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国友鉄砲鍛冶衆の娘  作者: 米村ひお
迷い込んだ先
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見かけない顔

 河童たちとたくみは揃って堤へ首を向けた。

 その時、たくみの背中越しに堤を見上げた長老は見た、立派な翼がさらさらと消えてゆくのを。


 国友のほうから駆けて来た男は、川岸にいるたくみと河童を見つけ。


「河童め! うちの娘に近づくんじゃない! 今助ける、大丈夫だっ」


 ものすごい勢いで堤を降りてきて、川原の石を掴んだ。


「あっちへ行け!」


 石を振りかぶった刹那、河童たちは咄嗟に頭を押さえて身を守った。

 が、三数えても石は飛んで来なかった。


「むすめ、なぜ河童を庇う」


 男の不思議そうな声を聞いた河童たちが顔をあげると、河童を庇うように両手を広げたたくみが男の前に立ちはだかっていた。


「河童に石投げちゃ駄目」


「だが、人を川へ引きずり込む悪いやつらだ、それにお前もびしょびしょの上に小袖がびりびりに破けているじゃないか、河童に何かされたんだろう?」


「確かに何かあった、けど、もう大丈夫。河童は私の友達になってくれたから」


「友達? 河童が?」


「そう。お友達なの。ね、」


両手を広げたまま振り向けば、河童達は眉を上げ、くちばしを横に引き伸ばしてにんと笑い。うんうんと頷いている様子を見てニコッと笑ったたくみの瞳は、完全に薄い茶色に変化してしまっていた。


「そうかぃ……そうなのかぃ……」


 男は感極まった様子でびしょ濡れのたくみを力いっぱい抱き締めた。


「よかった、……無事でよかった」



 *



 もういじめないよ、と紫色の河童は約束し、長老と握手をして姉川へと帰っていった。


「おじさん、ありがとう」


 川の音がさらさらと聞こえる川原で、巨人用の小袖は翼が生えたせいで上半身が見事に破けて帯に垂れ下がり、たくし上げていた裾は十二単の様に引き長され、いまだに川面でゆらゆら漂っている。

 ひとしきり抱き締めた男はたくみの小袖を脱がせて水気を絞り、濡れた体を拭いてやる。


「黙ってどこかへ行っちゃあだめじゃないか」


 頭を拭かれながら聞いていたたくみは、この人が巨人用の着物を着せてくれた藤兵衛さんなのではないかと頭の中で紐付いた。


「ごめんなさい、お部屋に誰もいなくて怖かった」


 心配ゆえに叱られているのをわかっているたくみは素直に謝る。藤兵衛はその理由と真っ直ぐな言葉を聞き、幼い子供が知らない場所で目が覚まし傍に誰もいなければ怖く思うに違いないと自分の過ちを知った上で、こちらも素直に謝った。


「怖い思いをさせてすまなかったね、仕事で家を空けていたんだ」


 自分の小袖を脱いで着せてやっていると、


「おしごと?」


 小首を傾げるたくみは愛らしく、男は思わず頬を緩めた。


「ああ、鍛冶屋の仕事だ」


 するとたくみはぱぁっと顔を明るくし、


「国友鉄砲鍛冶!」


 と言ったものだから男は驚いた。


「鉄砲鍛冶を知っているのかい?」


「知ってる、」


「そうか、知っているのか」


 満足そうに頷いた男はしゃがんで背を向け。


「さ、帰ろう」


 優しく促し、たくみが大きな背中に負ぶされば男は立ち上がって、たくみの視界はぐんと高くなる。


「帰り方が分からないの、灯りが漏れてるドアをくぐったらここに来ちゃった」


 帰り方がわからない、妙な事を言うものだと藤兵衛は思う。しかも聞いたことの無い言葉もあって思わず聞き返す。


「どあ、とはなんだい」


「えとね、出入りするところ」


「ほぅ、灯りが漏れている出入り口をくぐったら、国友に……お前は元々何処に住んでいたんだい?」


「くにともだよ」


 国友に住んでいる、なのに帰り方がわからないとはどういうことだろうか。だが。


「国友に住んでいるのかい、見かけない顔だが」


 そう、この小さな国友村に生まれ育った藤兵衛なのだが、たくみを一度も見たことがないのだ。

 するとたくみは奇妙な事を、いや、ずっと奇妙な事を話しているが、今日一番奇妙な事を話した。


「あたしの住んでる国友はね、国友鉄砲鍛治は無いの。小谷城もない。昔々あった、ってだけ」



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