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スイカの星の進化論  作者: MUMU
第八章 猫の星の進化論
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第七十話


通路はけして平坦ではなかった。

いくつかのエアハッチを抜け、物資搬入路や坑道らしき場所をいくつも通過する。すでに与圧はされているが、用心のためにメットは脱がない。


道中にはドラゴンもいた。どんな地形をも走破する八脚竜オクタドラゴン、質量弾の射撃を受け流してしまう万鱗竜スケイルドラゴンなどが群れをなして襲うが、月の猫たちが持つ装備のほうが上だった。大口径砲やレーザー臼砲により駆逐されていく。


やがてたどり着くのは巨大な扉である。ロックされていたが、兵士たちが素早く扉を焼き切って内部に突入する。


「――ここは」


そこは広大な箱型の空間。壁と言わず天井と言わず白無垢であり、内部には棺のような黒い直方体が20、いや、50はある。墓場以外の連想を許容しないほど、無機的な黒と白のコントラスト。


「なんだこの空間は……」

「うにゃ、こんなもの核融合エンジン建造時はなかったはずにゃ。ドラゴンたちが作ったものにゃ」


ファミーが棺の影などを策敵しながら言う。

銃装竜ガンメタルドラゴンのような腕を持つドラゴンもいるのだ、ドラゴンにも当然ながら工作力や開発能力があるということか。ということは、この棺は。


そのとき棺の一つが上蓋を跳ね上げ、内部から白い影が飛び出して天井に吸い込まれていく。見上げれば天井の中央に大型のシャッターが設けられており、音もなく素早く開閉していた。そこから棺の中身を外に導いたのか。


「これは、まさか万能工作機」


ドラゴンたちが複製したのか。しかも、この数。

一つの工作機の大きさは大型トラックほど。部品をいくつか作ってから組み合わせることもできるが、どうやら一括成形で小型のドラゴンを生み出してるようだ。

そう思考する間にも一体が生まれ、天井へと消える。


「おかしいにゃ」


ファミーが呟く。


「かなりのペースで作ってるにゃ、これならもっと大勢のドラゴンがいて不思議じゃないはずにゃ。噴射ノズル内部に来た個体と、ここまで遭遇した個体すべて合わせても百体もいなかったにゃ」

「……分散しているだけかも知れない、とにかくここにある万能工作機は破壊しておくべきか……」


それに、先ほど飛び出したドラゴン。あれは僕たちを無視していた。

気づきもしなかったのか? そんなはずはない。

では、ここで僕たちを排除するより優先すべき攻撃目標があるのだろうか。それも何かズレている気がする。そもそもドラゴンの行動は造兵も含めて暴走であり、そこに解釈などいらないということか?


『にゃー! 大変ですにゃー』


ティルの声が響き、僕は我知らず上を振り仰ぐ。


「どうした!」

『地表のあらゆる場所からドラゴンが噴き出して・・・・・きましたにゃー! 数は数百万――いや、数億!』

「なっ……」


この月の直径が2500キロとするなら、表面積はおよそ2千万平方キロ。そこを数億のドラゴンが埋め尽くすとすれば、地表に逃げ場など無くなる。


『ドラゴンたちが地上を爆撃していますにゃ! これでは施設などひとかけらも残りませんにゃー!』

「そんな馬鹿な……万能工作機があるとはいっても、月の資源もエネルギーも無限のはずがない。そこまでしてドラゴンたちは何を……」


やはりただの暴走、ということなのか?

破壊の王ならば、大地のすべてを食いつぶして生まれ、見下ろすすべてを灰燼に帰すがさだめ、だとでも……。


「……ティル。僕たちはシオウを探す。ティルたちは無限の魂に関わるシステムと、残ったすべての人員を連れて脱出艇で逃げるんだ」

『にゃっ、ですが我々はともかく、魂のシステムが本星にあるダイス様たちはどうなるか分かりませんにゃ』

「おそらく噴射ノズルにも何千万というドラゴンが殺到するだろう。今さらルートを逆走しての退却は不可能だ。ドラムにも闇雲に戦わずに身を隠すように指示してくれ」

『うにゃっ……ドラム司令との通信は現在途絶えていますにゃ。ですが、通信が回復次第必ず……』


そう、それも分かっている。通信はずっとオープンのまま(・・・・・・・)なのだ。


「ダイス、こっちの目標が見つかったにゃ」


ファミーが言う。兵士の猫たちが携帯型のアンテナを設置して道の奥を探索していた。道はいくつか分岐しているようだが、もはや目標から遠くはないのだろう。直接探査が可能というわけだ。


「にゃー、熱源反応、電磁波、磁力ともに、おそらくこの道が本命ですにゃー」

「ドラゴンの反応は?」

「一つだけですにゃー、あまり大きくない反応ですにゃー」


一つか。

地上に数億も出ているのに、地下で出会ったドラゴンはあまりに少ない、それが気がかりだ。おそらく万能工作機もここにあるだけではないだろうに。

そこで、僕はふと思い付いたことを尋ねる。


「……万能工作機をハックして脱出用の乗り物を作れるかな?」

「できますにゃ、我々は兵士でありますが、腕ききの科学猫(サイバリアン)ですにゃー。それに万能工作機にはそもそも権限の設定などはありませんにゃ、ライセンスフリーなのですにゃ」


