第六十四話
かくて猫の物語は佳境へと至る。
何百年か、あるいは何百万年かのスイカの星の歴史、猫の歴史。それは一瞬の瞬きのように輝かしく、千里万里の長城のように果てしない。
なぜ猫だったのか?
そんな疑問も浮かばなくはない。
猫に九生ありと言うように、生命力と不死性の象徴だとされたのか。あるいは童話にあるように狡猾さや賢さの象徴であったためか。
あるいは彼らのコンパクトながら堂々とした香箱座りが、まるで本来の星の支配者にでも見えたのか。
いずれにせよ、彼らの進化はもはや想像を超えつつある。
王の支配を脱却して神を得て、星の彼方へ赴かんとする。その進化のルールすらも、定められた法則を超えつつある。
それこそが見たかったものか。
愛すべき、そして哀すべき最果ての四王よ。
星の海に漕ぎ出した人間たちよ。
心構えは十分か。
きっと我らを、想像を超えたものが出迎える。
※
いくつかの仕事が同時進行的に進む。
「にゅー! もちろんクーメルも行きますにゅう」
びしりと手を挙げてそう主張するが、僕はまだ迷っていた。今回ばかりは本当に命の保証はない。仮に宇宙空間で死んだなら、この星のシステムはその死を察知できるだろうか。僕のように復活が数十年遅れる可能性もある。
骸の王の言うところの生命輪環システム。ガウディではこのシステムに干渉することができず、僕たちのIDを持っていくことができなかった。
つまり宇宙挺に乗れば、その時から僕たちの無限の魂がどうなるかは分からない。
だがクーメルとて子供ではない。僕よりもよほどしっかりしている伝令猫だ。月で何かが起こっていることはこの星の猫のすべてに関わることでもある。最終的には同行を拒むことはできなかった。
「ルートーン、僕たちがこの星に戻ってくる保証はない。後のことは君に任せるよ」
「はいですにゃ、すでに緑土の開拓希望者が殺到しておりますにゃ」
場所は芯果のコントロールタワー。僕たちはルートーンと、その他の行政担当の猫たちとテーブルを囲む。
「ガウディとも話をした……。造山猫たちと、万能工作機が開拓の助けになるだろう。重ねて言うけど、自然発生するスイカに頼っちゃダメだ。自然に育つスイカと、ガウディが作っている果樹や穀物、それだけで十分に人口が維持できるように計画するんだ。虫や魚が発生したら、大事に保護しておくようにね。あれも骸の王のシステムによって再発生しているが、システムがいつまで維持されるかは分からないんだ」
「承知いたしましたにゃ」
「にゃー、緑土にトイレ設置したいとの要望が出てますにゃー」
「そうだね、芯果の施設で使えるものは建物ごと移していこう」
「にゃー、コンビニとお洒落なカフェも持っていくにゃー」
「レンタルビデオ屋とジャングルジム屋も欲しいにゃー」
「君たち開拓ってこと分かって……えっジャングルジム屋?」
それは多少興味があるが、ともあれガウディが宇宙挺を用意する数日の間、僕たちは最後の準備を行う。
トムとクーメルは料理で可能な限りレベルアップし、軍事用も含めた最新の装備を揃える。もはやトムのチタン刀より強力な近接兵装はたくさんあったが、トムはそれを携行することにこだわった。
クーメルの装備はスタンガンシューズと小口径の携行火器、僕は大口径の装備をいくつか船に積んだが、おそらくこれは役に立つまいという予感がある。
月にはティルとドラムがいるのだ。あの二人と、特に優秀な科学猫たちで対処できない問題なら、12ゲージのショットガンなど飾りにしかならない。
そして数日後。
「みー、くれぐれもお気をつけ下さいみー」
僕たちは緑土にまで上がってきていた。別れを惜しまぬ猫たちとはいえ、今回ばかりはさすがに数百人が集まって、離れた丘の上から僕たちを見送っている。キャンプの仲間たちもいるはずだ。
どうも宴会真っ盛りのような声が聞こえるけど、別れを惜しむ叫びだろう、たぶん。
その宇宙挺というのは、実も蓋もない言い方をすればアメリカンドッグにひじょーによく似ていた。灰褐色の石のような殻が全体を覆い、前部からは黒い角柱状の物体、つまり弦転跳躍システムが飛び出している。飛び出している方が前らしい。
全体の長さは6メートル。高さは2.7メートル、これに三人乗ったら中はすし詰めだろうと容易に推測できる。
「……これ、本当に核の通過に耐えられるの?」
