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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第八章 猫の星の進化論
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第七十一話



そのドラゴンは小さかった。

体長は約20メートル。長大な尾という特徴は備えているが、ベーシックなドラゴンだ。


あるときは尾を失い、あるいは猫たちの手で討伐され、古王国時代には研究対象として捕獲されていたはずのドラゴン。

しかし、このドラゴンはおそろしく古びて見えた。その体殻のひび割れは経年劣化、あるいは風化とも言えそうな有様で、数万年も存在し続けているのではないか、そのように思える。


だが、これは間違いなくやつ(・・)だ。

僕はメットの中でティルに呼びかける。


「ティル、コントロールルームは存在しなかった。この場にはドラゴンが一体だけ、シオウの意識を中継していたようだ」

『うにゃっ……で、では核融合エンジンのコントロールは』

「ドラゴンは機械の化身だ、人間や猫が扱うようなコンソールなど必要としないんだろう。ドラゴンは自らの体からコードを流して核融合エンジンをダイレクトに操っていたんだ」


ファミーが息をのむ気配がする。


「にゃ……じゃあ、どうすればいいのにゃ」

「当初の作戦と大差ない。ようはドラゴンも月のシステムも、人間という絶対的なマスターにかしずいているに過ぎない。シオウを確保すればその権限を奪える」


グ、ウ。


ドラゴンがうめきをあげ、その首をもたげて身を起こさんとする。


「……来るか」


直感で分かる、こいつとの因縁が物理的なカタチとして見えるかのようだ。

何度も僕たちの前に立ちふさがった破壊の王。他のドラゴンには感じなかった肌寒さを感じる。その瞳に、尾のうねりに。


そう、おそらくは無限の魂。

猫たちの記憶と思考は星の統括システムにバックアップされており、死を察知して再構成されていた。

猫のそれは見かけ上はカットアンドペーストだが、現実にはそれは意識のコピーアンドペーストである。ならばドラゴンが代替わりするとき、元の体はまだ存在している可能性もあるわけだ。

ドラゴンの個としての意識はどこかにバックアップされ、朽ちかけた肉体ともすべて共有されてるとしたら。もはや忘れ去られたほどの古い古い個体にも、僕の知るドラゴンの魂が共有されてるとしたら。


ドラゴンの喉が光り、僕は腰から装備を引き抜き。


爆炎。


小屋のごとき火炎が僕らの周囲を覆う。


「にゃっ! ダイス!」


ファミーはさすがというべきか、瞬時に十数メートルを跳躍して回避している。だが僕も間に合っている(・・・・・・・)


ごう、と白い煙が炸裂し、周辺の温度を一気に下げて炎をかき消す。


奪酸素剤と冷却剤を炸裂させる消火弾だ。一気に周囲数十メートルの範囲を無酸素状態にする。空気を内部循環にしていなければ即死する無酸素環境が現出し、しかしすぐに周囲からの酸素平衡によりかき消える。

携行していた銃を一連射。その銃弾がドラゴンの鱗を易々と砕き、翼膜から体液を散らす。ドラゴンがくぐもった叫びで咆哮する。


ストックの各部から高圧の排気が成されて反動を消す無反動サブマシンガン。一撃一撃が旧時代の対物ライフルなみの威力がある。上位のドラゴンには心許ないが、この個体ならば。


「にゃあああっ!」


ファミーが跳躍。月の低重力により軽々と頭の上まで飛ぶ。ドラゴンが反応して振り向くに合わせて頸部に閃光を下ろす。砂色の殻が砕かれ、コードが引きちぎられてオイルが散乱する。


ファミーが装備しているのは白いアーミーナイフ。おそらく超高密度物質による白兵戦装備だろう。この大きさのドラゴンならば十分に有効だ。


「こいつは……」


やはりおそろしく古い個体。その装備も装甲も強化されていないことが証拠だ。かつて数え切れないほどの猫の興亡を看取ってきた、原初なる破壊の王か。

だが、ドラゴンに対して猫たちはあまりにも進化しすぎた。もはやベーシックのドラゴンでは猫たちの装甲を貫けず、猫たちの武器に耐えられない。

なぜこんな古い個体が最後の守りについているのか。おそらくこいつは護衛ではない(・・・・・・)。単にシオウの意識を月のシステムと連結する役割。いわば非戦闘員も同然なのか。