それもそうか。この機械は最果ての四王以外が使うことなど想定してなかったはずだ。


「どのぐらいかかる?」

「にゃー、本部から小型艇の設計図をダウンロードして入力するだけですにゃ。これだけの工作機があれば五分で一隻作れますにゃー」


シャッターを見上げる。大きさは一辺12メートルほど、それなりの大きさの船が飛べるだろう。


「よし、君たちは船を作ってここから退避するんだ。この天井にある穴から月の表層まで行けるはず。僕はシオウに会ってくる。僕たちの船も作っておいてほしいが、もし不測の事態があれば君たちだけでも脱出すること」

「にゃっ! 私も行くにゃ」


そう言うのは、やはりと言うべきかファミーである。


「一匹とはいえドラゴンがいるなら危険にゃ、それに作戦の正否を見届けなきゃいかんにゃ」

「ファミー……」

「ここまで来て野暮は言いっこなしにゃ。それに大体、作戦の指揮官はあたしにゃ」

「そうだな……行こう、一緒に」

「にゃー、隊長、お気をつけてにゃー」

「にゃー、あの時の四段ケーキ食べたのは僕でしたにゃー、ごめんなさいにゃー」

「うわそれ覚えてるにゃ、いま言うなんてずるいにゃー」


がーと両腕を振り上げて、しかしファミーは、兵士たちの頭をぽんと叩く。


「みんな、私たちに死はないけど、それでも死ぬことは恐れるべきにゃ。最後の最後まで生き延びることを考えるにゃ」


僕は思う、彼女のかつての姿を。

この星の不死はかりそめ、まやかしの無限、それも正しい。だが不滅の存在であると自認し、永遠を信じるドラムのような考えも正しい。

生命とは何だろう。あるいは僕らは眠るたびに死に、一秒ごとに細胞の多くが入れ替わる流転の存在。この意識とは脳細胞という群体的生物の産物であり、子が親に似ることは輪廻転生の一つの形とも言える。生命を定義する言葉は常に曖昧であり、誰もその本質を知らない。


つまりは、何を信じるか。


この一瞬を永遠の一部と捉えるか、かけがえのない一瞬の連続と捉えるか、それはどちらも正しいし、どちらも素晴らしいのかも知れない。


ファミーは永遠でありながら死への恐れを抱いた最初の猫だった。あるいはあの時に見つけていたのだろうか、無限であり一瞬である生命の本質を。輝かしく、恐れるべき今という一瞬を。


死を知ることこそ、無限の始まりであると。


あるいは、猫たちはあの時にそれを知ったのかも知れない。


僕たち二人は兵士たちを残し、通路を進む。

だがそれが通路であった時間は長くなかった。どんどん空間が広がり、壁も天井も分からなくなり、単一な岩肌の地面だけが続いている。岩盤であることは間違いないが、鏡のように滑らかな質感だった。


「この空間は何だろう」

「にゃ、おそらくこの場所を満たしていた岩盤を採取した後にゃ。プラズマ化させて核融合エンジンの推進剤にしたり、万能工作機に投げ込んでドラゴンの材料にされたと思うにゃ」


銃の先端にライトを装着し、その細い光条だけを頼りに進む。月の内部が全てくりぬかれたかと思うほどの圧倒的な空間である。方向や距離の感覚は遠くなり、低い重力の中で天地上下すら曖昧になる奇妙な浮遊感がある。


「何かいるにゃ」


光の槍が捉えるのは、白い小山。

広大な空間の中で翼を畳んでうずくまる白。その砂色の鱗はひび割れが目立ち、いくつかは剥がれ落ちて新しい鱗がせり上がってきている。

後部から生える尾は板のような体節の連続であり、縄張りを張るようにその体躯を取り囲んでいる。いくつかの節はひび割れ、緑色の体液を流していた。岩肌のむき出しになった地面には、砂色の破片が散らばっている。


そしてドラゴンの影に座すように、クリアー仕様の睡眠カプセルが、そしてその中の人影が。


「シオウ……」


その姿に僕の眼は距離を忘れる。

その美しい金色の髪。うるわしき唇。低温に保たれた白い肌の奥に、ごくわずかな朱を潜ませる。

その名を大声で呼びたかった。猫たちとスイカの星そのもの(・・・・)にもなった眠れるイブ。

だがそれは猫たちの認識、僕にとってはやはり唯一無二の愛しき妻なのだと。かつて無限のごとき旅をした最愛の人なのだと思える。僕は生まれ変わりを経たけれども、やはり魂が彼女を覚えている。今ならば無限すらも信じられる――。


よく見ればカプセルから無数のコードが延び、ドラゴンの脊椎に繋がっている。そしてドラゴンの胸部からもまた別のコードが延び、地面となる岩肌へと吸い込まれていた。


その全てが、一度に外れる。

無数のコードがススキの穂のように広がり、ドラゴンの内部に何らかの駆動音が流れる。油圧ポンプの音か、メモリーへのアクセス音か、コンデンサに給電される独特の甲高い音か。


同じ個体? そんなはずはない。

おそらく、こいつも無限の魂を。


僕は銃を構え、立ち上がるその姿を見て言葉をこぼす。


「おまえは」


その姿もまた、魂に刻まれている。心のどこかで覚えている。その個体が、他のドラゴンとは違う特別なものだと――。



「あの時の、ドラゴンか……」



更新のお知らせ


次がおそらく最後の更新となります、二話か三話になると思いますがエピローグまで含めて一気に上げます。

完結後も外伝を少し書くかも知れませんが、一応の区切りとして完結設定で投稿すると思います。

ここまで読んでいただきありがとうございます。もう少しだけお付き合いください。

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