第六話
【二十七日目】
僕は船の倉庫をひっくり返し、戦闘に使えそうなものをかき集める。
さほど多くはない。武器は工作用のヒートナイフ、そして超音波スコップだ。筋肉補助のある宇宙服と併用すれば十人ぶんの土木作業ができる装備だが、あいにくドラゴンを倒すまじないはかかっていない。
宇宙服には金属板を接着剤で貼り付け、フラーレンワイヤーを巻いて補強しておく。ドラゴンに立ち向かうには泣きたくなるような装備だが仕方ない。
そして爆薬だ。僕は船内に残っていた薬品類、ボンベ類、電池などおよそ強力な化学反応を引き起こすものをすべて動員して爆薬を作り上げる。TNT換算にして140グラム、極めてささやかなものだった。化学燃料が推力として用いられていた時代なら、もう少しマトモな爆薬が用意できたのだろうか。
だが、それだけに時間を費やすことはできなかった。シオウを休眠カプセルに入れたのだ。
それは深夜に行われた。長き旅路へのはなむけの儀。
シオウをカプセルに入れることになった経緯について詳細を述べたくはない。
彼女は正気を失っていたのかもしれないし、あるいは臨死の際にあって何もかもに対して正直になれたのかもしれない。少なくとも眠ることは彼女の意思だった。僕のエゴイズムではないという主張だけは述べておきたい。
問題の先送り、あるいは束の間の気休めに過ぎないと僕だって分かっているが、ともあれ僕はシオウに薬を飲ませて落ち着かせ、その身を抱えてカプセルに横たえ、クリアー仕様の上蓋を閉じる。ほどなくガスが噴射され、シオウのすべての代謝機能が限りなくゼロに近づく。
休眠カプセルは持続のために大きな力を必要としない。外気のわずかな温度差から、あるいは宇宙線から電力を取り出し、全ての自己メンテナンスを行う。
しかし、もはや彼女が起き上がることはあるまい、そんな予感もある。世にすべて滅ばざるものなし、いつかは休眠カプセルが朽ちるか、あるいは眠りのなかでシオウの命の灯が尽きるか、何らかの事故によってカプセルが破壊されるか。それまでの話でしかない。
事実上、この瞬間にシオウは死んだのだ。
カプセルの上に黄色い花を置き、両手を組み合わせて祈る。
「シオウ・ウィスカヴァは善き人であり、慈愛に満ち、教養にあふれ、労役を苦とせず、誰しもの模範となるべき素晴らしき人であったことを証だてます」
「うにゃあ」
ファミーもカプセルの反対側に立ち、その透明な蓋の上にはらはらと黄色い花を撒く。
「縁あってダイス・ロブソンと夫婦となり、長い旅路の果てにこの地にて生涯の幕を降ろします。彼女の夫でいられたことを誇りに思い、美しき思い出を築けたことに無限の感謝を捧げます。どうか魂の安らかならんことを。神のみもとにて祝福を受けんことを」
ささやかな祈りと、わずかな花。彼女のような輝かしき人を送るにはあまりに簡素に過ぎる。たとえ薄葬が旅人の宿命であったとしても。
そして船全体が揺れるような衝撃。
「……」
僕はヒートナイフをひっつかみ、大股で船の出口へと向かう。AIに檄を飛ばして船外のライトをすべて点灯させる。
楕円形のドアが開く先にいたのは砂色のドラゴン。僕は出口のへりに足をかけてそいつと対峙する。
「よう、もう腹が減ったのか?」
ドラゴンは初めて見るであろう科学の光に目を細め、ぐるううと低くうなる。
だが怯ませたとしても数秒だろう。僕にできることは一心不乱の突貫だけ。
僕は出口に立て掛けてあった超音波スコップの出力を最大にし、全力で投擲しつつ船から飛び降りる。重量バランスによって先端を軸とした回転を描き、秒間40万回の振動が竜の鱗を直撃する。
それはケーキに対するフォークのごとく、見事に鱗の表面を破砕させながら突き立つ。
夜空を震わす咆哮。
たいしたダメージには見えない、おそらく驚愕の叫びだろう。この砂だらけの世界に限らず、補食関係において体の大小は絶対の基準だ。小さなものが大きなものを傷つける事態は稀なのだろう。
僕は宇宙服の人工筋肉を稼働させて疾走。大きくのけぞるドラゴンの足元を抜けて尾へと走り、その根本にヒートナイフの出力をやはり最大にして斬りつける。
こちらはさほどうまくいかない。炎が人の背丈ほどに打ち上がったものの、尾を切断できない。もとより溶断とはそんなに瞬時に切り裂くことを目的としていないのだ。
尾の先端がふわりと浮き上がり、長さ50メートルほどに達するそれが視野の左から右に渡されるように見えて。
「っ!」
緞帳のような眺めの尾が襲う。前方からの強烈な一撃、僕は空き缶のように軽々と吹き飛ぶ。
「ぐっ……なんて重いんだ、猫を集めるための装備にしてはやりすぎだぞ……」
転がったまま目を開けば視界の中央に砂色の点。それはライトに照らされた竜の尾だ。雷撃のように落ちる。
すんでのところで左に転がり、僕のいた場所に尾の先端が突き刺さる。
音に驚いて目を見開く、宇宙服の表面が裂けていた、これが最も驚異的なことだ。5ミリ以下の宇宙塵の直撃をはじく高密度繊維、それを易々と斬り裂くとは。
