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国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
迷い込んだ先
106/381

りのすけさん

 

 屋敷に戻ると利乃助が迎えてくれる。この利乃助という男、年は二十代半ばを過ぎた頃で細身の体躯に背はひょろりと高い。目許は細く、薄い唇の締まった口元、主張のない一筋の鼻。賢そうに見える外見に違わず賢く、台帳付けも難なくこなしてくれる。付け加えるならば動物好きという優しい一面も持ち合わせている。


 元々、藤兵衛へ弟子入りした利乃助だったが、


『鍛冶仕事より家事仕事のほうが向いている』


 と弟子入りした初日に利乃助は藤兵衛にまず断った。それを聞いた藤兵衛は本人の意思で鉄砲鍛冶へ弟子入りしたのではない、という事を暗に伝えたかったのだろうと考えていたのだが、それが案外そうでもなく。鉄砲鍛冶の技術は淡々と習得したし腕も悪くない。だが藤兵衛は彼の仕事ぶりを見て感じるところがあった。指示されたとおりの仕事に励んでいる、だが何かが足りない。それは何か。何となしに感じるところはあるが上手く言葉に出来ないでいた藤兵衛は利乃助の行動を見定める日が続いた。


 そんなある日、藤兵衛は天から何かが降ってきたの如く、やにわに気がついた。 “情熱が足りない” のだと。

 仕事の手を止めさせた藤兵衛は、弟子入りした十数年前の利乃助の言葉の通り、今度は家事仕事をさせてみる。するとどうだろう、これがまたきびきびとよく働く。水を得た魚の様にとはこのことだと藤兵衛は思い知らされたのだ。以来利乃助は藤兵衛の身の回りの世話や仕事の庶務を手伝う縁の下の力持ちなのである。


「お帰りなさい、」


 玄関へ迎えに出た利乃助は、藤兵衛を見るなり足を縫いつけられたように立ち止まった。


「遅いので心配しておりました……ですが、なぜ裸で?」


 窺うように問う利乃助に、藤兵衛はそれとなくたくみを紹介した。


「ただいま。これは、まぁ……色々あってね。ほら、この通りたくみも無事だ」


 藤兵衛の小袖を着ているたくみへ利乃助は首を向ければ。この人誰? と顔に書いてあるたくみは利乃助に軽く頭を下げて挨拶をし、たくみですと名前だけ告げた。


「たくみ坊、良く戻りましたね。私は利乃助。 困ったことがあったら何でも聞いてくださいね」


 先細の指の繊細な手でたくみの頭を撫でた利乃助は、髪が濡れている事に気が付いた。


「水浴びでもしてきたのですか?」


「ううん、川に落ちたの。とうちゃんが助けてくれた」


「とう……ちゃん」


 恐る恐る藤兵衛を見上げた利乃助に、藤兵衛はにやけながらも照れ隠しに目を泳がせ。


「この通りすぶ濡れだからね、たらいに湯を用意してくれないか」


 最後にはせっつくように頼みごとをし、利乃助は承知しましたと頭を下げて背を向けて駆けていく。今まで見たことの無い藤兵衛の照れっぷりにくすっと笑いながら。



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