「大丈夫ですみー、理想物体に近い硬度の殻で全体を覆ってるから不格好ですが、どんな衝撃にも熱にも耐えますみー。コア奪電システムを組み込んでますので、核で弦転跳躍システムが電位差を受け取って、その一瞬後には惑星は遥か後方ですみー」
惑星の核を通過するなら、継ぎ目や溶接部を作るわけにはいかない。必然として、万能工作機で一括成形できる形状とサイズの船になるわけだ。それは理解するけど、これは、うーん。
「推進部がないんだけど……」
「乗り込んだ後でこれ全体を運搬機でピックアップしますみー、そして軌道周回後に地殻貫通縦路に向けて射出しますみー。跳躍の後は内部にある機械の指示に従って下さいみー」
「それでこれ、どうやって乗るの?」
「いちど弦転跳躍システムを引き抜いて、空いた穴から中に入って、また差し込むんですみー。角柱のサイズは穴と完璧に一緒ですので、隙間から熱が入ったり空気が漏れたりしませんみー」
「…………」
ロケットに生涯を捧げた偉人たち、真空と放射線を相手に戦い続けたNASAの職員たち、ちょっと生き返って意見を聞かせてくれないだろうか。
僕がさすがに不安に襲われる前で、力のある猫たちが角柱を引き抜き、空いた穴からトムやクーメルが乗り込んでいく。作業をする猫がひそひそ言い合う声が聞こえる。
「これ本当に飛ぶのにゃ?」
「そんなわけないにゃ、きっとショートコントが始まるのにゃ」
そうだったらむしろ有難い。
とはいえ乗らないわけにもいくまい。僕はカウディの用意した宇宙仕様のスーツを確認して、乗り込まんとする。
「……ちょっと穴が小さいんだけど」
「み? いちど宇宙服を脱いでから中で着てくださいみー」
「……」
中は想像を超えて狭かった。ワンルームに三人いるというだけでなく、食料に酸素循環機、水に小型トイレに航行用の機械端末、そして何やらごちゃごちゃとした機械と、武器まで積んでいるのだ。さながら貨物列車に密航して国境越えに挑む気分だ。
内部に入ると今度は角柱が差し込まれる。言われていた通りコンプレッサーを動かし、内部の空気の一部を金属缶に圧縮して気圧を調整する。これって差し込むだけなんだろうか? さすがに外で接着剤とかで固定してるよね?
それが終わってしまうと、外からは一切の声も、熱も電波も届かなくなる。僕はともかく荷物の確認を始める。
「うにゅ、じゃあさっそくおやつ食べますにゅう」
「にゃっ、トムは紅茶飲みたいのにゃ」
うーむ緊張してる僕の方がおかしいのかな。
しかしトムとクーメルの余裕もそこまでだった。いきなり強烈なGが三人を床に張り付けたのだ。
「うにゃっ!? 何だにゃー」
「り、離陸のGみたいだ。きっと運搬機とやらでピックアップしたんだな」
いつ打ち上げるとか、打ち上げの細かい手順とかは専門用語が増えてくるために理解が及ばず、すべてガウディに任せていた。
ガウディは「寝てる間に終わりますみー」と言ってたが、やはりというか加速によるGは存在するのか。
「こ、これどうなるんですにゅう!?」
「くっ……た、大気圏外まで運搬後、秒速4000キロまで加速すると言ってたな。寝てた方がいい。短時間でその速度まで加速するには、重力加速度を大きく超える加速が襲うはずだ。寝てれば7Gまで耐えられる」
大きな振動と加速度、しかし音も熱も、気圧の変化も感じない奇妙な飛行は数分続き、そして唐突に体が投げ出されるような感覚があった。トムが狭い船内で吹っ飛んで壁で顔面を打つ。
「みぎゃっ!? 痛いにゃー」
「この感覚……推測だけど、高高度飛行機のようなものでワイヤーを使って運んで、大気圏で切り離したのか?」
そして次の瞬間。90度真横に体が張り付き、さっきの倍近いGが速やかに僕を圧殺しようとする。トムの叫びがどこか遠く響く。
「にゃぎゃー!?」
「にゅー! おやつが出ますにゅー!」
またも推測だが、今度はおそらく前もって打ち上げていた周回軌道衛星にピックアップさせたのか!? そして周回軌道を加速しながら周るつもりか。
なんという雑な扱い。技術的には地球人が月面だの火星だのを目指していた時期の数段上だが、なまじ技術力があるだけに何もかも力技である。
Gは少し緩やかになったが、まだ体が床に張り付いている。いやこの方向は壁だったか、もはやよく分からない。
「うにゅー、この加速いつまで続くんですにゅー」
「ええと、秒速4000キロまでだろ、この加速度を2Gとして、20.0で計算すると……」
僕は顔面蒼白になる。
「55時間と、33分20秒……」




