第七話
探し回ること数分。
ファミーは小高い砂丘の上にいた。しかし、その腹部に金属片を突き立てた姿で。
「ファミー!」
「う、にゃっ……」
なんということだ。おそらく刺さっているのは船体の一部。あのドラゴンの攻撃の余波か。
ファミーは力なく手足を伸ばし、夜風がその身の上を行き過ぎる。シオウの誂えた黒の長衣、腰までの豊かな黒髪が大きく広がり、砂漠に落ちた一滴の墨のように見える。
「ファミー……」
僕はともかくも急ぎ船まで戻り、煙の届いてなかった物置から簡易寝台を運び出すと、比較的無事な部屋に設置してそこにファミーを寝かせる。だが全てが手遅れであることを自覚するしかなかった。船の医療ユニットは大破しており、薬もすべて失われている。ファミーに人間の薬や保存血液が使えるとして、だが。
そしてファミーの体は急速に冷えていた。おそらくは血を流しすぎているのだ。その命が急速に失われていく。命を取りとめるためのどんな手だても間に合わないほどに。
これほどの深手なのに、ベッドに寝かされたファミーはもはや暴れることもない。僕は何もできない自分を呪いながら、うっすらと体毛に覆われた、猫の名残を残した手を握る。
「うにゃ……ダイス」
「大丈夫だファミー、君は死んでも黒猫となって甦る。また新しい肉体を得られるんだ。また僕が見つけてあげる。たくさんのものを食べて、多くを学んで、また成長しよう」
ファミーはまるっこい顔を眠たげに震わせ、すうと息を吸ってから口を開く。
「……ダイス、思い出したにゃ」
「何をだい?」
「私たちの、古い古い思い出、最初に生まれたときに、言われたこと」
「言われた……?」
ファミーの言葉はうわごとに近いものだった。ゆっくりとした瞬きのあと、遠い記憶を思い出すように語る。
「すべてを食べろ」
「この星のすべてを食べ尽くせ」
「そうすれば、この星で一番強くなれる」
「……?」
それは、いわゆる遺伝子の囁きだろうか。あるいは知性が根元的に持つ、何かしらの宗教感だろうか。埋めよ、増えよ、地に満ちよという教えのように……。
「食べたいのにゃ……もっと、もっと……たくさんの、ものを……」
「ああ、一緒に食べよう、スイカを、他のさまざまなものを」
「……にゃっ」
ファミーの息が弱まっていた。口元がゆるやかに動いて、かすれるように息をつく。
「無理をしないでファミー、大丈夫だ、転生を信じるんだ、この星での魂の永遠を」
その口が何かを言わんとしていると気づく。
「ファミー……?」
僕はベッドの脇に膝立ちになり、その口元に耳を近づける。
喉だけで呼吸するようなか細い吐息、それに混ざって、声が。
「かなしませて ごめんなさい おとうさん」
涙が。
もはや旅路の果てに枯れはてたと思っていた涙がこんこんと溢れる。それは宇宙服を露に濡らし、斜めになった床をつたい、崩壊した壁から大いなる砂漠へと落ちていく。僕は己の体を制動することができず、ただファミーを抱き締めて泣いた。
この世の終わりまで泣き続けていられればいいと思った。地球からは形容しようもないほどの距離を離れ、世界の果てであらゆるものを失った僕が、残った肉体すらも地に溶かし、魂を空に解き放ちたいと願うような号哭だった。
【?日目】
僕は数日をかけて船を砂に埋めた。
あのドラゴンが再び来ないという保証はない。シオウの眠りを妨げるわけにはいかない。この作業の中で超音波スコップは折れ、宇宙服の人工筋肉も限界を迎えて機能を停止した。僕はそれらも砂の奥に沈める。
ファミーの亡骸もまた砂に埋めた。ファミーの魂はすでに砂に潜り、黒猫の一匹となったのだろうか。あれから何匹かの黒猫を見かけたが、僕に慣れているような様子を見せる個体はなかった。ファミーは近くにいないのか、それともやはり、猫に戻るときには記憶がリセットされるのだろうか。
【?日目】
僕は月明かりの砂漠にいた。