そして尾が。

最後の切り札とばかりに加速し、鞭のようなしなりを見せてファミーを射抜くかに見える、ファミーは身を屈めて髪の毛の先端のみ切らせる、そして突き上げるナイフで尾節の一枚を斬り裂きつつ再度跳躍。胸に装着していた手榴弾を一気に四つばらまき、僕は背を向けて跳躍、低重力下で十数メートルも跳んでその場に身を伏せる。


そして接触と同時に、接触面に対して垂直に衝撃を与える指向性手榴弾が、ドラゴンの五体をばらばらに打ち砕いた――。





「……うにゃー、なんだか弱いものいじめしたみたいだにゃー」


そう思うのは無理もない。

ベーシックなドラゴンではもはや猫たちの敵ではないのだ。


ウ、ウ


僕はサブマシンガンを構える。

今やドラゴンは五体を砕かれ、内部からあらゆる機構やコード類、何らかの液体をばらまいている。その首は僕らの間にごろりと転がっていた。

だが僕は知っている、このドラゴンは首だけでも炎を吐く。

おそらくは体がいくつかの機構に分断されており、電波的な連結で一個の生命のように振る舞うのだ。

やはり頭部まで粉々にしておくべきか。


その牙の生えた口腔が、機械音をあげるドラゴンの頭が。


「……」


何かを。


「……エル」

「……?」


細心の注意を払って近づく。


「…………カ、……エル」

「……」

「カエ……、ル……コキョ……ウ、ニ……カ……、エ……ル」


――ああ、そうか。


今、全てが分かった。


ドラゴンはまさに人間の忠実なしもべ。彼らには自己の判断力など無かったのだ。

おそらく、ドラゴンにはシオウを守るとか維持するという意識すら無い。ここにいたドラゴンが月のシステムとシオウを連結し、すべての個体はそれに従うだけ。何もかもを破壊し、仲間を生み出すことはその余波でしかない。

その中心にあったのは単一なる意思だった。故郷に帰る、と。


「にゃっ……どういうことにゃ、故郷に帰るって」

「シオウだ」


僕は悲しげな声になっていたと思う。


「ドラゴンもまた最果ての四王が生み出したもの。星のシステムと連結していたんだ。この月にあってはもはや森の王、雨の王の支配とも無縁に存在し、ただ一人の人間、僕の妻の意思と感応していたんだ」

「でも、地球に帰るんならファミーたちと同じにゃ」

「そうじゃない、故郷に帰る(・・・・・)だ。地球に帰るでもドラゴンたちにとっては同じこと。臨死の眠りにあるシオウが、宇宙始原点の向こう側だとか、地球の正確な位置なんかイメージできるわけがない。ティルたち科学猫サイバリアンはその思考を補完して地球への帰還を目指したが、ドラゴンたちには分からなかった。だから彼らにとって故郷とはスイカの星、カラバだったんだ」


ほんの少しのボタンの掛け違い。

だがそれが分かったことは僥倖だった。ドラゴンは悪意を持っていたわけではなく、ただただ人間の命令に従うだけの人形に過ぎなかった。憎むべき対象ではないと分かったから。

猫の世界にも、ドラゴンの世界にも、悪などいなかった。

最果ての四王の行いは責める部分があったかも知れない。だがそれも今は昔のこと、四王が眠りについた今、スイカの星はようやく創造主の鎖から解放されていたのだ。


僕は通信にて呼びかける。


「ティル、地上に出たドラゴンたちはどうしてる」

『うにゃっ、ひとしきり地上施設を破壊したあと、地上に降りたちましたにゃ』

「岩塊を射出していないか」

『そ、そうですにゃ』

「うにゃー、ダイス、どういうことにゃ?」


簡単なことだ。猫たちを制圧するにも、地上の施設を凪ぎ払うにも、数億体ものドラゴンは多すぎる。


「ドラゴンは、月の質量を削ろうとしている」

「にゃ!?」

「少しでも早く帰るためにだ。岩盤を削り、月の脱出速度を超える速さで射出。それが終われば今度は互いを解体して撃ちあげる。最後には核融合エンジンとわずかな物資、そしてシオウのカプセルだけが残るほどに月を食いつくすつもりだったんだろう」