尾の全体が蛇のようにうねる。新体操のリボンのように柔らかな曲線を描きつつ先端が加速。音速近くまで達して僕の脇腹を撃ち抜く。宇宙服との摩擦で火花が生まれ、補強していた金属板が紙のようにねじれてちぎれ飛ぶ。
「ぐうっ……! この威力、服が耐えたとしても中身が……」
僕たちの時代の宇宙服ならば、対衝撃性は旧世代の戦車よりも上だ。だが中身はそうはいかない、急な変形には耐性があるとはいっても、あの尾の攻撃をマトモには受けられない。
船の側壁に沿って走る。ドラゴンの尾が砂上をうねりながら走り、船体にこすれて金属音を生む。
「AI、スラスター噴射!」
船の側面から噴射が起こり、一瞬で爆発のように砂の壁が築かれる。
無事だったスラスターは三基であり、一基あたりの出力は40キロ、目眩ましに砂を巻き上げるには十分だろう。尾は僕を見失ったのか、ぶおんと空を切って暴れている。船体にぶちあたって火花と金属片をまき散らす。
僕は砂漠に寝そべる船体の下、小さなトンネルのある場所に至る。船体を通り抜けて逃げられるように掘っておいた穴だ。僕はその小さなトンネルに滑り込んで、船体の下を四つ足で移動する。
我ながら称賛したいほどの速度で船体の下を抜け。反対側に至るとき。
眼前に竜がいた。
「うっ……くそっ、このぐらいの動きは読んでくるのか」
いつの間に、音もなく浮き上がり、船の反対側に来ていたのか。しかも尾による追跡も緩めていない。尾に目玉でもついているのか、船体の下を抜けてきて僕の背中に突き刺さる。
「がっ」
背中への強い衝撃、肺から空気が押し出される。
だがそれは破壊行為ではなかった。平たい板状であったはずの尾の先端から、甲殻類のそれに似た複数の腕が伸びている。
そして僕の体を締め上げつつ、宙へと浮かび上がらせる。
「はっ……、ぼ、僕を食べたいなら食べるがいい、その牙をすべて灼き斬ってやる」
ヒートナイフを構え、それを触腕に突き立てる。甲殻の表面から激しい炎が上がるが、ドラゴンはもはやそれにはひるまない。
眼前にはドラゴンの頭。トカゲに似てはいるが無数の角が後方に伸びるように生えており、その感情のない瞳に生物とは異質なものを感じる。その口が喉から開くように不自然なほどぱっくりと開かれ、内側に無数の歯が見える。水牛の角のように反り返った巨大な牙。おろし金のように数十列も密集した細かな歯列。噛み砕く以外に何も考えていなさそうな攻撃的な牙の群れ。
そして見極める、今だと。
「AI! 起爆させろ!」
瞬間、大地に振動が走る。
地の底で鯰がのたうつような揺れ。そして宇宙船の底面に砂煙が上がる。砂漠の表層を衝撃波の波が突っ走る。
船がわずかに沈んだのだ。船の下に鉄骨を置いてつっかえ棒とし、超音波スコップで船体下部の砂を掘っていた。そして爆薬でつっかえ棒を吹き飛ばせばどうなるか、船体は沈み、その下を通っていた竜の尾を押しつぶす形になる。
ドラゴンが吠える。臓腑を震わせるような濁った吠え声。神経が押しつぶされたのか触腕の力が弱まり、僕をあっさりと取りこぼす。
「よし、捕らえ――」
こう、と鼓膜を直接揺らすような高音。
振り仰げばドラゴンの頭部。その喉仏が朱色に光り、天に向かって開かれた顎から光の柱が打ち上がっている。きいいい、と飛行機のエンジン音のような唸りがとどろく。
「――冗談だろ、おい」
ドラゴンがその長い頸部を打ち下ろす刹那。網膜を焼く光が――。
それは爆炎。
周囲の大気を音速で膨張させ、僕の身体を木片のように吹き飛ばす。打ち上がる火柱は尖塔のごとく。放射熱が一瞬で皮膚の奥まで焼くかに思える。
「うあっ――!!」
意識が砕けそうになるところを、なんとか気力で押し留め、回転から膝立ちの体勢に戻す。
目の前には赤熱する船体。半分以上が吹き飛ばされて大穴が空いている。そしてドラゴンの白く長大な尾は根本からちぎれて、自切したトカゲの尾のようにまだ船体の下でもがいていた。
ドラゴンは空にいる。短くなった尾から緑色の体液をぼたぼたと流し、翼膜を最大まで展開させて羽ばたいている。
そして翼を勢いよく打ち付けると、その体が一気に上昇、瞬時に黒天を突き進む矢となって、夜空の彼方へと消えた。
「……に、逃げた、か」
そう確認すると、一気に疲労と痛みが襲ってきて、巨大な石の人形となってのしかかるかに思える。
宇宙服を着ていたとはいえ、骨にも内臓にもかなりの痛手を負っていた、体が鉛のように重い。
だが休んではいられない。やつに半分以上吹き飛ばされた船を確認しなければ、その付近はボヤを起こしており、わずかな黒煙が上がっている、位置から見て倉庫のあたり、シオウのカプセルからは遠いはずだが。
「ファミー、どこだ、ちょっと手伝ってくれ」
彼女にはドラゴンが来たら砂に潜って隠れるように言っていた。この位置は宇宙船から50歩ほど、声は届くはずだが。
「ファミー?」