比較的大きなスイカの園が出現していたのだ。そこにはたくさんの黒猫が集まっており、スイカを食べて小人に変わっていく。
集まった猫の数に対してスイカはかなり多かった。20人あまりの小人は驚嘆すべき食欲を示したが、それら全てを十分に満足させるだけの量があった。猫たちはさらに数十分ほど宴会に興じ、腹もくちて帰ろうかというころ、砂山に身を隠していた僕が現れる。
小人となった猫たちはいっせいに振り向くが、ほどなくにゃあにゃあとのんきな声をあげる。どうやら僕は敵と認識されないようだ。
「君たちに、これをあげよう」
僕は左右の手に異なるものを持っていた。
まず左手にはAIキューブ、砂地に置くと色鮮やかなライトに彩られ、ゆるやかな民族音楽を奏でる。
「これは歌う石。数十万もの歌を覚えている。太陽から力を得て、ほぼ無限に歌い続ける。君たちの鳴き声に合わせて即興で曲を作ることもできる。この丘にて、これから長い長い時を歌い続けるだろう」
そして右腕に抱えていたのはスイカだ。ひときわ大きくて甘そうなスイカを地に置き、電力の尽きたヒートナイフで割る。
小人たちの多くはキューブに引かれたようだ。その回りに集まって、音楽に体を揺らす、あるいは水滴のように弛緩してへたりこむ。音に合わせてにゃあにゃあと鳴き交わし、光の明滅に興奮して猫目をしばたたく。
そして三人だけ、スイカに興味を示した小人がいた。もう満腹だろうに、ひときわ甘そうなスイカにかぶりつき、口の端を濡らして種を飛ばしながらむさぼる。
「君たちはスイカを選んだか。もし石を選んだなら、君たちは石のように永遠に生きられただろう。だがスイカを選んだ君たちは旅立たねばならない。君たちの命はスイカのように限られたものとなり、一時の満腹と快楽のために困難な旅をせねばならないだろう」
僕はその三人を抱き締める。小人たちはきょとんとした目で僕を見上げたものの、拒みはしなかった。
「だが約束しよう。旅の果てに君たちは栄光を手にする。多くのものを食べて、この星の隅から隅までを統べる。あらゆる驚異を排除し、星の果てにまでも手を伸ばす力を手に入れる。僕が君たちを導く。君たちをこの星の頂点にまで押し上げる」
「のあー」
「にゃにゃっ!」
「うにゃあ?」
まるっこい顔ながら、どことなく個性を感じさせる小人たち、三者三様の鳴きかたで応える。
僕はふと、この三人の中にファミーがいるかどうかを考えた。
いない、それは直感として分かる。
生まれ変わったファミーを確認したかったが、出立は今宵と決めたのだ、ならば夜のうちになるべく歩いておかねば。
「さあ行こう。まず北に向かう。太陽と星の動きから見て、ここは赤道に近いはず、北に進めば多少は涼しい土地があるかも知れない」
「うにゃらー」「にゃおらー」「なあー?」
小人たちは背伸びをしながら腕を突き上げ、僕に従って歩き出す。
この地を去る最後の一瞬、僕は少しだけ背後を振り返った。
僕たちの船が埋まっている場所、月明かりに照らされ、そこは小高い丘となっている。
その上に猫がいるような気がした。しなやかな背筋と、気高い毛並みを持つ美しい黒猫。猫一匹が見極められるような距離ではないが、僕はわずかに瞑目し、その幻視の猫に祈った。
「シオウ、ファミー、待っていてくれ。いつか、時の流れの果てに必ず戻ってくるから、君たちを迎えに来るから」
「それまではスイカが君たちを守る。しなやかな蔓が城塞となり、柔らかな葉が屋根となって、君たちの眠りを守る永遠の城となるはずだから……」
そして僕たちの、長い長い旅が――。
ダイスの問いかけの元ネタは、ニュージーランドや東南アジアの各地に残るバナナ型神話と呼ばれるものです。人間の死や短命を説明する神話ですね。詳細は検索してみてください。
ここまでが第一章となります、次の章からは猫らしく明るい話になる予定です。面白いと感じていただけましたらもう少しお付きあいください。