第九話
「塩か……見事なまでに真っ白だな」
僕は塩湖を連想する。この星にもかつては海があり、それが干上がって塩の大地となったのだろうか。
時間をかけて探索してみたが、ここを進軍することは不可能だった。塩の大地にはスイカが生まれないからだ。それに地面からの照り返しのせいか、気温も35度近くに達する。
歩くならば十分な水に食糧、つまりスイカを大量に持ち込む必要がある。現状、僕たちに物資を運搬するための装備は何もない。
ともかくもその場所に目印を立てる。そのへんから拾ってきた獣の頭蓋骨を三つ重ねたトーテムだ。そして僕たちは塩と砂の境目に沿って歩き出した。右が白銀であり左は黄金の眺め、生命の乏しさを除けば申し分のない美しさだ。それは完全なる死の世界と、かろうじて生命の名残が残る世界との境目。今際の際の美しさなのかもしれない。
そして長い長い夜を歩き、多くの日の入りと月の出を眺め、時を数えるのも忘れるほどの日々の果てに。
ついにツートンカラーの景色は変化することなく、僕らは頭蓋骨の塔へと戻ってきた。
「……囲まれてる、というわけか」
船を出てから半年、あるいは一年は経っただろうか。暦の概念は政治家の名前とか虹の色の順番とか、その程度にはどうでもいい情報になりつつある。
船から持ち出した荷物も大半が失われていた。僕は数少ない文明の利器となった紙のメモ帳を取りだし、文字を刻む。
――この場所は南北におよそ700キロ、東西に300キロほど。
――面積は15万から20万平方キロ、ブリテン島ほどの大きさであると考えられる。
着陸前に観測した星の表面積から考えればごく狭い。おそらくはこの土地はかつて島であり、海が干上がったために塩の大地に囲まれる形になったと思われる。
ここまでの旅で、絶望すべき要素は3つ。
一つはいま記したように、塩の世界に囲まれていたこと。
いま一つは土地をくまなく歩き回った結果、ついに砂漠以外の地形を何一つ見つけられなかったこと。森や湖はおろか、ちょっとした岩山すら見つからない。住居となるような洞窟も、石器を作れるような石くれ一つ存在しない。あまねく一様である、ということ自体にそこはかとない恐ろしさがある。
そして三つめの絶望。この土地に住まう獣たちの中に、小人たちが勝てるものは一つも存在しないらしい、ということだ。
ブービー賞、つまり序列で猫の次に弱い獣なら見つかっている。
それは灰色の毛並みと雄々しい顔立ち、狼によく似た生物だが、胴がかなり長く、足を八本持っている。走る姿がフィルムの残像のように見えるので残像狼と名付けた。これがおそらく一番弱い。
ある時、僕たちは十分な準備を整えてこいつと戦った。その時に連れていたのは小人が25人。めいめいに獣の大腿骨を武器として持たせ、さらにスイカの蔓で編んだ投網を用意していた。
僕がまず投網を投げ、それはものの見事に残像狼を捕らえる、そこへ小人たちが躍りかかって袋叩きにする。指揮している身ながら外道のそしりを免れない作戦だ。
しかしそこまでだった。投網を押さえていたのは僕と10人あまりの小人だが、それら全員が一気に引きずられ、砂に足をとられて転ぶ。そして八本足の怪狼は網から抜け出し、小人は網に絡まり、漁師と魚の関係は一瞬で逆転する。
狼はとたたたと織機のような足音を立てて加速。瞬時に灰色の残像となって小人に食らいつく。
称賛すべきことには、小人たちはきわめて勇敢だった。仲間が食われているのに、というより星の歴史において何度も食われた相手だろうに臆せず向かっていく。引きずられて投網に絡まった小人たちも何とか脱出し、にゃあと高らかに鳴いて戦い始める。
そして最後に残るのは、見るも無惨な戦場跡だった。
呆然自失で膝をつく僕の回りに、トム、ティル、ドラムの三匹の黒猫が寄ってくる。他にどう形容しようもないほどの敗北、それだけが残された結果だった。
そして今。
塩と砂の境目で、僕はごろんと寝ころぶ。
「まさに八方塞がり、だなあ」
絶望が大気圧のようにのし掛かってきて体が潰れそうだ。解決できない問題が心の隅のほうでくすぶり、思考を阻害する悪臭を放つ。
トムたちは片足立ちで奇妙なポーズを取ったまま固まっている。遊んでいるのだ。かけっこをしたり砂山を作ったり、小人たちの遊びはバラエティに富んでいた。
「お前たちを進化させたいのに、あの狼すら倒せないんじゃなあ」
しかし、仮にあの狼を倒せたとして、問題はその先だ。
ファミーの例からすると、人間の2、3歳ほどの大きさしかない小人は、シリアルのミルクがけを食べることで4、5歳に成長した。仮にそれだけ成長しても、この砂漠の凶悪な生物たちを倒せる気がしない。全身から蒸気をあげる高熱の牛、テニスコートほどの大きさがあり毒の触手を持つエイ。そんなものにどうやって勝てと言うのか?