地球の月の脱出速度がたしか2.38km/s この月はそれよりだいぶ質量が小さいから、1.5km/s程度しかないと思われる。固定砲台のような仕組みで十分に可能な速度だ。

彼らの目的は月の回転ではなく反転、逆噴射でカラバへと帰ることだったわけだ。


『にゃー! あの核融合エンジンは出力90%で1Gの加速ですにゃ、しかし月の質量が減れば、加速度がどんどん高まっていきますにゃー!』


そう、おそらく月の質量は90%以上削られる。

そうなったときの加速度は、およそ人間の耐えられるものに収まるはずがない。もしそれを放置していたなら、彼らの王であるシオウまで加速圧で死んでいただろう。ドラゴンはそのことが理解できていない。


彼らはただカラバへの帰還を目指し、その中で邪魔になる猫や施設を排除する。それはただの排除(・・・・・)であり、敵対するという意識は無かったと思われる。

そして、その中には命令源を守るという意識すら無いのだ。


ばし。

エアロックから空気が放たれる音。僕ははっと顔を上げて身構える。


「シオウが」


およらくは戦いの余波により、緊急蘇生システムが作動したか。


「にゃ」


僕のときと同じ工程が迅速に行われる。四肢の先が温まって末梢神経が活性化し、筋肉を電気刺激によって弛緩させ。脊髄から脳にかけてパルス刺激により覚醒が促され、副交感神経の目覚めにより全身にゆっくりとスイッチが入る。


蓋が開き、そして彼女が。


僕は銃を捨て、フェイスガードを上げて彼女へと駆け寄る。倒れ込むように、その上にかぶさるように。


「――ダイ、ス」

「シオウ……」

「うにゃあ……」


僕は膝立ちになってカプセルに添い、急に身を起こしたりせぬよう、その腹部にそっと手を乗せる。夜着のような簡素な服を着たシオウは、僕を見て口を開く。


「――私、夢を見ていたの。とても長い夢のような、それとも一瞬の幻のような」

「分かっているよ、シオウ」

「いろいろな猫が、猫の耳を持つ小人が、いろいろなことをしていた。長い旅に出たり、ものを生み出したり、楽しげに笑いあったりする夢……。ファミー、あなたもいたわ」

「にゃあ……私の顔、分かるのにゃ?」

「ええ……もちろん」


ファミーはカプセルの反対側に来て、体毛の生えた腕でシオウの頬に触れ、顔を寄せるかに見える。そこに深い慈しみのような、懐かしさのような感情が浮かんでいた。おそらくは言語化できない複雑な感情。記憶とは異なる部分で感じる懐かしさや親愛がファミーを混乱させていたのだと思う。


僕は少しほっとする。カプセルに入る前のシオウは必ずしも精神が安定していなかった。今はそれが影を潜めているようだ。


そして、彼女が目覚めたならば即座にやらねばならぬことがある。


僕は体を反転させてドラゴンのところまで歩き、その頭部の前に膝をついて声を落とす。


「ドラゴン、僕の声が聞こえるか、僕が人間であることが分かるか」

「…………イエ、ス」

「君たちと通じ合っていた人物の意識は切断されたはずだ。君たちにとって何よりも優先されていた至上命令は停止したはず。そして今、人間である僕が命令を与える。いますぐ全ての個体の活動を止め、自壊せよ」

「――了解、し、ました、マス、ター」


そして切断されていたドラゴンの頸部からコードが伸び、ミミズのような奇妙な柔軟性をもって地面に吸い込まれる。


数秒後、ドラゴンの目から光が消え。


そして周囲から波が引いていくような、何かとてつもなく広大な範囲で気配が遠ざかっていくような気がする。


例えるなら僕たちを中心とした大規模停電のごとくだ、それはおそらく電磁波という名の気配が消えてゆく感覚。月を包み込むほどの大群となったドラゴンたちが、その集積回路を止め、駆動系を止め、電磁波という鼓動を止めて自壊していく気配なのだ。



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