した利乃助だった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 107話まで読ませていただきました。 白銀の髪、黄水晶のような瞳、輝く翼、不老不死の伝説ゆえの悲劇などの伝奇要素があるススミ一族や、妖怪などの伝承は好みなので、楽しく読めました。 ただ、…
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