いちど宇宙船に戻り、使える物資を探すべきかと考える。
しかし、超音波スコップと人工筋肉なしで船を掘り起こすのは不可能だろう。それにもはや、船がどこに埋まっているのかも分からない。意図的に目印などを残さなかったのは僕なのだから仕方ない。船の眠りを妨げたくはなかった。
では、小人たちをもっともっと増やすべきか。
それも無理だ。これも発見だが、小人は三日も食事ができないとあっさりと餓死する。数が増えれば隊列を維持するだけでも大変だ。僕自身の餓死の可能性だって無視するわけにいかない。
ちなみに、黒猫の状態でも数日食事ができないと弱ってくる。やがて死ぬとまた新たに生まれ変わるのだ。
つくづく奇妙な話である。不死について語る話はいつも奇妙だが、ワニの歯が何度抜けても無限に生え変わるとか、どうもその程度の認識になってしまっている。
順応すべきなのだろう、この星では僕の認識の方が非常識なのだ。
何か強力な武器でも作れないか、という可能性も検討した。
スイカをスイカの蔓で結んだハンマー投げのような武器を考案したこともある。ドラムがかなり使いこなして残像狼に一撃を与えたが、その後に普通に食われた。
こんな砂漠では落とし穴も作れない。トラップをこしらえるための頑丈な木もない……。
「ブレイクスルーが必要だな……」
僕は身を起こしかける。だが一度失敗して、体を横にしてから肘をついて身を起こす。
「体が少し弱ってるな……」
このところ、スイカを三日に一つのペースでしか食べてないからだ。あとは猫たちに与えていたが、まだ繁殖に至るほどではない。
トム、ティル、ドラムらの小人が集まってきてにゃあにゃあと鳴く。これはエサをねだっているのでなく、僕を心配しているのだと思いたい。
「もうすぐ夜だけどスイカを探すか……体も暖めないとな」
ぼとなくそれは見つかった。ごくささやかなスイカの園。
同時に貴重なものも見つかる。蒸気をあげる高熱の牛、赤鋼牛の死体だ。
「こりゃ珍しい……毒を持つ生物にやられたかな?」
口から覗きこめば、その鋼のような皮膚はそのままに、内臓が完全に食い尽くされてがらんどうになっている。ここまで完全に食べ尽くすのは毒の触手を持つクラゲ、さまよう泉による補食だろう。つまり外皮以外はすべて溶かされたわけだ。
スイカはなく種がわずかに散乱しているだけ。簡単に推理すると、ここで猫たちがスイカを食べていたところへ赤鋼牛が襲いかかり、哀れな猫たちを食い尽くした頃にさまよう泉が乱入。毒の触手で牛を痺れさせ、包み込んで内臓を溶かして消化、そんなところか。
外皮の一部に剥がれそうな部分があった。僕は全体重をかけて強引にむしり取る。やはり鉄だ。ある種の貝は硫化鉄を鎧のように身に纏うというが、こいつも似たようなものか。
僕は折り紙ほどの大きさの鉄板を持ち、空いた手でライターを取り出す。最後に残ったわずかなオイルを使って鉄板をあぶり、スイカの種を軽く炒った。たしか中国などではスイカの種を炒って、子供がおやつとして食べると聞いたことがあったのだ。
すいと一筋の白煙が上がり、麦の穂のような香ばしい匂いがしてくる。食べてみると歯に当たってさくさくと崩れ、背後にあるわずかな甘さが切なく思える。
「うん、なかなかいける……餓えをしのぐには足りないけど」
「にゃー」「のあー」
小人たちが足にすがり付いて鳴き始める。僕はスイカの種を何粒かずつ三人に分けた。
猫たちはやはり猫らしく鼻をひくつかせ、舐め取るように食べる。
「今日はもう眠ろう、明日は朝からスイカを探し――」
だが、僕の眠気は瞬時に吹き飛んだ。
「!?」
猫たちがぶるぶると身を震わせて、そしてむくむくと背中が膨らむように見える。
成長したのだ。あの時のファミーと同じ、4、5歳の姿に。